呪術は面倒臭いのです
忘れようもない夜を思い出す。
自由に風を操り駆け抜け、何でか可愛い白猫に化けた、白虎。
……疾に有無を言わさず契約を交わした、守護獣。
もいちど見直しても、やっぱ見間違いじゃない。やっぱ白虎だよな、あれ。
「守護獣って、基本干渉しないとかなんとか言ってたよな?」
「言ってたな」
「……動くのは契約者関連とかも言ってたよな?」
「……言ってたよなあ」
顔を見合わせて、ううむと唸る。記憶に間違いはないっぽい。ないっぽいけど、それってつまり。
「じゃあ……あれさ……」
「おう。……疾、だろうな」
あの飛行船に、疾が乗り込んだって事になっちゃうよな。
いや、うん。あのど派手な爆発と共に突入する感じは、滅茶苦茶疾っぽい。らしすぎて納得しかしない。
しない、けど。
「……マジで? どういう風の吹き回し?」
「さあ……」
守護獣消そうとしてでも術者の家を敵に回してでも動く気のなかった疾が、この得体の知れない魔王とやら相手に守護獣動かして出動? 何それどういう天変地異の前触れ?
「え、竜胆。別に魔王って鬼狩りの領分じゃないよな」
「ねえよ。あれらに関しては基本不干渉だ」
「だよな……?」
鬼狩りの仕事だって隙あらば俺らに押しつけるんだぞ、あいつ。なんで飛行船突入しちゃうくらいやる気MAXなの?
「……あ、やな予感」
「え」
「……墜とすとかやらかしそう」
「あー……やるな」
竜胆が断言する感じで同意した。やめて、絶対やるとか呟かないで帰りたい。
「ん? ってことは、魔術師関連なの?」
「いや……魔王と手を組む魔術師ってのもなぁ……流石に喰われて終わりだろ」
「おっかねー……」
そんなおっかないもの相手に何やってるんだろうな、俺らの相棒殿は。本人は否定するけど、絶対人間やめてる。
「てか、どーしよ」
「ん?」
「いや、話は戻るけどさ。砲撃があの状況で、俺らどーしよ」
「ああ」
竜胆が頷いたけど、まあ、答えは1つだよな。
「寝るか!」
「寝るな!」
ごちんと殴られた。何故だ。
「いやだって、あいつが侵入したなら確実に飛行船もろとも砲台ズドンじゃん! 俺らもうやることないじゃん! オフトゥンも守られそうだし寝る!」
「寝るなって! 西山の攻撃がこっちにこねえとは限らないだろが!」
「そんなの俺にどーしろと!?」
「ちったあ仕事しろ呪術師!」
「無茶ゆーな!」
あんな街ごと消し飛ばすような攻撃を防ぐ障壁とか作れるわけないし!
「じゃあ何もせずに死ぬ気か!? 周りと一緒に!」
「なんでそんなシリアス感ぶちこんでくるのさ帰りたい!」
俺はのんびりオフトゥン出来れば何でも良いってのに、どうしてこういうわけのわかんねえ目にあうんだろ。日頃の行いこんなに良いのに。
「せめてもの備えくらいしとけって言ってんだよ」
「えー……めんどうくさ」
竜胆がぐっと拳を握って掲げてきた。問答無用って事ですね、分かります。
「帰りたい……」
仕方ない、こうなったらこの帰りたい気持ちを目一杯込めて呪術作ってやる。リュックからそれなりに呪術具っぽいガラクタを漁りだして、均等な距離で置いて行く。
「げー……こんな面倒臭い呪術扱うの久しぶりだ……」
「もうちっと普段から頑張れば良いだろ」
「だが断る! 追加労働お断り!」
「ほんと……なんでこんなのが主なんだろう……」
ぼやく竜胆はスルーして、ちまちまと呪術の準備をしていく。意味づけとか、概念込めるのとか、やる事は一緒なんだけどより細々するから面倒臭いし時間かかるんだよな。こんなの普段からやれとかどんな拷問かと。
「あーもーめんどくせー」
「だからもっと緊張感を……はあ……」
竜胆が溜息をついて視線を落とす。そして、そのまま全身を緊張させた。
「んー? 竜胆、どした?」
半分以上意識を呪術に持って行かれつつ上の空で聞いた答えは、今晩何度目かって竜胆の鋭い声。
「瑠依! 急げ!」
「え」
「物凄い勢いで白蟻の臭いが膨れあがってる!」
「は!?」
がばっと顔を上げる。側に置きっぱだった望遠鏡モドキを覗き込むと、竜胆の言う通り、アホみたいな勢いで道路が白く塗りつぶされていく。
「なんじゃあれ!? 馬鹿じゃないの!?」
「知るか! とにかく急げ、あんなの襲ってきたら全身囓られるぞ!?」
「もうやだ!? 白蟻なんだから柱だけ囓ってて!?」
泣き言叫んだけど、アリに囓られるとかそんなホラーお断りだ。呪術の構築に全力を注ぎ、神力をがっつり込めて立ち上がった。
「さあ白蟻共、俺の安眠を邪魔しようとかそうはいかないからな!」
「……結界の出来は良いんだよなあ」
「え、なんでそんな複雑そうなわけ?」
「ちったあ自分を振り返ってみろよな」
竜胆とそんな言い合いをしながら、眠りこけてる人達も範囲に含めたでっかい結界を構築。一応白蟻が囓ろうとしたらジュッとなるおまけ機能付き。よーし、これで一安心。俺頑張った。
うむ、と頷いたその時。
街に、真っ黒な炎が吹き上がった。