気付いちゃったんです
「あっ、瑠依じゃん」
「ほんとだー。ちょー久しぶりじゃん」
戻った俺らを出迎えたのは、お袋様と並ぶようにして行儀悪く腰を下ろすツインテジャージ2人組。顔だけでなく服装や体型、髪型まで瓜二つの2人が、俺を見て指差してきた。その仕草1つ1つまでぴたっとあってるんだから、徹底してるよな。
「お、久しぶりだな、郷と静。元気かー?」
「うーん、相変わらず馬鹿そうな顔してるなー……ふわあ」
「ほんとほんと。雛ねーちゃん見習いなよ……はふう」
「人の悪口言いながら寝るなよ!?」
「いや、寝るのはこの子達のせいじゃねえだろ……つか、知り合いか?」
くったりと眠りについた2人を見下ろして訪ねる竜胆に、こくりと頷く。
「伊巻郷と伊巻静。中学生の双子で、拓の妹達だよ」
「へえ……ちなみにこの2人も、お仲間なのか?」
「お仲間? 帰りたい病は当たり前だぞ? 同じカッコなのも、どっちかだけでも帰ってればもう片方も帰ってる気分になれるとからしい」
「そうか……」
竜胆が何やら遠くを見て黄昏れてた。帰りたくても今は帰れないもんな、気持ちはめっちゃ分かる。
「というわけでぐっない」
「寝るな!」
ごちんと拳固を落とされた。痛い、納得いかない。
「何でだよ!? 良いじゃん寝たって!?」
「良くねえっての。事態がどう動くかわかんねーだろ」
「えぇえ……」
何で竜胆ってこんな真面目なんだ。……おかんだからだよな、分かります。
「そんな事言ったって、今まで順調っぽいし、家族も無事だし、問題──」
そこまで言いかけて、俺は凍り付いた。うん、ちょっと待とうか。
「瑠依? どうした?」
竜胆が緊張した声を上げる中、俺はゆっくりと辺りを見回す。
足元に、今し方寝たばっかの郷と静。その隣に、お袋様。親父殿は今日も今日とて出張だったから、この場にはいない。
ついでに、ちょっと先にはなんだかよだれを垂らして寝てる常葉や、口を開けていびきかいてる辻山も見えてたりする。俺も寝たいのは寝たいので、超羨ましいです。
──けど。
「……なあ、竜胆」
「どうしたんだよ、瑠依?」
やけに乾いた声が出た俺を、竜胆がやや心配そうに覗き込む。ごくりと生唾を呑み込んで、俺は竜胆の顔を見上げた。名前と同じ色の瞳を覗き込み、気付いてしまったそれを、問いかける。
「ねーちゃん……見たか?」
竜胆の表情が凍り付いた。
「……っ!!」
がばっと振り返って周囲を見回して。焦った表情で鼻を動かして、竜胆の顔から血の気が引いた。
「しまった……っ!」
「……だよなぁ」
いつもの事と言えば、いつもの事だ。
ねーちゃんは……伊巻雛は、1度眠ると忘れられやすい。お陰でよく眠れるとばかりに熟睡するのが姉ちゃんだし、俺らもいつもの事だからとスルーしてた。何だかんだいって、それで危険なことにはならなかったからだ。……それが、今回裏目に出た。
どうやら俺らは、ねーちゃんをぐっすりと眠らせたまま、家に置き去りにして来ちゃったようです。
***
全力で空を駆けていた。
「いやぁああああ!」
「うるせえ! 緊急事態だろうが!」
「分かってても、怖いもんは、怖いって、ぎゃああああ!!」
竜胆に担がれ、全力全霊の疾走。竜胆が今まで「全力」っつってたのが、本当の意味では全力じゃなかったんだと俺は今知った。
知りたくありませんでした。
だってもう、景色の流れ方がおかしい。今俺、色の線しか見えねえもん。何? 車乗ってもこんなんならねえよ?
屋根を飛び、塀を走り、木々を足台にして駆け抜ける竜胆は、もはやジェットコースターの領域も超えている。ぶっちゃけ、端から見てたら通り過ぎたのもわかんないんじゃね?
「ひぇえええええ!」
「あぁもう、本当にうるせえ……っ!」
叫んででもいないとちびりそうなんだから、仕方ないだろう。我を保つためにも必要な奴です、マジで泣きそう。
「で、瑠依! 雛さんは確かに、まだ家にいるんだろうな!?」
「ねーちゃんがこんな時間にうちのオフトゥンから離れるわけがないっ!」
「ああそうかよ、ならいいけどよ!」
何か微妙に相槌が投げやりなのは何でなの、竜胆? この時間にぐっすやしてたいのは人類皆共通だろ?
そんな確認を取り合ってほどなく、俺らは自宅に到着した。くっそ、このままオフトゥンしてえのに。
「ねーちゃん!」
飛び込んだ先、案の定ねーちゃんは布団にくるまっていた。
「この……非常時に……マジで寝てる……」
本当の本当に急いでくれてたらしい竜胆は、微妙に肩で息をしながら、死んだよーな目で呟いた。けど直ぐに首を振って、ねーちゃんをひょいと担ぎ上げる。
「よし、とっとと戻るぞ」
「おう」
ねーちゃんを回収した以上、ここに用はない。うっかり妙なものに巻き込まれないためにも、全力で撤収だ。
頷いた俺を小脇に抱えて、竜胆が回れ右で窓を開ける。
「って、いや待って竜胆、流石にあのスピードは担いで欲しい!」
「2人いっぺんに肩に担いだら走りにくいんだよ! 我慢しろ!」
「いーやぁああああ!?」
竜胆は俺の反論を待たずに宙へと飛び出し、再びのスカイウォークに俺はまた悲鳴を上げる羽目になった。もうやだ、お布団の温もりに包まれたい。
「あぁもう瑠依うるせえ! 喚いていないで周囲の警戒しろ!」
「してるけど! してるからこそ怖いんだって!!」
状況が状況だから、実はずっと呪術を維持してたりする。もしもの為の結界と、白蟻その他おっかないのがこっちにロックオンしたら直ぐ分かるための探索。2つの機能を持たせた呪術具を握りしめて竜胆に担がれてるんだ。
で、その呪術具が如実に今の現状を伝えてくるのだ。確かに白蟻がこっち来そうとか、そーゆーの教えてくれるのはありがたいんだけど、その分移動のヤバイ速度とかもまざまざと分かっちゃうんだからもう本当に泣きそうなわけで、取り敢えず帰りたい。
「ねえまだつかないの!?」
「しゃあねえだろ、段々木とか塀が食い荒らされてきてるんだからよ! もう少しだから頑張れ!」
「あぁああもう帰りたい!?」
心からの叫びを上げた俺は、瞬間、呪術具から伝わってきた危険信号に全身の毛という毛を逆立てた。
……これ、ヤバイなんてもんじゃないぞ!? 疾ぶち切れ並みのレッドアラームなんですけど!?
一体何事ぞと直感が告げるままに空を見上げてしまった俺は、うっかりそれに気付いて悲鳴を上げる。
「竜胆! あれなんかやばくね!?」
「は……なっ!?」
天上では、それはそれでっかい飛行船が、それはそれはおっかないほどの魔力を集約させ、ぱかりとお腹を開けた先にある砲台がその先頭となって、俺らに──この街に、照準を合わせていた。