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鬼は外、布団が内  作者: 吾桜紫苑
第6章 異能事情とかどーでもいいから帰りたい
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しがみついてでもおうちに帰るのです

「この……っ」

 当然色めく場。中には早くも殺気を叩き付けてくる人までいて、超心臓に悪い。


 というか何だろうね、これ。向こうは向こうでおっかねえけど、疾はなんでこんなのっけからけんか腰……いつもの事でしたね、帰りたい。


「呼びつけたのはそっちだろうが。鬼狩りを指名の仕事か? よもやと思うが」

 ふっと笑みを深め、疾はゆったりと、良く通る声で言った。



「──四家の当主も適わなかった、守護獣を従える人間に対して、『呼びつけて足を運ばせる』事が当然だとでも思っているんじゃなかろうな」


 音が、消えた。


 そう錯覚するほどの気迫が、お隣さんから放たれた。



 ちょっと、ここでいきなり戦闘モードはやめて!? 呪術具とか持ってないよ!?


『……』

 予想に反して、誰も動かない。ここはてっきり一気に戦闘シーンへ突入かと思ってただけに、超意外。


 そう思いながら竜胆を見やって、驚く。竜胆は目を見張り、緊張した顔で疾を見ていた。


「……竜胆? どした?」

「……っ」


 こそっと聞くと、竜胆がはっと息を呑んだ。一つ二つと瞬いて、俺を見下ろす。どした、オフトゥン不足?


「瑠依……ある意味大物だなお前……」

「へ?」

 よく分からないで変な声を出したその時、上座の方から女の人の声。


「……よくぞお越しくださいました、と。挨拶の一つも欠かしてしまい、申し訳ありません。何分我等も、此度のことでは少なからず混乱しております故」


 アルトの落ち着いた、けど若い声。見ると、上座の一つ低いところに正座する女性が軽く頭を下げるところだった。ボブカットの髪がさらりと揺れる。


 それを見た疾は、ふっと笑う。

「似合わない殊勝さじゃねえか、魔女。立場を弁えてるというわけでもないんだろう?」

「……君のように、いつでもどこでも場を読まない慮外者じゃないだけだよ。本当に、とんでもない事件を起こしてくれたものだ」


 突然口調を砕けさせた女性が、渋い顔で反論する。あ、この人が魔女さんか。茄子紺の和服をめっちゃ格好良く着こなしてて、所作も綺麗な日本女性って感じ。……全然魔女感ないんだけど、なんで魔女?


 鼻で笑う疾に一つ溜息をつき、女性は俺らに目を向け、いきなり三つ指を突いた。え、何?


「突然このような場に招いて申し訳ない。私は『吉祥寺』次期当主、眞琴という者。彼とは少し縁があるけれど……正直、君達には同情するよ」


 …………あ、これあれだ。確実に疾に酷い目にあわされてる奴だ。


 俺らに同情するという非常に理解溢れる発言に、俺と竜胆は顔を見合わせてうんと頷き合った。


「鬼狩りの竜胆です。こっちは俺の契約者の瑠依。……今回は、彼の契約についてが議題でしょうが、俺達まで呼ばれた理由とは何でしょう?」


 眞琴さんと名乗った女性が、めっちゃほっとした顔をした。おかんの応対が平和そのものだからだろ、超分かる。


「……意見は分かれましたが、契約の場に居合わせたという点、鬼狩り側としての立ち位置を確認する点、我々の話し合いを見届けていただきたいという点から、申し訳ないけれど呼ばせてもらったよ」

「眞琴、半妖如きにそんな気遣いはいらん」


 ようやく会話に入ってきたのは、眞琴さんの真上にいるおっさん。すげー眼力強いんですけど、おっかねえ。


「我等とて、ヒトならざるものをこの場に招くのは本意ではない。とっととすませて退散願おう……契約さえなければ、滅したものを」

「そりゃ災難でしたね」


 ……あのー、竜胆さん? おかんな貴方まで喧嘩売る側に回ったら、俺マジで終わるんだけど。


 淡々と相槌を打った竜胆が、なんかおっかない。その気配はあっち側にも伝わったのか、微妙に空気がざわめいた。


「……。本題に入ろう」

 コホンと咳払いをして、眞琴さんがそう言った。視線を向けると、真顔で疾を見据える。


「昨夜、守護獣が全て、君と契約を交わした。これは事実なんだね?」

「まあ、そうだな」


 疾が小さく喉で笑う。……よくもまあ、あれだけ嫌がりぶち切れた契約をこんな堂々と言い切れるよなぁ。


「……守護獣は本来、四家の現当主とそれぞれ契約を交わす。そしてこの地の護りに手を貸してくれる。それを知っていてのことかな」

「言葉は正確に使えよ、魔女。契約を交わすに値すると判断した四神だけが、その力を貸すんだろ?」

「……。知っていて交わした、と」

「そういうことになるな」


 俺は声を大にして言ってやりたい。今めっちゃ偉そうな疾さん、散々嫌がったのに問答無用でペット化を余儀なくされたんですよ、と。……いや、ペット云々は相手が怒るか。


「何故? 君は、この土地には大した関心も縁もないんだろ? わざわざ現当主を差し置いてまで、土地の守護に乗り出そうなんて心境になるわけがない」


 断言ですよ、この人。うん、俺も超思うけどさ。それ、まずいんじゃね?


「待て、吉祥寺」

 そう思った矢先、声が割って入った。視線を向けると、難しい顔をしたおじいさん。


「それは、吉祥寺としてこの者に街の護りを任せるつもりがある、という意味かね?」


「……」

 眞琴さんが束の間黙り込んだ。それを肯定と受けとったのか、場がざわめく。


「……あほくさ」


 ぽいと言葉が放り込まれた。うん、まあ、疾ですね分かってた。


 見れば、目を細め、それはそれは冷ややかに嘲笑を浮かべていらっしゃる。うっわ、これ機嫌悪い癖に楽しそうとかいう訳分かんないやつ。


 しん、と静まりかえった場に対し、目を細めたまま疾は言い放つ。


「てめえらの意見も統一せずにこの俺を呼びやがったのか、暇人共。客を招く最小限の礼儀を勉強し直してから出直してこい、老害の役立たず共」


「貴様!」

「何だ事実だろ? てめえらが守護獣に認められなかったのも、唯一認められたのが四家に連なる一族ではない、部外者の人間だったのも。その人間をどう扱うか一つ意見を統一出来ない指導力のなさも、今更じゃねえかよ」


 イイ笑顔ですね、疾さん。俺マジ必要ないんだし、帰らせて? 巻き込まれるの超嫌なんですけど。


「このっ」

「事実を言われて粋がることしか出来ねえとは、チンピラ並みだな。てめえら全員、そのご立派な座布団を捨てて路地の喧嘩から始めたらどうだ? 精々ヤクザに目を付けられる程度にはなれるだろうよ」

「言わせておけば……!」


 どんどん場の空気が熱くなって、腰を浮かせ始める人もちらほら。わあい、やっぱりここからフルボッココースですか? 


 ……疾がボコす側で。このくらいの人数なら余裕って滅茶苦茶楽しそうな笑顔が言ってるもん、やだよ俺この人数分の心がボキボキに折られるの。



『──鎮まれ』



 まだ子供の域にある声が、凛と響き渡る。途端、誰もがはっと我に返った顔で腰を下ろす。


「……契約者殿。我等の体たらくにも問題がありますが、余り挑発なさりますな。我等もまた、この街の守りに誇りがあります」


 静かに言葉を発したのは、眞琴さんと同じ位置にある座布団に座る子供。中学生くらい? 俺らより年下なのに、落ち着きぶりがすげー。


「誇り、ねえ……」

 口の中で呟いて、疾は立ち上がる。


「契約者殿?」

「なら問題ないな。てめえらはこれまで通り街の守護を、俺達は鬼狩りを。これまで通り無関係の住み分けを徹底すりゃいいってわけだ、簡単だな」


 さくっと話を丸めて踵を返す疾に、慌てたような怒りのような声が湧き出た。


「ふざけるな!」

「四神様を従えておいて、守護が関係ないと抜かすか!」

「無責任な!」

「……うわ、めんどくせ」

「竜胆……まさかおかんに先超されるとは……」


 思わずって感じで呟かれた言葉は、まんま俺と同じだった。何これめんどくさ、手伝って欲しいのか嫌なのかどっちだよって。


 とはいえ帰れそうだし疾に着いていこうと、痺れた足を引きずるようにしてよいせと立ち上がりかけた俺は、その場の人達と一緒に凍り付いた。



「──部外者に護りは任せられないと言ったその口で、守護獣を従えるなら守れと。その矛盾の根本にあるのが誇りだというなら、そんなものは火にでもくべてしまえ」



 しん、と。音を失った部屋に、疾の声だけが響く。うっそりと目を細め、冴え冴えとした声で言葉を紡ぐ姿は、まるで俺の知る姿とは違って。


「四家に求められているのは、なにがなんでもこの街を守る、それだけだろうが。たったそれだけがこれほど難しくなっている理由の一つに、そのくだらない誇りとやらがあるというのを、いい加減に自覚しろ。俺のような部外者に無闇に絡んでいる暇があれば、今後この街を襲う危機に備えれば良いだけだろう?」


 座布団を蹴り上げ、無造作に引きちぎる。綿の溢れたそれをぽいと捨て、今度こそ疾は畳を踏みしめて歩き出した。


「地べた這いずり回ってでも守り抜けよ、それがここにいる人間共の役目だろう。目的のために手段を選んでいるようじゃ、何一つ手に入らず失うだけだ」



 それを捨て台詞に出ていった疾を、俺は素早く追いかけてった。


「待てい! このまま1人で帰るとかさせるか!」


 何でって? 簡単だ。


「このまま置いてって後の話し合いをおかんと俺に任せようったってそうはいかないんだぞ! 俺も帰るわばか!」


 ぼうっとしてたら帰れないフラグが立つからな! 全力でこいつにしがみついてでも帰るぞ!!


「馬鹿に馬鹿と言われるとは、世も末だな」

「酷い言われよう!」

「そういや補習の日程出てたな、毎日放課後埋め尽くされてご苦労なこった」

「思い出させるなよぉおおお」



「…………ホント、ある意味とんでもねえ大物だよなあ……」

 竜胆のぼやきは耳に入らず、俺は置き生贄にしようとする疾を逃がさずおうちへと駆け抜けた。



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