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鬼は外、布団が内  作者: 吾桜紫苑
第6章 異能事情とかどーでもいいから帰りたい
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どんな場所でも災厄は振り撒かれるようです

 なんだかやたらと濃い1日だった次の日は、土曜日。

 折角のお休みだからと昼過ぎまでオフトゥンといちゃいちゃ作戦を実行中だったってのに、疾から「直ぐに来い」とか連絡が入った。当然無視しようとしたら、竜胆に引きずり出された。


「ああ、愛しのオフトゥン……何で一緒にいられないんだろ」

「はいはい」


 ついに生返事である。主に対してこの態度、酷すぎだとジト目で見上げるも、ジト目でにらみ返された。


「疾が呼ぶくらいだから、それなりの事態だろ」

「余計に帰りたい……」


 もうヤダ、昨日から疾関連の事件にぶん回されすぎる。オフトゥンが足りない。


「っと。悪ぃな、待たせた」

「どうせそこの馬鹿が駄々こねたんだろ」


 つまらなさそうにそう相槌を打って、疾が小さく欠伸を漏らした。おお、疾もオフトゥン足りてねえんじゃん、帰ろう?


「で、今度は何事なの?」

「そりゃまあ、これだけ大事やらかせば当然かかるだろう呼び出し、ってやつだな」


 疾が唇を歪めた。思わず一歩引いた。怖い。


「血筋と伝統だけに胡座をかき、本来自分達が成すべき仕事を放置し続けたツケをよーやく払ったってだけなんだがなぁ。てめえらの怠惰を棚上げにする為に丁度良い部外者が現れたってトコか」


「……口の悪い子どもだね」

 年老いた女の人の声が聞こえた。え、誰?


 ようやく気付いたその人は、真っ白の髪の毛をきっちりとひっつめにし、しゃんと背中を伸ばした厳しそうな老女だった。……俺、この手の厳しそうなお婆さん超苦手。

 対して疾はそんな苦手意識なんて欠片もないらしく、鼻で笑い飛ばした。


「事実を言う事を口が悪いというなら幾らでも言えばいいんじゃねえの。目を逸らしていたいなら好きにしろ」

「……成る程ね。悪いのは口じゃなくて性格かい」


 三白眼を細めて溜息をつくと、お婆さんは改めて俺らに順繰りに視線を向けた。


「鬼狩りの方達だね。私は玖上(くがみ)しおり、『嘉上』の分家当主だよ」

「分家が使いに出る程度の下っ端扱いってか?」

「まあ、身分上は妥当……と上々は思ってるみたいだけどね。私を指名した本人は、「とにかくどんなに煽られても冷静に案内出来る人が良いから」って私に懇願してきたよ。お前さん、どれだけ術者相手に喧嘩を売りまくってきたんだい」


 そう言って向けられた視線の先は、勿論疾。うん、そこまで言われるレベルでやらかしてるよな、俺知ってる。


 この一年散々巻き込まれた俺は遠い目だけど、その様子をあんまし見て来なかった竜胆が超微妙な顔してる。おかんよ、疾の鬼畜ぶりなんて今更だぞ?

 ああほら、現に鼻で笑って言い返してるし。


「喧嘩を売ってきたのはあっちだぜ? 手を出した方が悪い」

「手を出させるまで挑発したのはお前さんだろうに……まったく……こんな年増にこんな若造の相手をさせるなんてね」


 ぼやきつつも冷静なこのお婆さん、すげえ。俺こんな冷静に疾と会話出来る術者、初めて見た。


 感嘆の眼差しを向けた先で、お婆さんがくるりと背中を向けた。

「とりあえず、本家のお歴々がお待ちだよ。……出来れば戦わずに決着を付けてあげてくれ。年寄り連中に挟まれたあの子が気の毒だ」

「中途半端に流されてる奴に遠慮が要るか?」

「……あの子も、複雑な心境を割り切れずにいるんだよ。お前さんが知らないだけで、この紅晴くれは市の闇は深いんだ」


 それ以上の言葉を背中で拒絶する気配を漂わせ、お婆さんは歩き出した。疾が口元を歪めて後を追うのを、俺と竜胆は顔を見合わせて付いていった。




***




 ひたすら北へ向かって歩いて行くお婆さんの背中を眺めながら、俺は何となく首を傾げる。


「……で、これどこ行くの?」

「……瑠依、この状況で察せない鈍さはどうかと思うぞ」


 竜胆が頭を抑える。何だよ、この状況って?


「そこの坊やが昨夜しでかしたことは、既にこの街中の術者が知っているんだよ」

「……げ」


 お婆さんの返答に、思わず呻く。あ、それ、やばい奴。


「当然、本家の方々からすれば、聞きたいことは山とあるわけだ。直ぐにでも引っ立てて尋問しろ、と猛り狂う年寄り衆を何とか宥め、場を整え、こうして招待という形にまで持ち込んだのは、あの子の手腕だね。……お前さん、あの『魔女』に一体何をそこまでしたんだい?」


 俺と竜胆は顔を見合わせ、そっと目を逸らした。うん、ボッコボコにしたよな、術者のプライド。


 疾は問いかけに対して鼻で笑うばかりで答えもしない。この不遜さは一体どこから来るの? 俺だったらふつーに答えちゃうよ? おっかねえし。


「えーと、玖上、さんでしたっけ」

「そうだよ」


 竜胆が恐る恐る話しかけると、お婆さんは直ぐに応じた。何故か意外そうな顔をしながら、竜胆が続ける。


「その、『魔女』ってのは何ですか? 確か日本の術者は、魔術や魔女術を毛嫌いしていたっつう話を聞いてたんですけど」

「……そんな事を言っていられないくらいには、『吉祥寺』も追い詰められてしまったんだろうね。皮肉な話だし、同情の余地もあまりないけどね」

「はあ……?」


 怪訝そうな顔で首を傾げる竜胆と俺。疾は何かを知っているのか、含み笑いを漏らして呟く。


「現実が見えてるのが1人でも犠牲者になってくれて幸いだな」

「いやな言い方をするねえ。まったく、よりにもよって守護獣の皆様も、せめてもう少し美しい心持ちの人間を選んでくれれば。見た目なんかよりよっぽどありがたいんだがね」


 超分かる。思わず頷いちゃう俺をちらりと横目で見て、疾は鼻で笑いとばす。それに溜息をつくお婆さんを見て、竜胆がぼそりと呟いた。


「随分肝の据わったばあさんだな……俺にも普通に相手するしよ」

「へ? 竜胆は問題なくね?」


 こんな人の出来たおかんをシカトするような人、そういねえよ? 先生達にもめっちゃ評判良いって常葉が言ってたし。


「さて、着いたよ」

 そう言って、おばあさんがくるりと振り返る。俺を見て、悪戯げに微笑んだ。



「北の地を守る四家が一、『吉祥寺』の総本山さ。一応、四家の中でも発言権が最も強いこの家の御当主様が、お前さん達の招待者だよ」



 うん。


 マジで、帰りたい。




***




 見渡す限り続く畳の間。

 ずらりと並ぶ、座布団と人、人、人。

 上座には、いかにもな感じでいかめしい顔して座ってる人達。少し高くなった場所に4人並んで座って、その下に更に4人静かに正座していた。

 そして、空いてる座布団は、正座してる人々のど真ん中に3つ。


 ……場違いすぎるんで、帰って良いですか?


「よく参ったな」

 ずしりと響く低い声が、帰る気満タンだった俺の足を縫い止めた。え、何、今のも言霊とか言う奴なの?


 びくびくしながら傍らを伺うと、疾は鼻で笑ってすたすたと歩き出した。声かけに返事をする気も無いらしく、一直線に座布団へと歩み寄って、どっかと腰を下ろす。堂々たる様子で胡座をかき、少し顎を持ち上げて上座の人々を見返した。


 ざわっと空気がどよめいたのが、俺にも分かった。


「……るーい。往生際悪ぃぞ」

「いや無理だってこれ、俺ホント無理だって」


 全身全霊で煽りにかかってる疾さんの近くによるとか命が幾つ合っても足りないわ。


「もうホント帰りたい、オフトゥン足りない、鬼畜超怖い」

「はいはい。行くぞ」


 俺の首根っこを掴んだまま、竜胆が軽く一礼した。そのまま俺を引き摺って、疾のいる残りの座布団の下へと歩き出す。


「──半妖が」


 低く吐き捨てられた言葉が、俺の耳に届く。侮蔑が混ざっていそうなそれもガン無視で、竜胆は座布団まで歩くと、まず俺を座らせた。ぺいっと軽く放られたから、普通に尻餅付いた。痛え。


 恨めしげに見上げるも、知らん顔で正座。おのれ竜胆、覚えてろよ。


「…………礼儀も知らぬ若造共が」

 低い低い声が俺らに突き刺さる。取り敢えず、俺は黙って正座した。うん、俺はこの空気で胡座は無理。


「で?」


 俺がごそごそと正座し終わるのを見届けたわけじゃねえんだろうけど、疾が唐突に口を開いた。



「わざわざこんな場に呼びだしておいて礼の一つもねえ無礼者共が、一体俺らに何の用だ? 依頼か?」



 ……そして開幕、全力でぶち込んでいった。わあい、帰りたい。



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