不遜な態度の方がまだマシみたいです
存在感だけで、息が詰まる。
そんな事が本当にあるだなんて、思ってもみなかった。
小山のようだと錯覚するぐらいでっかい影。地面に降り立ち、あるいは宙に浮いたまま、半端じゃない存在感を放つそいつらは、どいつもこいつも異様な力の波動を身に纏っている。
それはまるで、大地に根を張る大樹のようで。
それはまるで、空を駆け巡る風のようで。
それはまるで、燃え盛る紅い炎のようで。
それはまるで、轟々と流れる清流のようで。
──どれもこれも、術で生み出せるものがちゃちなままごとに思えてしまうほど、強大で、雄大で、壮麗だった。
感動すら感じさせる力を持つ「そいつら」は、姿形もまた荘厳で。
煌めく青い鱗を纏った東洋の龍。
輝く白い毛に覆われた四足の虎。
揺らめき輝く赤い羽根を持つ鳥。
緑色の蛇を絡ませる足の長い亀。
動物の姿であり、決してただの動物なんかじゃないと確信させるのは、神々しさすら感じるその姿構えのせいか。
「……瑠依、呑まれるな。ゆっくり息しろ」
竜胆に軽く背中を叩かれ、大きく息を吐きだした。やっべ、息止めてるのにも気付かなかった。
「ぼけっとすんな。てめえの杜撰な呪術を目の当たりにするよりは、よっぽど精神衛生上優しいだろ」
「酷い言われよう!?」
「じゃあ、赤点オールなんて俺には逆立ちしても出来ねえ答案より遥かにマシ」
「うっせ!? 満点取ってる疾の頭がおかしいんだよ!」
……取り敢えず、緊張は綺麗に消え去った。というか、俺の敵は寧ろ身内にある気がする。
あと、竜胆、何で溜息つきながらも冷たい視線を俺に向けるの? 今のは疾じゃね?
「瑠依、帰ったら菫さんとゆっくり話そうな」
「お袋様と!? 死刑宣告!?」
初めて帰りたくないって思った、やだお袋様超おっかないんだよ!
「さて」
俺らの会話をぶった切り、いつでもどこでも我が道を往く疾さん、誰のせいで俺の帰宅がどどめ色になったと思ってんの!?
文句は言いたいが、うんまあ俺もそんな場合じゃないのは分かってる。いい具合に緊張がほぐれたところで、気を取り直して周囲に目を向けた。
改めてその威容に気圧されかけた俺だったけど、次の瞬間真剣に耳鼻科の救急受診を考えた。
「──わざわざ我等の会話をお待ちとは、随分悠長な御構え。我等人間に何用でいらっしゃるのですか?」
…………うん? 今の、誰?
思わず竜胆を振り返ると、竜胆まで耳を疑うような顔してた。よし、今回は俺悪くない。少なくとも竜胆に「集中しろ」って怒られないならオッケーだ!
……じゃない。耳の不調ではないと証明されたけど、問題はそこじゃない。
『……人間』
「は。冥王より鬼狩りの職務を任ぜられてはおりますが、あくまでも卑小な人間に御座います。名のあるカミとお見受けいたしますが、何故我等に対し然様な敵意を見せていらっしゃるのでしょうか」
問題は、この古風な敬語をすらすら操ってる疾だ。
……何、先生相手に敬語使ってるのだって見た事無いよ? いや、先生はガン無視してるだけだけどさ。局長相手にもタメ口じゃん、一体全体どういう天変地異?
『心当たりはないと』
「全くもって。我等は現在任務の為、街の警備中で御座います。そちら方の隔意に触れるような真似は一切いたしておりません」
口元に薄く笑みを刷いて、丁重な言葉遣いで、脳内に直接語りかける──よく考えればこれもびっくりな事態だけど、ぶっちゃけ疾の敬語で全部吹っ飛んだ──「そいつら」と問答している。相も変わらず、両手に銃を構えたまま……
……ん?
銃を、構えたまま?
『……そうか。ならば、人間』
ゆらり、と影が揺らぐ。
ビリ、と空気が痺れた。
「は」
『──死ね』
低く低く、地を轟かすような宣告と共に。
一斉に襲いかかってきた。
「──!?」
声にならない悲鳴を上げた俺は、咄嗟に呪術具を翳して血のように赤い文字を周囲に巡らせる。
途端、「そいつら」が足を止めた。
『……呪おうなど、驕った真似を』
「ひっ!?」
ギラつく瞳に睨まれて、今度こそ悲鳴が出た。
「襲ってきたのそっちじゃん!? 身を守って何が悪いの!?」
「あ、疾と同じ事言ってら」
「だから言っただろ、人間誰しも我が身が可愛い。自己防衛は正当防衛だ」
「なーんか納得いかねえなー」
「言ってる場合!?」
少しは俺の心配して!
『どけ。ひ弱な人間よ。そなたには用はない。大人しくしていれば、手出しはせぬ』
「へ」
この敵意の嵐の中、それを信じろと?
いや、信じて良いなら今直ぐおうち帰ってオフトゥンだな! わあい自由の身だ!
「え、じゃあ俺は帰っt」
『ならぬ。言っただろう、大人しくせよと』
ですよね。帰れないんだよね知ってたよちくせう。
「この流れでも帰る帰ると騒ぐのか……」
「ある意味大物の主で良かったな、竜胆」
「全然嬉しくねえ……」
竜胆が頭抱えてるけど、頭抱えたいのは上げて落とされた俺の方です。
『我々を呪おうとした罪、本来ならば万死に値する。が、我々が用があるのはそちらの人間だ。そなたも我々の愛すべき子、成り行き次第では見逃そう』
「……えぇと」
それは、まあ、つまり。
「成る程。つまり……敵対宣言とみなしてよろしいのですね?」
『その力、危険だ。見逃すわけにはゆかぬ』
「はっ、くっだらねえ理由だな」
つるっと敬語をポイ捨てした疾さん、イイ笑顔ですね。
「何百年この地を守っていようが、四神だろうが、所詮は獣レベルの知能しかねえわけだ。俺がどんなチカラを操ろうが、てめえら如きにごちゃごちゃ言われる筋合いあるかよ」
『自分のもののように語るな、我等の守る御方々に与えられた力を……不敬だぞ!』
「んじゃ、てめえらは自分が守ってる尊き存在が与えた力を、その意図を確認すらせず危険だ何だと手前勝手に批評してるわけだ。それこそ不敬の極みだな」
『貴様……!』
そして、四神が相手でもその毒舌は冴え渡るわけですね。流石だ、災厄だ、近寄りたくない帰りたい。
……で、四神ってなんだっけ?
「は……!? 四神……!?」
絶句している竜胆をちらっと見て、疾は壮絶に笑った。
「獣如きと舌戦繰り広げたって飽きるだけだ。とっととかかってきやがれ、どーぶつ共。人間様が躾けてやるよ」
……うん、もういいわ。敬語使うより俺のメンタルに優しいから、そのままどこまでも突き進んでください。止めないから、だから、
「何でも良いから、帰りたい!」
俺の魂の叫びが火切りとなって、「そいつら」と疾は衝突した。