チートは理不尽なのです
黒い靄を纏った妖。鬼を言い表すならそれで事足りる。
ゆらゆらと独特の足取りで現れたそいつは、剣呑でおぞましい気配を撒き散らしている。何でこんなの相手にしなきゃなんねーんだろうな、ホント。
「結構食ったな」
「だな。血の臭いがぷんぷんする。これ多分、さっきまで食ってたぞ……いや待て」
竜胆が何かに気付いたように、軽く1歩前に出た。
「……コイツだけじゃねえのかよ。囲まれてる」
「何?」
疾が見回すと同時、似たような影がゆらりと幾つも現れる。
「うーわ、ないわー」
ぼやきつつ、背負ってたリュックをごそごそと漁った。
「えーと、人形と筆箱とボールでいっか」
「呪術具も半人前か、ちゃんと揃えろよ」
「高いんだよ! 俺の小遣いはゲームとマンガの為にあるんだ!」
疾の揶揄に反論して、術具に力を注ぐ。途端、三角形になるよう置いた術具から溢れるように赤黒い文字が紡がれた。
文字を周囲に配置して即席の結界を作った俺は、仁王立ちでびしっと鬼を指差した。
「さあ前衛共、時間稼ぎに征くがよい!」
「うわあ、うっぜえ……」
「時間稼ぎで終わらないようせいぜい頑張れよ、後衛」
それぞれの言葉を残して、竜胆と疾が地面を蹴る。
竜胆が右手を開き、指を軽く曲げた。次の瞬間、手が巨大な獣のそれに変わる。
「シッ!」
振るわれた右手が、目の前の鬼の頭をぐちゃりと潰した。鬼は悲鳴を上げたけど、直ぐに頭は元通りに戻り、竜胆に襲いかかる。竜胆はそれを足で蹴り飛ばし、次の鬼に備えた。
鬼が厄介なのは、纏う黒い物質がこっちの攻撃を弾いてしまい、仮に力業で押し潰しても直ぐに再生してしまうとこ。だから、鬼狩りはまず黒い物質を祓うのに専念する。そしたら後はただの妖なので、落ち着いて対処すればちゃんと狩れる。
黒い物質を祓うには、鬼狩りに与えられる神力ってやつを、術のカタチにする必要がある。術の形は人それぞれで、俺は呪術だ。
けど、術は紡ぐのに時間がかかる。だからこうして防御を固め、前衛が時間稼ぎをしてる間に術を編んでいく。
……普通は、な。
「消しゴムと三角定規、ベルトと人形……あ、ロウソクあった。この辺で足りるな」
リュックからまた術具を取りだし、ごそごそと並べた。そうして顔を上げた俺は、げっと呻く。
たんたんたんたん——っと。
軽やかな銃声が響き、鬼が頭を仰け反らせた。そのまま倒れた鬼は、ぐずぐずと溶けて消える。
「もう6体!? はええよ!」
「お前が遅すぎんだよ。竜胆、先に片付けようぜ」
「おう」
応じた竜胆が、両腕に白い光を纏わせた。
「うらあ!」
声を上げて振るわれた豪腕が、鬼の躯にめりこむ。そのまま鬼は躯を引きちぎられ、動かぬ骸となった。すかさず疾が銃弾を撃ち込み、ぐずぐずに溶かす。
……鬼狩りの術でしか祓えない、その常識を覆すのが竜胆と疾なんだから、俺切ない。
今腕を獣のそれにしている竜胆は、鬼狩りの神力を妖の力と溶かし合う事で、術と同じ効力を得ているらしい。殴るだけで倒せるとは何たるチート、序列1位が勝ち取る権利は伊達じゃない。
まあ、こっちはまだ良い。半妖ってすげーな羨ましいなーで済む。
納得いかんのが、疾だ。
疾は、そもそも鬼狩りの神力を与えられていない。……つまり、自前。何で持ってんだそんなもん。
しかも、その自前の力が馬鹿みたいに強いときた。神力を銃に込めて撃つってのは珍しくも何ともないけど、その威力が馬鹿馬鹿しい。術と同じかそれ以上って何だよ、俺いらねえじゃん。ああ、もう任せちまっていいんじゃねえかな。
「俺らが終わるまでに術が完成しなかったら、次の巡回丸投げ」
「急ぎまッす!」
心を読むようなタイミングで疾から脅され、俺は慌てて術具に力を注いで呪術を編む。条件を揃えて、力を安定させて、概念を刻み込む。それらを組み合わせた意味を注ぎ、組み上げて力を込める。
よし、完成。
「竜胆、疾!」
「おう」
竜胆が俺の声に合わせて下がった。……疾? とうに気付いて下がってたよくそう。
呪術を発動した途端、ぶわりと巻き上がるように赤黒い文字が現れる。ルーン文字で綴られた呪いが鬼に纏わり付くと、鬼が耳障りな悲鳴を上げた。溶け落ちるように黒い靄が流されていく。
「しゃあ!」
すかさず前に飛び出た竜胆が、その鬼の頭を潰した。グシャッと生々しい音を立てて潰れたそいつは、2度と動くことはない。
それで、襲撃は全て終わった。……そう、終わったんだよな。
「あんなにわんさかいて、俺が狩ったのたった1匹……」
思わず膝から崩れ落ちた俺に、さらなる追い打ちがかけられる。
「術の構築遅すぎるんだよ、ノロマ」
「やかましいわ歩くチートが!」
ぎゃあと叫ぶ声が、夜の街に響いた。