オフトゥンを語っただけなのにこーなります
9月が秋とか、誰が言ったんだろうな。
暑いし暑いし、おまけにも1つ暑い。寧ろ今からが一番蒸し暑いんだぜって言わんばかりのクソ暑さはマジでふざけてる。日本の湿度って尋常じゃないらしいぜ?
そんな蒸して暑くて鬱陶しい九月は、やっぱクーラー様が生きる。涼しくしてくれて湿度も取ってくれる、そんな万能機械にあやかれる現代っ子に生まれて、俺は本当によかったと思います。
だから、だからだ。
「頼むからクーラーと引き剥がしてくれるな竜胆! 俺はここから離れたくないんだ!」
「毎度毎度よくもまあそうやってわけわっかんねえ駄々を思い付くなんっとに……!」
首根っこ掴んで引きずり出そうとする竜胆に抵抗する俺は、絶対に正しい。
「大体夏休みどこ行ったし!? テスト終わって体育祭の準備途中で異世界飛んだら体育祭ごと夏休み消えたとか馬鹿じゃねーの帰りたい!! もう学校とか休むし!」
「わけわかんねーことどころかそれ殆ど瑠依のせいじゃねーか! あの件に関しては俺は疾側だからな!」
「ぶるーすたおまえもか!」
「それ言うならブルータスお前もかだ勉強しろ!!」
「いっだ!?」
げしっと蹴られて悲鳴を上げる。足が出るとか聞いてない!
「おかん! 教育に手足が出るのはDVって言うんだぞ!」
「誰がおかんだ! つかそう思うなら諦めてベッドから出てこい!」
「だが断る!」
「断るな!!」
怒声が響いて、布団を引っぺがそうとしてくる。ふっ、そう毎度毎度、強制的に起こされる俺じゃない!
「ふはは残念だったな竜胆! 布団は既に俺と一心同体だ!」
「……信じらんねえ。そこまでするか?」
布団にゴム紐を取り付けて体に直接固定してあるのを見た竜胆が、心底引いた声を出した。何を言う、オフトゥンの為なら俺は努力を惜しまないぞ。
「さあ、諦めろおかん! 俺とオフトゥンはもう離れないぞ!」
「……あっそ。んじゃ、しゃーねーな」
投げやり気味な低い声で竜胆が投了宣言。よっしゃ勝った! ……と思ったのは、続く言葉を聞くまでだった。
「こればっかりは菫さんに迷惑かけるからやめとくつもりだったんだけどな、ここまで来たらしゃーねえ」
「……え。あの、竜胆さん、一体何を……?」
何だろう。俺の野生の勘が、何か知らんがめっちゃヤバイと言ってる。
恐る恐る布団の間から顔を覗かせると、なんだか物騒な笑みを浮かべた竜胆が手刀を構えていた。……え、いやいやいや!?
「流石にそれは俺が死ぬ!?」
「いやそれでも死ななさそうだけどな。安心しろ瑠依、狙いはそっちじゃねえ」
「何狙ってるんだよ!?」
なんか竜胆が怖い。悲鳴混じりに問いかけた俺ににっこり笑って、竜胆は鬼畜宣言をした。
「いや、ほら。──寝るベッドが無きゃ、瑠依も諦めんだろ」
「やめて!? 起きる起きますからそれだけは後生だから勘弁して!?」
絶叫と共に跳ね起きると、竜胆ががっしりと首根っこを掴んだ。
「おーし、起きたな。……とっとと着替えろ馬鹿主!」
「理不尽!!」
俺間違ってないのにここまで怒られるとか、ホントおかしい。あぁ、ぬくぬくオフトゥンに帰りたい。
引き摺られるようにして駆け込んだ学校。今日も今日とてチャイム滑り込みな俺に、辻山がじっとりとした目で睨んでくる。
「おい伊巻。ペナルティをサボるとか、どんな神経してるわけ」
「朝早起きとか出来る訳無いだろ」
「…………ここで威張れる伊巻の神経に、ある意味カンパイ」
深々と溜息付いてどうした、辻山? 帰りたいの?
俺らのやり取りを聞いてたらしい竜胆が、辻山を振り返って片手を上げる。
「悪い、辻山。ここ最近、瑠依のダダのこねっぷりが酷ぇんだよ……マジで起きねえ」
「うん、そうか。ツッコミの嵐だけど敢えてこれだけ言っとく」
何故か物凄く神妙な顔をした辻山が、ぽん、と竜胆の肩を叩いた。
「──見捨てて、良いんだぞ?」
「うん……それも考え始めた」
「竜胆さん!?」
うっそだろ、おかんに見捨てられるような過ちを、俺は犯してなんかいないぞ!?
「考えてみろよ竜胆! クーラーでひんやり冷えたお部屋と、羽毛布団のふんわりあったかはジャスティスなんだぞ!? 人間ストレスが臨界突破したらオフトゥン成分を補給しないと死んじゃうんだよ! ここ最近の諸々振り返って、俺のストレスが限界突破どころかクラスチェンジしないと思えるモンなら言ってみろ! オフトゥンにしがみつく俺は何も悪くないやい!」
「瑠依、うるさーい」
「だな。無駄に暑苦しい伊巻がうるせえ」
「……」
野次と無言の冷ややかな眼差しに、俺は腕まくりをして受けて立った。
「おーけー、俺の負けられない戦いがここにあるわけだな! 伊巻の名に賭けて、お前ら全員にオフトゥン摂取の大切さを教えてや──ふぎゃ!」
ドン、グラッガシャ、ぐきっ、がったーん。
……えぇと。
机数台を巻き込んで地面に突っ伏したまま、何が起こったのか整理してみる。
いち、立ち上がる勢いが余って机に足が当たる。
に、ぶつかった机がバランス崩して倒れる。
さん、机を抑えようとしてバランスを崩した俺、足捻る。
し、その勢いのまま周りの机を巻き込んですっ転ぶ。
…………こんなん、あり?
「……ぶっ」
最初に吹き出したのは、辻山だった。それを区切りに、教室中がどっと笑いに包まれた。普段口をきかないよーなクラスメイトまで野次を飛ばして爆笑してやがる。
「伊巻おま、マジかよ!」
「狙ったって出来ねーだろそんなん、どーやった!」
「あははははっ、瑠依ってば漫才みたいー!」
「いやあ、尊敬するわ! 素で出来るとか才能あるんじゃね!?」
うん、分かるよ? 俺だってこんなん見せられたら笑う一択だし。客観的に見たらフツーに滑稽だし。高校生にもなってこんな愉快な真似するとか、そりゃ笑うよな。
けど、それはあくまで他人事だったらな話であって。
すっ転んだ側としては、傷に情け容赦なく塩を塗り込むような所行じゃんかこれ!
「笑うな!!」
「これを笑わずにいられるか! ぶはっ、伊巻だっせー!」
「うっせー!?」
「瑠依ー、ホラこっち向いてー? 記録に残すからー」
「撮るな!? つーか助けろよ!」
じたばたと立ち上がろうとするも、机がなんか芸術的な絡まり方してるせいで起き上がれない。
「ちょ、起き上がれないんだけど!? 竜胆見てねーで助けて!」
「……もうヤダ俺……」
「ちょっと!?」
何で竜胆は顔を手で覆って無視してんの!? 主の危機なんだから助けろし!?
「伊巻さいこー!」
「さいこーじゃねえよ助けろって言ってんだろ!? もうヤダ帰りたい!!」
叫んだと同時にチャイムが鳴り、先生が入ってきた。部屋の惨状を見て眉を顰め、一言。
「何を遊んでいるんだ伊巻。弛んどるぞ」
「理不尽!!」
踏んだり蹴ったりとはまさにこの事。ああもう、帰ってオフトゥンしたい。