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鬼は外、布団が内  作者: 吾桜紫苑
第5章 イベントよりも帰りたい
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命綱なしのバンジージャンプとかごめんなのです

 俺らが最後の書類を破り捨てたのとほぼ同じタイミングで、老人がガチ泣きしてうわごと言ってる声が止んだ。


「そっち終わったか?」

「……おー」

 竜胆の乾いた声が答える。だよな、そんな役割分担した仕事の進捗を聞くような気楽さで聞く方がおかしいよな。


 すーはーと何度か深呼吸して、覚悟を決めて振り返る。疾は当たり前のように無傷で、まるで雑な荷物の扱い方みてーにテキトーな掴み方で、ズタボロになった……その、犠牲者を片手に立っていた。


 すっと目を逸らす。うん、やっぱ直視無理。清々しい笑顔過ぎてホント無理。


「じゃあ、とっとと逃げるか。どうやらここが最上階らしいしな、後の場所は今頃地獄絵図だろ」

 愉しげに笑う疾さんや、ちょっとは良心というものを取り戻そうか。その地獄絵図ってあれだろ、逃がした方々バーサス魔術師の事だろ。


 ……前々から思ってたけど、マジでこいつって悪魔が人間に化けてるとかじゃないだろうか。


「そりゃいいけど、どうやって逃げんだ? 普通に下りてくと時間が厳しいだろ」

「一直線に床ぶち抜いて下りてきゃどうにかなるだろうが、そこの阿呆がトラップを片っ端から拾っていくこと考えたら無理だろうな」

「俺のせい!?」


 そもそも床ぶち抜いて下りるって斬新な発想だけども! 俺だってこれ以上トラップやだよ!?


「え、というか、その1時間とか時間がどうのって何? 言ってたのは覚えてっけどさ」

 竜胆がさらっとお察しな感じの方が不思議だ、だって何の説明もなかったじゃん。タイムリミットって何? いつの間にタイムアタックなダンジョンになったの?


「あー、俺もちゃんと分かってるわけじゃねえんだけどな」

 疾が答えようともしないからか、竜胆が頭をかきつつ答える。ちらっと疾を見て、困ったような呆れたような表情を浮かべた。

「白い箱、置いてたろ? 俺らが逃げる為にも、誘爆の類があるんじゃねえかって……それが多分あの時のなら、時限発動式で、1時間ってコトかーってな」

「……えぇと」


 え、何。つまりここ、爆弾がセッティングされてる直ぐ上って事?


「一応名誉のために言っとくが、誘爆って程ヌルいもの置いてねえぞ。このビルに仕掛けられてる魔術的要素やトラップ全部巻き込んで一気に熱暴走起こさせる。マヌケ共が柱にばっかり仕掛けてくれたお陰で、綺麗に全壊するだろうよ」


「「はあっ!!??」」

 しれっと付け足された情報には、俺ばかりか竜胆までもが目を剥いた。

「全壊!? あと1時間でか!?」

「そこの馬鹿の暴走やらゴミ処理やらの時間が結構食われたから、あと20分もないんじゃねーの」

「なにそれこえーよ!? というか名誉って何の名誉だよ!」


 テロリストの名誉とか言い出しそうな勢いで超怖い。もうホントこの災厄さん、容赦がなさ過ぎる。


「ま、あの魔道具使ってみるのは初めてだから、どこまで上手くいくかはやってみなきゃわかんねーが。これが上手くいけば、こっちの魔力消費最小限で最大の被害が出せるからコストが良いんだけどな」

「そんな事聞いてない!?」


 実験みたいなノリでビル破壊を試そうとしないで? 帰れなくなるじゃん?


「つか、俺らの脱出どうする気だ? 流石に巻き込まれたくはねーんだけど……」

 竜胆が微妙な顔して尋ねると、疾も今度は首を縦に振った。ああ良かった、面白そうだから爆発現場を直に見たいとか言いだしたら俺今度こそ死んじゃう。

「俺も巻き込まれる気はないさ。……何、折角だ」


 ニイ、と笑って。

 真横に向けた拳銃を発砲した。


 パリィイイン!



「こんな機会もそうそうねえし、仲良くスカイダイブと行こうぜ?」



 打ち破られた窓から吹き込んできた強風に髪や服を靡かせ、疾は心底楽しそうにそんな提案をしやがった。


「はぁああああ!?」

 全力で絶叫した。いや待って、本当に待って。

「何驚いてんだ。普通に下りちゃ間に合わねえなら当然の判断だろ」

「当然違うし!? ここ何階だと思ってんの!?」


 上ってきたの考えたって軽く10階は超えてそうな勢いだぞ! 飛び降りたらミンチ待ったなし!


「いや、流石に俺でもこの高さは危ねえぞ? 疾と瑠依抱えたら絶対怪我する」

 竜胆も渋面を浮かべて文句を言っている。……言ってはいるんだけど、ナチュラルに俺ら守ろうとしてるのが何かもう、おかん癒される。


「だろうな。ま、ここは魔術に世話になりゃいいだろ」

 そう言って、疾は足元に魔法陣を展開させた。……微妙にズタボロなじーさんが呻いてるのが気になる、今度は何したし。

「へえ、魔力値はそこそこか。これなら足りるな」


 疾が何やら呟くと、俺らの足元にも小さな魔法陣が浮かんだ。思わず足を浮かせそうになったけど、それより先に魔法陣は淡く輝いて消える。


「よし、下りるぞ」

「いやいやいや!?」

 さらっと俺らを促してくるから、全力で逃げの体勢に入る。だって俺知ってるもん、これ間違いなく無理くりにでも行かされるパターンだって。


「何が「よし」か、人間やめてるのはお前ひとりだって!」

「重ね重ね失礼な奴だな、俺は歴とした人間だ。浮遊の魔術かけたから問題ねえよ、もう時間ないんだからさっさとしろ」

 面倒臭げにそう言って、疾はあろう事か俺の首根っこ掴んでズルズルと引きずり出した。逃げようと暴れてるのに何故か力が逃げてくのはナンデダロウネ。


 ……いや、てかマジで待って。


「浮遊ってこの高さで効くのか!? 飛行魔術とかねえの?」

 こう、数メートルの高さをふわふわ浮くのが浮遊じゃねえのかと。ぶっちゃけこの高さだと飛ばなきゃダメなんじゃね?

 そう聞くも、疾は面倒臭げな口調で答えるだけだった。

「飛行魔術ってお前、大魔術師でもなんとか扱えるかどうかって代物だぞ。難易度の高さは勿論、馬鹿げた魔力が必要なんだよ。転移も飛行も移動にホイホイ使ってる魔力タンクじゃあるまいし、んなアホな真似できっか」

「魔力タンク?」

「こっちの話。あと、浮遊も使いようだ。この高さからゆっくり降下していくのは魔力の馬鹿消費が必須だが、叩き付けられないギリギリから発動すれば案外少なくて済む。幸いカモがいたからな、ほぼこっちの消費なしで済んで有り難い」

「いーやーだぁああああ!? 地面すれすれまで自由落下とかあほかああああ!?」

 じたばた暴れながら叫ぶ。この高さからギリッギリまでスピード緩まないとかありえねえ。


 だって俺知ってるよ? 高いとこから飛び降りるのって、大体途中で気ぃ失ってんだろ? 確実に恐怖で気絶コースじゃん、そんなおっかねえ目にあって堪るか。


「それぜってー減速間に合わないだろ!? 俺はお前らと同じようなチートスペック持ち合わせてないから普通に骨くらい折れるよ!?」

「馬鹿じゃあるまいし、それくらい計算してるに決まってんだろうが……つーか、もし仮にお前の骨が老人ばりに脆くて折れたとして、そんときゃ治せば良いだろうが」

「そういう問題じゃねぇええ!」


 あり得ないこの悪魔、ついに怪我を負わせることに躊躇いをなくしやがった。というか、さっきから相槌が雑いんだけど、俺が悪いの? なわけないだろ?


 ぎゃーぎゃーと叫んで逃げようとする俺の首根っこを掴む手をびくともさせず、疾はちっと舌打ちをした。

「ああ面倒くせえ……つーか誰のせいでんな目にあってると」

「そりゃ悪かったけども! こんな命とおさらばするような真似して堪るかぁああ! 竜胆助けて!?」

「竜胆」

「いやー……ちょっと、今の瑠依宥めるの大変そうだから、パス」

「なんで!?」


 ついにおかんにまで見捨てられた、解せぬ。


「もう時間ねえんだっつの、さっさと飛べ」

「いやだ無理飛べるか!?」

「You can fly(笑)」

「かっこわらい付いてた今! 無理無理無理!?」

「ああもう、うるせえとっとと逝け」

「今確実に命見捨てられたよな!?」

 確実に文字が違うのが語調で分かるって不思議? 分かるぞ、疾はそう言うニュアンスを伝えるのが滅茶苦茶上手い。そのスキルを使って相手を煽るのはもっと上手い。全然羨ましくないけども。


 ……んな事言ってる場合じゃない。絶体絶命となった俺は、慌てふためく余り、押し出そうとする疾の腕に逆にしがみついた。

 溺れる者は藁をもつかむとはよく言ったもんで、割れた窓から体がはみ出た俺の唯一の命綱に縋り付く力は、疾をしても苦戦するものだったらしく、押し出す力が弱まった。


「……うぜえ。おまけに気持ち悪ぃ」

「理不尽!?」


 なのに出てくる感想がそれで、恐怖以外の何かで涙が滲みそうになった。というかもう本当に帰りたい。



「あー……もういい。分かった」



 はあ、と溜息。そして続いた言葉の響きに、さあっと血の気が引いた。あ。やっべ、スイッチ入った。


 え? 何のって? そんなの決まってるだろ。


「そんなに嫌なら、一緒に飛び降りてやる」

「え、あの、疾さん?」


 俺は思ったね。ああ、素直に自分から行けば良かったと。



 こんな、心底いらっとしてるのに愉しげな疾さんと一緒にダイブするくらいなら、アイキャンフライした方が遥かにマシだったと。



「せいぜい」


 ぐいっと、腕を逆手にされて引き剥がされ。

 ぐっと、胸ぐらを掴んだ手に力が籠もる。


「バンジージャンプ楽しもうぜ?」


 とんっと、衝撃。

 ついで、ふわっとお腹の底にいやな感じ。


「いや、ちょ、ま」


 空中に踏み込んだ疾が、荷物か何かのように俺をぶん回しやがり——


「あ、リングがねえとやりづれえ」

「なにリングって!? なにがやりづらいの!?」

「そりゃ、ダンクシュート」



 …………あっさりとした返答と共に、見えないリングに叩き付けられた。



「い、やぁあああぎゃぁああああああああああああああああああああああああああ!?」


 自由落下どころか垂直投げ下ろしの刑に合った俺は、全身全霊で絶叫を揚げた。怖いとか何とか言ってる場合じゃねえ、頭真っ白で叫んでもねえと口から魂でてく。

 永遠続くようなそれよりもずっと短いような時間が過ぎて、地上がはっきり見えるようになってきた。まだ減速しない、これ死んだ。


「いやぁあああああああおぼえてろぉおおおおおお!」


 絶対化けて出てやると誓ったその時、消えてたはずの魔法陣がぴかっと光った。途端、吹き付ける風の勢いが弱まる。

 けど、落ちていく勢いはなかなか収まらない。既に地上の人が結構でかく見えるようになってるし後数階分だと思うんだけど、まだ結構なスピードが出てる。


「いやぁあああああああ死ぬぅうううううううう!?」


 叫びながら、せめて叩き付けられたせいで頭から落ちてる体勢を何とかしようとじたばたする。このまま頭からかち割られてスプラッタとか、そんな嫌すぎる最期は断固拒否する。


 が、俺のそんな悲壮な覚悟は杞憂に終わり。


 車の急ブレーキの如くがっくんとスピードが落ちて、勢いが相殺されたのは、ほんっっとうに地面すれっすれ。


「いやぁああああああああ……いだっ」

 最後は放り捨てるようにどさっとなる程度で終わった。いってえ、ケツうった。


「よくもまあ……あんな長々と悲鳴揚げ続けたなお前。実は余裕だったか」

「おーいふたりとも、無事かー?」

「なわけあるかぁあああ!?」

 呆れきったような悪魔にも、のんびりと心配の声をかけてくる竜胆にも、俺は全力で反論した。


 決めた。俺はもう、バンジージャンプもジェットコースターも一生行かない。


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