グロいのは苦手なんです
若干の残酷……グロ……? 描写あり。苦手な方ご注意ください。
鉄格子の檻。鉄格子には鎖が繋がれ、そこから伸びた手枷足枷が填められている、人。
……涙も涸れたのか、ただただ天井を眺めている身体が、奇妙に黒ずみ歪んでいるから、性別もわからないけれど。顔立ちをみるに、多分、女の子なんだろう。
その子だけじゃない。その檻の奥には更に沢山の檻があり、異様な姿になった人達が囚われている。誰も彼もがぼんやりと虚空を眺めて、乱入者である俺達にも関心を示さない。
「……っ」
その、凄惨な光景に。
「ぐう……っ」
「瑠依!」
俺は気付けば、胃の中のものを全部ぶちまけていた。
「大丈夫か?」
「ぅ、えっ」
えづく俺の背を乱暴にさすりながら、竜胆は疾を睨み付ける。
「疾……どういうつもりだ」
「何がだ? ここに止まるのを選んだのはてめえらだろ。何を見ようが自己責任だ」
「疾!」
『黙れ』
「……っ!?」
唐突に竜胆の声が止んだ。多分、言葉に込められた魔術か何かで声を封じられたんだろう。えづく合間に顔を上げると、竜胆は苦い顔で疾を睨んでいた。
「迂闊に名前を呼ぶな、阿呆。名は最も短い呪だって常識、そっちの馬鹿じゃねえんだから知ってるだろうが」
「……っ。けど……っ」
「善人面すんな、うぜえ」
「っ」
声を取り戻した竜胆が黙り込む。痛そうに顔を歪める竜胆にふんと鼻を鳴らすと、疾は側の机に置かれていた紙束を手に取った。ぺらぺらとまくって、舌打ちをする。
「……人体実験結果記録か。しかも何にも活かせてねえときた。馬鹿じゃねえのか、ここの連中」
——出来もしないのに、欲望任せに手を出しやがって。
吐き捨てるように言って、疾はその紙束をビリビリに引き裂いた。そのまま鉄格子の側に置かれている紙束を片っ端から破り捨てて回る。
……ここの人達の犠牲を、そんな風に破り捨てられるのか、なんて。
そう思う俺が、おかしいんだろうか。
「ああ、これか」
そう言って、疾が手を止めたのは、1冊の本。ぱらぱらと捲って、今度は破り捨てずに魔法陣を浮かべてどこかへ消し去った。口元を笑みの形に歪める。
「これの再現がしたくて、異能者攫ってたわけだ。で、上手くいかずに俺に手を出した、と。……つくづく、能なし連中の害悪度合いと言ったらねえな」
そう言って踵を返した疾を、なんとか吐き気を抑えて呼び止める。
「なあ」
「なんだ」
「……それしか、感想はねえの?」
疾が振り返った。俺の酷い有様を笑いこそしなかったが、何の反応も示さずに軽く返す。
「能なし連中への感想に無駄な時間を割く気はねえよ」
「そうじゃなくて!」
「……あぁ、こいつらか」
そう言って、疾が緩慢に鉄格子の数々を眺めた。無感情な動作で、俺に視線を戻す。
「この後の処理については考えてるが?」
「……は」
今、何と。
「このまま現実に帰れるように見えるなら、お前はつくづくおめでたいな」
せせら笑う疾が、怖い。カタカタと震える奥歯の間から、何とか言葉を押し出す。
「……何、する、気だよ」
「こうする」
疾はここで、予想外の行動に出た。
——タンタンタンタンッ。
銃の引き金を次々に引く。鉄格子が、枷が、次々と壊され、人々が自由になっていく。
「——『聞こえるな』」
「力」の込められた声が、自失していた人々を強制的に叩き起こす。疾はほんの少し唇を歪めて、淡々と尋ねた。
「『ここで終わらせるのも、足掻くのも、てめえらの自由だ。人としての姿を取り戻すために蔑まれても帰るか、絶望のままくたばるか、好きにしろ』」
疾は、ポケットに手を突っ込む。コトリ、と音を立てて机に置かれたのは、奇妙な線が刻まれた白い箱。
「『1時間やる。それまでに脱出出来れば、治療可能な施設まで送り届けてやる。間に合わなきゃこのビルと運命を共にするだけだ』……後は好きに選べ。俺への対価は——てめえらが逃げるために暴れるありったけの時間だ」
くっと喉を鳴らして。疾は銃を天井に向けて発砲した。轟音と共にあいた穴に、さっきと同じ要領で飛びついて上がる。
「竜胆、その馬鹿連れて上がってこい。ここにはもう用はねえ」
「ふ……っざけんな!」
「瑠依!?」
多分、あんまりにも次から次に色々起こりすぎて、頭に血が上ってたんだと思う。手元に残ってた呪術具を起動して、俺は天井にぶち当たるようにして疾の後を追った。
ちゅどぉおおおん!
「うわっ、ぎゃぁああああ!?」
……途端弾けた白い光と、そこから吐き出された大量の火の玉のお陰で、めっちゃ血の気引いたけど。プラマイマイナスまだ引いたけど。
「……真っ直ぐトラップに突っ込んだな。頭に血が上っても馬鹿は馬鹿か……」
「なんかもう……本当に、俺の主ってしまんねえなぁ……」
「何その感想!? ひっで!!」
せめてトラップを紙一重で回避した俺を褒めろと言いたい。ああ、もうホントおうちに帰って全部忘れちゃダメかな。