罠ばっかりで嫌になります
「瑠依……お前なあ……」
「つくづくその悪運には感心する。いっそ地雷の撤去作業とか天職なんじゃねえの?」
「やだよ死んじゃう!? というかもうホント何なのこの建物!!」
ぎゃあと喚いた俺、悪くない。悪くないんだから竜胆と疾、俺にそんな冷ややかな視線を向けるのやめれ。
だって考えてみろよ、ここ魔術師の本拠地? らしいわけだ。間違っても忍者屋敷とか、ダンジョンとか、そういう奴じゃない。
現にこれ、ただのコンクリビルだし。上っても上っても似たような造りしてる、オフィスビルみたいな普通の建物でしかないし。
だというのに、だ。
歩く側から落とし穴はあるわ頭上から岩が降ってくるわいきなり部屋中炎が渦巻くわ濁流に押し流されて上の階まで息が出来ねえわ、ぶっちゃけ何で生きていられるの俺? みたいな目に遭うのはどういうことなの? 帰れなくなるじゃん?
しかも納得いかねえのが、この謎トラップの温床、俺ばっか狙ったように襲いかかってくんの。フツーに竜胆や疾と同じように歩いてるはずなのに何この理不尽。
「しかし、まとめてトラップを誘爆させることで仲間を未然に危機から庇って動きやすくするってのは新しい発想だよな。お陰でさっきから作業が捗る」
「物は言い様だけど盾扱いじゃんそれ!?」
「なぁ、俺さっきから瑠依助ける度に死ぬかと思ってんだけど……ちったぁ手伝えよ」
「馬鹿を利用するのは吝かじゃねえが、馬鹿に足引っ張られるのは願い下げだ」
「言われよう!?」
疾の悪魔ぶりが普段より辛辣さアップでざくざく刺さる。やべえ、これ思ったより遥かに怒ってらっしゃるかも。
え? 竜胆? いや、命の恩人に文句言えるほど俺恩知らずじゃねえし。さっきからめちゃめちゃ助けてもらってるもん、おかんには頭上がりません。
「……で、目的地はまだなのか?」
竜胆が尋ねると、疾は天井を仰いで笑みを浮かべた。
「もうそろそろ……と言いたいとこだが、あっち側の魔術師は思ったより優秀なようだな。幻惑の魔術がかかってるから、このままだと延々と同じ階を彷徨きまわる仕様だ」
「何それ!? もうやだ意味分かんねえよかえり」
ジャキッ。
「何か言ったか?」
「何も!」
元気よく答えると、疾が額に突き付けていた銃をゆっくりと下ろした。ほーっと息を吐き出す俺に目もくれない……どころか疾は一連の動きで一切こっちを見もしねえし。
……というか、ついに帰りたいまで言わせてもらえなくなった。超帰りたい。
「あー……で、どうするつもりだ?」
竜胆が何とも言えない顔をしながら、さらっと話を戻した。疾は天井に目を向けたまま、軽く首を傾げる。
「ま、壊すだけなら楽勝だ。が……ここまで来たら、敵を潰す前に貴重なデータの一つや二つ頂かないと割に合わねえな」
「何その発想おっかない」
「どこがだ。誘拐までしてきた以上、反撃は覚悟の上だろ。ただ潰すだけなんてつまら……割に合わない事して堪るかよ」
「今つまらないって言った!?」
「訂正。金にならねえ」
「尚悪いわ!?」
疾の発想がどんどん怖ろしい事になってくんだけど、一体どんな思考回路してんの? オフトゥン足りてねえんじゃねえの?
「んなどうでも良いこと喚く元気があるなら十分だな。おい馬鹿、ちょっと呪術でこの辺の天井崩せ」
「はい!?」
「良いから、とっととやれ」
にっこり。
逆らおうものならぶっ飛ばされること間違いなし。俺はものも言わずにその辺からガラクタをかき集めて呪術の構築を開始した。
「……すげえ、瑠依が文句も言わずに働くの初めて見た」
思わず、と言う調子で漏れた竜胆の言葉に、俺は手を止めないままびしっと返す。
「俺はオフトゥンが惜しい!」
「そこは命って言えよ……はあ」
竜胆が溜息をつくけど、なんでだ。このままオフトゥンが遠ざかるくらいなら、悪魔の囁きに従った方が遥かにマシじゃん。
けど、そう思った俺の方が間違いだったかもしんね。
「こっちをこーしてこれをあーすれば……よし、完成! とう!!」
血文字を操り、一斉に天井に叩き付ける。さあ壊れるが良い、と意気揚々と見上げた俺は、次の瞬間凍り付いた。
「へ?」
え、待って? なんで崩れた天井の向こうから魔法陣がこんにちはしてんの? しかもそこからずるっと黒いのが出て来て、赤い瞳が俺を見てんの?
「っ、瑠依!!」
焦ったような竜胆の声と同時に、身体が吹っ飛ぶ。殆ど同時に、轟音が直ぐ側で聞こえた。鼓膜がキーンってやな音を立ててる。
「やっぱ番人付きか。つくづく悪運の強さは一級品だな」
——タァンッ。
言葉と共に引き金が引かれた。銃弾が、吸い込まれるように天井から下りてきた4つ足の化け物に食い込む。
ギアアアアア!
耳障りな悲鳴を上げて、そいつは一撃で消し飛んだ。
「…………えーと」
ちょっと状況を考えてみよう。疾に言われるまま崩した天井から魔法陣が光って妖っぽいのがいて、危うくそいつに床ごとクレーターの染みにされかけたところを竜胆に助けられて、疾が悠々とそいつを殺した、と。
つまりこれ、俺を囮にしたってことじゃね?
「理不尽!」
「うわっ、瑠依耳元で叫ぶなよ」
竜胆が文句を言うけど、それよりあっちの相棒に文句言う方が先だ。
「事前説明なしに人に囮役させるか普通!?」
「適材適所だろ。つーか、お前に他に役立つ分野とかあるのか?」
「謂われのない低評価!」
「魔術の妨害、トラップ自爆」
「すいまっせんでした!!」
腰を直角に曲げて謝る。うん、それ言われると心が痛い。
「あー……それで、今のは何の為なんだ?」
「何ってな、見て分かれ」
「は?」
竜胆が頓狂な声を上げて天井を見上げる。それに合わせて俺も頭上を見て、ぽかんと口を開けた。
今まで何階上っても変わらなかった光景が、天井の穴の向こうからはまるで別世界だった。
「トラップに連動してた幻惑魔術が解けたんだよ。ぼけっとしてねえで、行くぞ」
そう言って、疾は地面を蹴って天井の穴に飛びつき、懸垂の要領で身体を持ち上げて上に上がった。……いや簡単に言ったけど、相変わらず人間やめた動きだと思う。
「竜胆任せた!」
「……普通、そうだよなあ」
竜胆もこればっかりは文句を言わずに俺を脇に抱え、ひとっ飛びで天井を抜けて上がった。流石チート組、これぐらい軽いらしい。
胸に虚しい風が吹き込むのを感じつつ、俺は周囲を見回した。うん、何ここ。
一面に広がるのは、研究所と言われて真っ先に思い浮かべるような、機械と化学の実験器具みたいなのがあちこちに置かれた空間だ。紙の資料が山のように置かれているとことか、いかにもって感じだよな。パソコンないのが不思議なくらいだ。
そして。一番別世界感がすげーのは何かって、明らかに今までの空間を何倍にもしたようなこの広さだろ。何、このビル上に上がるほどでかくなんの?
「……なあ」
アホなことを考えつつぽかーんと部屋を眺めていた俺は、竜胆のやけに乾いた声に我に返る。そういやまだ抱えられたままだったなーと思い出しつつ何気なく見上げた俺は、竜胆の白い顔に息を呑んだ。
「竜胆……?」
「なあ……疾」
竜胆が、ここに来て初めて名前を呼んだ。多分、俺が前に余所では名前呼ぶなって言ったのをちゃんと覚えて守ってた竜胆が、そんなの意識からすっ飛んだとばかりに、呆然と疾の名を呼ぶ。
「疾……ここ、なんだ……?」
「なんだ、ってもな」
先に上がっていた疾が、失笑を漏らした。戸惑いながらも首を巡らせた俺は、疾の立つ場所にあるものに、ガチで息が止まったんだ。
「最初に言ったろ? ここの連中がやってるのは——人体実験だって、な」
地獄のような光景の中、それでもうっそりと笑う疾が、この時ばかりはひたすら怖かった。