なんだかおうちが遠のいていってる気がします
「さて。邪魔な奴もいなくなったし、どうするか」
「うわあ……今までのやり取り一言でまとめやがった……おっかねえ」
「疾って……本当に敵には容赦ないんだな……」
俺らの心底戦く様子に頓着せず、疾は周りを見回していた。
「結界、魔術妨害、魔力阻害……まあこんなもんか。古臭い魔術使ってるな、相変わらず」
「……その言い方だと、疾は今回の犯人に、心当たりがあるのか?」
竜胆が首を傾げて問いかける。疾はちらっと視線を向けて、頷く。
「ここ最近鬱陶しい動きを見せていた連中だ。そもそも、こいつらを探るために魔術を展開していたんだよ。……相手を探る時は相手も仕掛け時だ。だから入念に準備をしていたし、あの時はかなり真剣に攻防戦中だったんだがな。どこかの馬鹿がものの見事にやらかすまでは」
「うっ……」
「そ、それで? ここ最近の活動とも関係があるのか?」
慌てたように竜胆が続ける。そうだな、また今から説教タイムはごめんだよな。
幸い疾も続けるつもりはなかったらしく、あっさりと答えた。
「いや、そっちは別件だ。ちょっと協会の拠点を見つけたもんでな、つい楽しくなって破壊し尽くしたらニュースになっちまったが、んな事は些細な問題だ」
「些細かぁ……テロ認定が些細かぁ……」
「その最中に探るような動きがあったから、一旦帰国して調べてたんだよ。見つかったのは連盟から弾き出された木っ端組織だったってんだから拍子抜けだが、そこそこ優秀な魔術師はいるんだろ」
「へえ……」
気圧されたように頷く竜胆を余所に、俺は次の疑問を口にした。
「なあ疾、協会とか連盟とか何だ?」
「協会は俺の敵、連盟は利害が一致する限り放置。詳しく聞きたいか?」
「結構です!」
物騒な笑みを口元に閃かせる疾に、即答。んなおっかねえこと聞いて堪るか。
腰の引けている俺に溜息をついて、竜胆は質問を続けた。
「あー……疾? 取り敢えず、ここから出るつもりはあるよな?」
「そっちの馬鹿じゃあるまいし、監禁し続けられる趣味はねえな」
「俺もないよ! 無いから見捨てないでよ!?」
明らかに見捨てる気満タンの疾さんに懇願する俺に、竜胆は溜息をつく。
「瑠依、一旦黙ってろ。話が進まねえ。……疾、この枷ってただの枷じゃねえよな?」
「一切の魔術干渉を無効化してるのと、強度を上げているな。魔術師の逃亡防止用として一般的な拘束具だ」
「一般的って言葉がすっごい物騒だと思います」
「黙ってろ、馬鹿」
「はいっ!」
にっこり笑いながらも一切笑ってない目で睨まれた俺は、良い子の返事をした。竜胆がまた溜息をつく。
「で、他に厄介な罠とかないんだよな?」
「ねえよ。枷を外したら致死的な攻撃が来るわけでもなし、とっとと外して出るべきだろうな」
「ん、それ聞いて安心した。——よっと」
バキン!
すげー軽い掛け声だけで、竜胆は枷を力尽くで引き剥がした。
「…………」
そっと、疾の顔を伺う。呆れたような顔で竜胆を見てて、俺すっごく安心した。だよな、あれが基準じゃねえよな。
「んじゃー壊すぞ。動くなよー」
腕を妖のものにした竜胆によって、俺らの枷もあっさりと破壊された。
痺れた腕を揉んでいると、竜胆は疾に問いかける。
「で? ここを出るのは、鉄格子壊せば行けるだろうけどな。そこからどう逃げる気だ?」
「さて、どうするかな」
「ひっ!?」
言葉と共に閃いた物騒な笑みに悲鳴が漏れた。やばいまずい帰りたい!
「なぁ瑠依」
「はいっ!」
「自ら危険に晒される趣味がおありなくらいだ、このまま一直線に安全に帰りたい……なんざ、言わねえよなあ?」
「え、いや俺かえr……言いません!!!」
一層深まった笑みのヤバさに、悲鳴混じりによい子のお返事をすると、疾は満足げに頷いた。
「そうだろうそうだろう。感謝しろよ? 今からその願い叶えてやるよ」
「はいっ!」
「……あー。何するんだ?」
疲れ切った顔で髪をかき上げた竜胆に、疾は愉しげに笑って答える。
「何。折角あちらさんから招いてくれたんだ。返礼くらいしねえと失礼ってもんだろ」
そう言いながら、疾は銃を取りだし鉄格子をぶち壊した。
……術が無効ったって、弾丸そのものが術レベルの威力だったら意味ねえんだな。
がらんがらんと、鉄格子の破片がそれなりに大きな音を立てる。それに応じて、わらわらとローブ姿の人間があちこちから現れてきた。
「げっ、脱出のっけから!?」
「そりゃ脱出防止策くらい向こうだって用意してるに決まってんだろ。アホか」
狼狽する俺をバッサリと斬り捨て、疾はにいと笑う。逃げろローブ集団!
「開幕の狼煙にしちゃ地味な連中だが、まあ、準備運動には丁度良い。なぁお前ら?」
……流し目をよこした疾は、相変わらず見た目だけは綺麗なんだよなあ。吐き出される毒は異常なレベルだけど。
現実逃避気味にそんなアホなことを考えていた俺の耳に、溜息混じりの竜胆の声が入る。
「ったく。無茶苦茶しすぎだぞ?」
「雑魚数名の魔術師だぜ? こんなもん無茶の内に入るかよ」
「普段何してんだ、お前。……ああもう」
はあ、と溜息をついて竜胆が身構えた。すうと目を細めて魔術師達をロックオン。
……今確実に、疾への心配で参戦を決めただろ竜胆。おかんよ、面倒見良すぎ。
「取り敢えず、1人2人は牽制してやっから、怪我すんな、よ!」
「はっ、こんなのにかすり傷一つもらって堪るかよ」
そんなやり取りの元、いつものように同時に床を蹴る2人を見て、俺は叫んだ。
「呪術具ないのに放置するなし!」
「死にものぐるいで生き残れよ、ノロマ」
「理不尽! 帰りたい!!」
叫びながらも鉄格子や枷の欠片を集めて何か出来ないか考えちまうのは、もはや脊髄反射だな。
疾も参戦してすっかり鬼狩りの仕事のよーでちょっと気が楽になったなんて、ぜってー言わねえけども! そんなことより帰りたい!