鬼畜を誘拐しようとしてはいけません
「——そもそも、俺は言った筈なんだがな、『黙って邪魔せず大人しくしてろ』と。一切の妨害干渉行為を禁じたつもりだったんだが、一体全体どのような頭をしていれば人の目を盗んで自らトラップを起動させに行くという発想が出るんだ?」
「ごめんなさい……」
「どうせ馬鹿のことだ、退屈だったからなんとなくとか、思考なぞすっとばした本能寄りの回答しか返ってこないんだろうが。そもそも退屈な状況に陥った原因そのものが自分自身にあって、その後始末に追われている人間に向かって退屈だ等と抜かせるその根性がもはや俺には理解出来ない。いや、驚いたぜ。お前のような馬鹿に『理解出来ないこと』を提供して貰えるとは夢にも思えなかった。寧ろ感謝しなきゃならねえかもなあ?」
「いえ、本当に申し訳ございませんでした……」
「感謝の意を表して説明してやるよ。お前のスマホがしょっちゅう壊れるのは、周囲の魔力や魔術の変化に動物的な勘で察知して無意識に神力垂れ流しているせいだ。お前の場合それは呪術の形となっているわけだな。呪術を無意識にばらまくだなんて、まあなんとも外法師らしい行いなわけだが、そもそもお前の職業は一体何だっただろうな?」
「ごめんなさい……」
「呪いってのはそもそもが強い思念波だという説もあるからして、電波を送受信する携帯端末というのは非常に影響を受けやすい。よって呪術に晒されて故障するというわけだ。しかも、更に傍迷惑なことに、その破壊した端末を媒介にして無差別に呪術をばらまいているというんだから、いやその才には全く驚かされる。人の魔術をしっちゃかめっちゃかに掻き回した挙げ句、全くの別物に仕上げて自爆させようなんざ随分と悪意に満ちた攻撃方法だよなあ?」
「ごめんなさい、すみません……」
「挙げ句にその対処に追われている隙に味方を敵地に放り込んで窮地に陥れようとは、悪魔もびっくりのやり口だ。他の奴がやったのなら、なんて素晴らしい悪知恵の働く外法師だと拍手喝采、賞賛の嵐を浴びせた上で誠意を持って叩き潰す所なんだが、それが悪意どころか自覚もなく全て気分と本能だけで成し遂げられたと言うんだから、本当に大したもんだな」
「そんなつもりはなかったんです、ごめんなさい……」
「ああ知ってるさ、悪意を欠片も持ち合わせていないことなんざ、よーく分かっているとも。だからこそ驚くんだよ、この胸糞悪い状況が一切の悪意も敵意も隔意もなく、ただの退屈と好奇心だけで生み出されているという何ら救いのない状況にな。あほらしいにも程があるが、つくづくお前の悪運と自ら死地に飛び込んでいくそのどうしようもない性分にはいっそ感心するぜ? 普段は帰りたい帰りたいというくせに、こうして家からほど遠い場所へと自分から飛び込んでいくんだから。お前実は家に帰りたくないんだろ?」
「いえ帰りたいです……」
「何だそうなのか? 俺はてっきり監禁拘束に喜びを覚える特殊嗜好にでも目覚めたのかと驚いたんだがな。しかもそこにこの俺を巻き込むという破滅願望付きときた。いやはやその歳で世の中に絶望するとは何とも業の深いことだが、そういう事ならひと思いにやってやるのが良いのか、それとも嗜好に合わせて地獄を見せてから丁寧に葬ってやるのが良いのかと考えていたところだったんだがなあ」
「あの、本当に申し訳ありません……」
「謝罪の言葉がこれほど軽々しく生み出されるというのも驚きだな。全く、毎度毎度やらかしては謝っている割に、全く進歩も成長もみられないとは嘆かわしいことだ」
「ごめんなさい……」
「……なあ……ちょっといいか?」
いかにもおそるおそる伺うような声音が、石壁の部屋に響く。これまで延々と続いていたやりとりがようやっと止まり、異様な程に「普段通りの声」が応じる。
「なんだ?」
「……いや、そろそろ終わるか? って聞きてえんだけど」
竜胆の困り切った声に、疾は軽く首を傾げて答えた。
「あと1時間は軽いけどな」
あっさり軽やかに返された鬼畜発言に、俺は顔を引き攣らせ、竜胆は怒鳴った。
「まだそんなにかかるのかよいい加減にしろ!? 瑠依のメンタルはともかく、一言も喋る暇無く存在ごと放置された人がしゃがみ込んで震えだしてていたたまれねえよ!?」
「竜胆さん!? 心配するのそっちかよ帰りたい!」
まさかの発言に目を剥いて横を見るも、竜胆は俺にちらとも視線を向けずに疾の方を向いていた。
いや、言いたい事は分かるよ? 真っ暗になった視界が元に戻った時には、俺ら両手を万歳の状態で壁にくっついてる枷に拘束され、更に鉄格子付きの檻の中だったわけだし。その鉄格子の向こう、多分トラップを仕掛けた張本人が口を開こうとしたのは、多分何かしら俺らに挨拶だか脅迫だかをしようとしてたわけだし。
状況だけでも一目瞭然。俺らはこの人に攫われたわけで、意図とか目的を探るのが大事なのはマンガ知識が教えてくれる。後ついでに、今が誘拐犯の超見せ場な場面だってのもな。
が。ここにいるのはその手の輩の心を折りまくっている悪魔なわけでして。
一瞥して状況を把握した疾は、誘拐犯さんが何か言おうとするより先に、怒濤の勢いで俺を罵倒しだしたわけだ。
何が凄いって、1度も話がループしねえってことだよな。全部違う内容で延々と俺のミスを責め続けるんだぜ。俺も最初は言い訳しようとしたんだけど、ことごとく言い負かされて、最終的にはひたすら謝り続ける事しか出来なかった。
けどさ、ここ誘拐の現場だぞ? 勿論きっかけを作っちまった俺を責めたい気持ちは分かるけど、今直ぐする必要とかないじゃん? ……そんな事言い出せる立場じゃねえんだけどさ。
疾もそんな事が分からない程……というか、俺にやらかされた怒りで優先順位を忘れるとか、そんな真っ当な感性をお持ちな訳がない。となれば、なんでこんなことをしているかっつーと……うん、こいつの性格を知ってる奴なら、もう分かるよな。
疾はわざと怒りを口にして、誘拐犯さんの存在を綺麗さっぱり空気に仕立て上げたってわけだ。ひでえ。
誘拐犯さんも、最初のうちは何とか話の流れを戻そうと口を挟む努力をしてたんだけど、あんまりにも淀みなく区切り無く朗々と俺を罵倒し続ける疾の勢いに負けた。段々しょげていって、今やしゃがみ込んじまってるな。ローブ着てるせいでぱっと見黒い雪だるま。
……あんまりにも存在を放置されすぎてて、犯人だってのにおかんが心配し出して、今に至る。まあ、俺もなんか気の毒になってきたけど、俺の心配より優先されてる感があるのはなんでだよ帰りたい。
「続きがあるなら後でいくらでも時間あるんだから、取り敢えず後回しにして話を聞いてやれよ!」
「は? 何の為に?」
……しん、と場に沈黙が下りたのは、無理も無いと思う。待って、こいつ何言った?
「何って、だから」
「誘拐なんざする屑の言葉なんざ聞くだけで耳が腐るだろうが。どうせ何が目的だろうが違いがあるわけでもなし、そもそもこんな所までわざわざ出向いてこさせられる雑魚なんぞにかかずらってる手間と時間が惜しいわ。そこの馬鹿を罵倒してる方がまだ有意義だ」
「そこまで言う!?」
ああ、誘拐犯さんがしゃがんだ姿勢から四つん這いになった。疾は未だにそっちに目も向けようとしねえんだけど、何でこの惨状をスルー出来るの? 悪魔なの?
「いや、情報集めなくて良いのか? 定石だろ」
「だから。こんな雑魚から集められる情報なんざたかが知れてるだろうが。言葉の通じない屑の為に割いてやる時間なんかあるかっての。つーわけで」
にっこりと。綺麗に、心底楽しげに笑って、疾は極上の毒をぶん投げた。
「とっとと失せろよ、三下。いつまで待ってたって、てめーの言葉を聞いてくれるやつなんか存在しねえんだからよ」
「……っ、災厄が……っ、調子に乗れるのも、今だけだぁっ!」
ローブを纏った男の人は、泣き声でそんな捨て台詞を吐いて、走り去っていった。……そうだよな、そこまで言われて泣かないでいられるような精神力とか、無いよな。
ああ、今俺すっげえ帰りたい。