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鬼は外、布団が内  作者: 吾桜紫苑
第5章 イベントよりも帰りたい
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誘惑には勝てません

「もうヤダ帰りたい帰りたいもうヤダ……」

「もー、瑠依ってばホンット体力無いへなちょこさんなんだからー」

「黙れ諸悪の元凶!?」


 どこのド阿呆のせいでこんな目に遭ったのかと。思わず食ってかかった俺をケタケタと笑い、常葉はひらひらと手を振る。


「やだなあ、瑠依がへなちょこさんなのは私のせいじゃないよー。彰君を見習ってくれたら、私ももっと楽しいのに」

「うっさいわ!? 同じにすんな!」


 帰りたい欲のままに空を駆けて帰宅してるとまで言われてる親戚と比べてくれるなと。……何で俺の周りにはチートばっかりいるんですかね。超納得いかない。


「伊巻、何だかんだ言って元気だよな……俺叫ぶ体力とか残ってないぞ」

「瑠依はスタミナだけはあるからなあ……」

「だけって何!?」


 何でそんな失望したような目で見るの、竜胆さん。比較対象が悪すぎるだけで、俺鬼狩りとしてはそこそこ優秀だぞ? 一応ちゃんと主だぞ?


「はー……ホント元気な……。じゃあなー伊巻、また明日……」

「おー」

「じゃあな、辻山」

「じゃあねー、また明日♪」

「はは……」


 常葉の追い打ちのような一言に、辻山の瞳が濁った。……大丈夫か、体育祭までまだまだあるぞ。


「常葉」

「なーに?」

「ちょっとペース落とせ。脱落者が出かねないぞ」

「やだ♪」

「鬼か!? 狩るぞ!」


 即答で却下しやがった幼馴染みが、段々狩るべき敵に見えてきた俺悪くない。


「ふっふーん、瑠依に狩られるほどへなちょこじゃないもーん。それに、こういうのは最初が肝心だよー? 今手を抜いたらみんな本気出さなくなっちゃうもん♪ これからの為に、明日からもメニューしっかり組んでくるからね!」

「……誰かこいつ止めてくんねえかな」


 もうやだ、なんでこんなのが幼馴染みなの? 帰りたい。


「帰る……もうやだ! 俺はオフトゥンするんだ!」

「あ、叫びだしたってか、ダッシュかよ」

「ホント、瑠依はスタミナだけはあるよねー。じゃあね竜胆君、また明日♪」

「あー……うん、また明日……」


 全力でおうちに……お布団に駆け出した俺の後ろで、竜胆が微妙に引きながらも律儀に挨拶してた。おかんよ、そろそろ常葉も拳骨案件だと思うぞ。



***



「帰りたい」

「10回目。瑠依、うるせえ」

「だって帰りたい! こんな最中に鬼狩りの仕事とか馬鹿じゃないの!?」

 がおうと吠えるも、竜胆の反応は薄い。何でだ、俺悪くない。


 常葉あほの暴走に瞳を濁らせ、時々ストップかけさせられ——だから何でみんな俺にやらせるかな、関わりたくねえし——つつ、楽しくもない筋トレを延々やらされてようやっとオフトゥンしたってのに、今日は新月とか馬鹿じゃないのか。普通に帰りたくなるのが人の性だろ、ほら俺悪くない。


「いい加減諦めろって。瑠依が鬼狩りなのも、今月から3ヶ月半の間は瑠依と俺だけで仕事しなきゃならないのも、今日が新月なのも、分かってたことだろうが。ぐだぐだ抜かすんじゃねえ」

「……うちひと月半が未だ納得いかないんですよーだ」


 うっかり呪っちまった対価である2ヶ月分はともかく、疾に巻き込まれて襲われた魔術師の撃退時のひと月と、こないだ竜胆を見送ったからって半月押しつけられた分は一体なんなのかと。ホント疾って、時々じゃねえ、しょっちゅう滅茶苦茶理不尽だ。


「いやあ……自業自得じゃねえの」

「なんで!?」

 だと言うのにこの冷たいお言葉、もう本当に帰りたい。


「もう帰る……もうやだ! 帰る!」

「帰んねえっての」

「だだだだっ!?」


 顔をがしっと掴まれて圧力をかけられた俺は盛大に悲鳴を上げた。待って竜胆さん、何その技痛い。


「主にアイアンクローとはどんな根性だよ!?」

「瑠依がサボり魔すぎるのが悪い。おらとっとと狩るぞ」

「へーい……」


 なんとも絶妙にやる気の出ないタイミングで襲いかかってきた鬼に、俺は渋々と呪術具を取り出した。



***



 一通り鬼を狩って巡回を終え、報告をすべく冥府の入口を探していた時。ふと、なーんとなく横を向いた俺は、思いもよらねえ顔を見つけたんだ。


「あれ? 疾なにしてんだ?」


 海外で楽しくテロ活動真っ最中な筈の疾が、片膝付いて地面に手を触れた姿勢のまま、ぴくりと肩を揺らした。やけに機敏な動作で振り返り、剣呑に目を眇める。


「え、何? 怖ぇよ?」

「……おい馬鹿。今度は何をやらかした」

「何が!?」

 今回は全く心当たりない、というか声をかけただけで何この反応。


 ……つーか、やな予感がする。


「なんか、うん、そうだな! 俺帰るわ!」

「うわ、なんつー手のひら返し」


 呆れ気味に呟く竜胆の腕を掴んでぐいぐいと引っ張る。だって明らかに疾がいつもと違うじゃん、こういう時は関わらないに限るって。


「そりゃそーだろ! 仕事終わってよーやく帰れるんだぞ! ここで疾の厄介事に関わってなるものか! お布団が俺を呼んでいるっ」

「……ああもう、本当になんでこんなのが俺の主なんだよ……」

 竜胆が天を仰いでひでえ事を言ったその時、疾がすっくと立ち上がった。


「瑠依、スマホ出せ」

「へ?」

「早くしろボケ」


 ぐいと手を付きだして催促してくる疾に、渋々手渡……そうとして、愕然と目を見開いた。

「また壊れてる!? 馬鹿じゃねえの!?」


 電源ボタンを押しても画面真っ暗、これで何度目だよ!?


「へ? 何だ、壊れたのか?」

「やっぱりな」


 呆れたように溜息をついて、疾は俺の手からスマホをひったくる。あろうことか、そのままぺいっと地面に放り投げやがった。


「ちょっと!?」

「どうせもう直らん。つーか、いい加減に呪術の制御くらいちゃんとしろ馬鹿。ダダ漏らしで無差別に呪い撒き散らすなボケ」

「どういう事!? 何か色々俺のせいにされてない!?」

 非常に納得いかねえってのに、疾はガン無視で魔法陣を宙に描く。

「今俺は非常に忙しい。後で気が向いたら説明してやらんでもない、取り敢えず黙って邪魔せず大人しくしてろ」

「ええええ……俺のオフトゥン……」


 厄介事の匂いしかしないというか、もう俺本当に帰りたいんだけど。何でしれっと巻き込むの? 俺は善良な一般人なのに、なんか一部の方からお前の同類みたいな扱いされてるの知ってるよな?


「お前の寝不足なんざ知るか。こっちは人払いと探査魔術を妨害されて良い迷惑だ。……ちっ、また面倒な絡ませ方しやがって」


 舌打ちをして独り言を漏らしたと思うと、疾はそのまま黙り込んで魔法陣を操りだした。ちかちかする光が文字やら図形やらを延々と描いちゃ消しを繰り返して、何がなんだか訳分かんねえ。


「……ひまだなー」

「終わらねえと出られなさそうだな。つーか、局長に報告遅えって文句言われそう」

「うわあ、帰りたい……」

 フレア様のお怒りとかもうしばらく受けたくない感じなんですけど。その元凶たる疾は、俺と竜胆のやり取りガン無視だし。


 ちかちかぴかぴかも最初のうちはイルミネーションもどきとして眺めていられたけど、直ぐに飽きた。つーか、動くなって言われてもこっちはほんとーに退屈なんだよ。


 ただでさえ、常葉あほの暴走と鬼狩りで体力もメンタルもざっくざく削られてる俺の頭にはオフトゥンの暖かく包み込む感触しかない。ああ、早くあの優しい感触にくるまりたい。


 そんなオフトゥン気分ででぼーっとその辺を眺めていた俺は、ふと奇妙なマークに気付いた。ドクロっぽい見た目の、紫のボタンみたいなやつ。



 ……こーゆーの見るとさ、なんかポチッとしたくなるじゃん? ほら、押すな押すなって言われると押したくなるみてえなさ。


 ただでさえ退屈で暇を持て余していた俺に、その誘惑は強すぎたわけで。ぴこんぴこんと良い感じに点滅し始めたそれに吸い寄せられるようにして、俺は指を1本伸ばしてボタンを押し込んだ。



「ぽちっとな、っと」


「瑠依? なにして——」

 俺の行動に気付いた竜胆が、疑問の声を上げるより早く。



「——っド阿呆!!」



 疾の怒声が響いた。


「ひえっ、なん……」

 なんだよ、と抗議の声は、いきなりカッ!! と光ったボタンに呑み込まれた。



 視界が暗転する中、思う。



 ——そういやこういうトラップで強制移動させられるのって、お約束だよなあ、と。



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