変態以外が盛り上がってもいいと思います
「だからねっ、きらっと汗の輝く体育祭はほんっとうに素晴らしいんだよ!」
「そ、そう」
「そうなの! だって普段はなかなか見られない腹筋の割れや三角筋や上腕二頭筋をとっくりと眺める機会だもん♪ これを楽しみにしない女子なんていないよー!」
「そ、そうか……?」
「そうそう! あー楽しみー!」
帰り道。興奮冷めやらぬ常葉は、延々と妄想だか情熱だか分からない代物をダダ漏らし続けてた。さっさと帰りたい俺と辻山が丸無視で歩き続けるのとは正反対に、竜胆は引き気味ながらも律儀に相槌を打っている。流石おかん。
「なあ、あれいいのか? 竜胆の体育祭に対する認識が愉快な事になってきてるぞ」
「よくねえけど、今何言っても火に油を注ぐだけだろ。帰ってから真っ当な説明もしておくけどさ」
「説明も?」
「辻山、どーせ俺達の体育祭は変態によってどどめ色に塗りつぶされるのは決定してるんだぞ? そろそろ現実を見ろ?」
「……そうだったな」
ふっと顔を背けた辻山は、そのまますちゃっと片手を上げた。
「というわけで伊巻、俺は今ほどおまえんちと絶妙の距離を保って家を建ててくれた父さん母さんに感謝した事はない。あとは頑張れ」
「なにげにひっで! その上見捨てられたし!」
ぎゃあと喚いた俺の反論を無視して、辻山はそそくさと帰っていった。おのれ辻山、覚えてろよ。
「だから竜胆君、ぜひぜひ騎馬戦で頑張ってほしいんだけど! ねえお願い♪」
「いやそれはちょっと……」
本気で困り顔になってきた竜胆を見て、渋々助けに入る。
「常葉、ハウス。もー帰れ」
「えー! おばさんの手料理食べに行きたい!」
「帰れ! 今日はこれ以上お前のダダ漏れる変態発言なんか聞きたくねーし!」
家でまで帰りたい気分になって堪るか。今日は早々とオフトゥン入ってイチャイチャするんだ。
「えー……」
「何なら今直ぐ常葉の親父殿に連絡して「常葉がお出かけしたがってる」と伝えても良いんだぞ」
「あーっ、瑠依それは卑怯だよう!」
「何が卑怯か、俺らを地獄に叩き込んだくせに。いーから今日は帰れ」
「ちえー……」
がっくりと肩を落とした常葉が、嫌々そうに帰ってく。……うん、追い返せたのは良いんだけどな。幾ら愛情が重すぎて明後日の方向に突っ走ってるとは言え、常葉の親父殿がちょっと気の毒になった。
ほっと息を吐いた竜胆を横目に、俺らはようやっとお家に向けて帰りだした。ふと思い付いて尋ねる。
「てか、竜胆が騎馬戦やら綱引きに出たがらねえのは何で?」
クラスでの種目決めで頑なに「パワー系はパスで」と言い続けた竜胆の事は俺も気になってたので聞いてみると、何でか半眼で睨まれた。
「瑠依……あのなあ……」
「へ?」
何で頭が痛そうな顔をしてるんだと首を傾げていると、竜胆ははあっと溜息をつく。
「……俺がんなもん出たら、いっぺんで勝敗決まるだろうが。学校程度の人数相手じゃ、勝負になんねえっつの」
「……マジで?」
改めて知らされた竜胆のチートぶりに、ちょっぴり驚いちゃった俺悪くない。
だって綱引きって両側何十人と並ぶじゃん? それなりに力自慢もいるってのに、勝負にならねえってやばくないか?
「マジでって……瑠依、いくら何でも認識甘すぎるぞ。俺達きょ……半妖は膂力が突出してるってのは常識だ」
はああ、と呆れきったように溜息を吐き出した竜胆にはまあ、ちょっと悪い事したかなーとは思わんでもないけども。
「そーはいっても、徒競走だってリレーだって変わんなくね?」
「走る方はまあ……多分程々に手抜き出来る。パワー系は力の差がありすぎるんだよ、手加減しても怪我させそうだ」
「え、どんだけ」
「だから言ってんだろ……」
額を押さえる竜胆に、けどと唇を尖らせる。
「けどさ、んな事言ってたら楽しくねーじゃん。折角のイベントなんだしさ、好きに楽しまないと損だろ。……いや常葉からはそっと目を離すとして」
半妖だなんだとごちゃごちゃ考えず、せっかくの高校生活の二大イベントを楽しまないと勿体ないだろ。俺は帰りたいとしか思わねえけど、100年生きてても経験しなかったお祭りくらい、思い切り楽しめばいーじゃんかと。
「ホラ、疾とサッカーしてる時とか竜胆マジじゃん。あれくらいはしゃいでも問題ねえって。周りは寧ろ盛り上がってるだろ」
「あ、いや……あれは、つい」
目を泳がせても無駄だぞ、竜胆。オオカミの本能なのか知らんが、球技になった途端目の色変えて疾と結構なガチプレイで戦ってるの、俺ら何度も見てるんだからな。
「あんな感じで盛り上がったって全然問題なし。何せどこかの誰かさんはインハイ出場者とがちバトルして勝っちまうなんて事やらかしても「まあ波瀬だからな」の一言でスルーされてるんだぞ。竜胆がどれだけやらかしても「波瀬もいるし」で誤魔化し余裕」
「……普通怪しまねえ?」
「怪しまねえ。てか竜胆考えてみろ、平和な現代高校生が「身体能力おかしい……まさか人間じゃない!?」なんて発想はしない。したらそれを人は中二病と呼ぶ」
「ちゅうに……?」
曖昧な顔で首を傾げる竜胆には後々じっくり説明するとして、とにかくと話を締めくくった。もう家に着くしな。
「とゆーわけで、別に常葉のテンションを天井ぶち破らせるために無理する必要はねえけどな、好きな競技を好きなだけ楽しめばいーだろ! 以上ただいま!」
「……ったく。瑠依らしいけどな」
家に全力で駆け込んだ俺を、竜胆は苦笑気味に追いかけた。