舞い上がった変態を止めないと帰れないようです
「さて男子、話し合いは終わったー?」
ニッコニコした常葉が飛び込んできた。びくっと跳ねた俺らに、物凄く楽しそうな笑みを浮かべた常葉は。
「取り敢えずみんな……上脱いでね♪」
『はあっ!?』
悲鳴を上げた連中を余所に、去年を知る俺らは、死んだ魚の目で常葉を見た。
「なぁ……崎原。俺ら去年も同じ組だったんだし、今年は別に——」
「ダーメ♪ 成長期の男の子は1年たったら別人だよー? その成長を見るのもまた至福だもん!」
「……ソウデスカ」
虚ろな目で片言気味の相槌を打つご同輩。帰ろうぜ、マジで。
「伊巻」
「なんだよ」
「どうにかしろよ、あれ」
「超無理」
大体人の帰る道を思い切りブロックしておいてどうにかも何もないだろ。帰りたいのに帰れないなら、やなことさっさと終わらせて帰るに限る。
「つーわけで諦めようぜ……俺らに味方なんていないからさ」
「あ……てか、他の女子はこれでいいのかよ」
ふと思い付いたように問われた疑問には、黒板に種目を書き出していた女子が答えた。
「えーだって、常葉ちゃんが見た組はめちゃめちゃ強いって去年からの評判だし。やる気ない男子見るのもイヤだし、頑張ってもらった方がいいよねー」
一斉に頷いた女子達を見て、俺達は腹をくくった。ちくせう、疾1人で逃げやがって。……覚えてろよーなんて言えねえけどさ。返り討ちが関の山です。
そうして死んだ目で上裸になった俺達は、とってもご満悦そうな常葉が巡回するのを待たされるハメに。
「うーん、腹直筋は立派だけど腹斜筋が全然ダメー。上体起こしばっかりやったって、捻る動きに弱いよー?」
「あっ、りっぱなハムストリングス! うん、徒競走向きだね♪」
「ガタイ良いから綱引きかなぁ。もうちょっと上腕三頭筋付けよう!」
……エトセトラ。
うきうきと他人様の筋肉評価を下す常葉が、俺らの希望ガン無視で競技を決めてくけど、テンション高すぎる常葉のダダ漏れるナニカにメンタルを削られまくった俺らに、反論する気力とかどこにも残ってなかった。超帰りたい、はよ終われ。
え、俺は何の競技かって? へなちょこだからチームプレイ重視の二人三脚やれって言われたけど何か?
呪術もねえのに真っ当に運動出来るほど俺のスペックは高くない。彰じゃあるまいし、障害を千切って投げてして帰るとか出来る訳ねえじゃん。マジであいつ早く帰ってきて鬼狩り変わってくれねーかな。
「さーてと! これで競技は決まったからー、明日からトレーニング開始だね♪ みんな放課後ちゃんと着替えて集まってねー」
『はあっ!?』
まだ認識の甘かった男子勢が、流石に食ってかかった。俺? 辻山と同じく無言で着替えちゃうぞ、反論するなんて時間の無駄遣いしないで帰りたい。
「崎原ふざけんなよ!? 俺らだって予定ってもんがあるんだぞ!」
「そーだよ部活の練習あるっつーの!」
「つか、体育祭如きでそんなことやって堪るか!」
「如き?」
ひゅうっと冷ややかな風が吹き荒んだ。そう誤解するようなブリザードが、常葉から放出された。あーあ、俺しらね。
「ごとき? ねえ倉田君、聞き間違えかな? 今、体育祭を如きだなんて言った? 聞き間違いだよね?」
「え、あ、いや……」
食ってかかった勢いはどこへやら、異様な気配にじりじりと後ずさる倉田。うん、頑張れよ? いらんものを呼び起こしちゃったのはお前だからな。
「倉田君」
「は、はいっ」
引き攣った声で返事をした倉田に、俯き加減で詰め寄ってた常葉が、ガバァッ! と顔を上げた。ひっと悲鳴を上げた奴がちらほら。
「甘いッ甘すぎるよ倉田君!? こんなすんばらしいイベントを如きだなんて言っちゃうなんて高校生じゃないよ!? というかこんな筋肉の祭典、男の子が全力全開でやる気出しまくって女子にアピールすべきところでしょう!」
「えっ……そ、そう、なのか?」
「あ、洗脳されかかってら」
「勢いってすげーよなあ」
俺と辻山が完全にギャラリーの体勢で言い合ってると、どん引きしてる竜胆がそうっと尋ねてきた。
「な、なあ、止めなくて良いのか?」
「止めて止まると思えない」
「それな。ああなった常葉を止められる勇者なんかこの世にいるわけない」
「そ、そうか……」
そんなやり取りの間も、常葉の無駄に暑苦しい演説は続く。
「そうだよ! だってその生まれ持った体格を全力で活かす機会なんて他に無いでしょ!? 女子だったら男子の力強い姿にキュンキュンしなきゃ嘘だもん! というか私が盛り上がらないから適当なんて絶対に許さないし!」
さらっとうちの学校の女子全部を変態の仲間入りさせつつ、常葉は握り拳まで握って語る。うん、そろそろ目が逝っててヤバイのは分かってるけどな。辻山、俺をじわじわ押し出すな。帰れないだろ。
「大体っ、竜胆君を見てよ! あれくらい素敵な筋肉になってから私に文句言ってよね! もっともっとしっかりがっつり鍛えて見るに耐える姿にならなかったら、上脱ぐなんて視界の暴力でしかないんだからっ!」
「俺!?」
「言われようがひでえ。てか、やっぱ本性晒したのな」
「うむ、大変だった。大変だったんだから辻山、そろそろ俺に知らん振りして帰らせろ」
「いやあ、あれは伊巻の仕事だろ。あとどのくらい続くよ」
「1時間」
「よし任せた」
「イヤだって言ってるだろ帰りたい!」
「俺らの為にも頑張れ伊巻」
全力で逃げようとしてるのに、竜胆まで襟首掴んで阻止してくる。馬鹿やめろ、あんなメンドクサイ事になった常葉とか関わりたくないだろ。
ぐいぐいと押された先、哀れ倉田の目がぐるぐると渦を巻いていた。分かるぞ、その理論はまともに聞いちゃ負けなやつだ。
「そもそも筋肉は使われてこそ美しいわけで、だからこそ鍛える姿も美しいんだよ!? もっとそうやって私の目を楽しませてもらわないと」
「ハウス!」
「きゃんっ!」
いい加減止まらない上に止めないと帰れない気配しかなかったので、俺は容赦なく手刀を叩き落とした。異能のせいで全く痛みはなかろうが、勢いは消せないのでかっくんと首が前に折れた。
「もー何するの瑠依! 良いとこだったのに!」
「俺らのメンタル直葬する気か! もういいからさっさと帰らせろ今日くらい! どーせ去年から諦めてるっての!」
「むー……分かったよう」
不満げに唇を尖らせつつも黙ったアホに、俺ら全員でほっと溜息をついた。ああ、やっと帰れるさあ帰ろう。
……明日からのこと? 考えたら負けだろ。