ま、それでいっか。
一頻り体を動かしすっきりした俺は、疾と共に冥府を後にした。局長が修繕がどうのと喚いていたが、無視だ。
「つうか、施設管理も局長の仕事だよな」
「その筈だな。八つ当たりに付き合ってやる義理がどこにある」
疾とそんな言葉を交わしながら、道を通って街に戻る。神力を適当に注いで道を塞ぎ、暮れなずむ街道で疾と別れようとした時、馴染みの声が聞こえてきた。
「あぁあぁあああっ! やっと帰ってきたし!?」
「あれ?」
てっきり部屋でごろごろしてんだとばっかり信じていた瑠依が、なんでこんなトコにいるんだろうか。
「他人様に面倒事を押しつけておいて、自分は楽しく夜の散歩か。いー身分だなぁ?」
「どこをどーみたら良い身分に見えるんだよ!? 今現在進行形ですっげー大変なんですけど!?」
疾の詰りに絶叫で反論しながら視界に飛び込んできた瑠依は、何故かあちこちがすすけていた。切羽詰まった表情で左手に握った呪術具を翳し、やってきた方向へと向けている。釣られてそっちを見ると、道路があちこち陥没していて、そこかしこに焦げ目が見えた。
「え、何事だ? つか、何やらかしたんだ?」
「俺じゃねえし!? 何で疑われてるのそこに元凶いるのに!?」
そう言って思いっきり瑠依が指をさしたのは、疾だった。当の本人は楽しげに口元を釣り上げている。
「ほおお。他人様の休暇を役割放棄で取り上げておいて元凶扱いたあ、馬鹿のくせに随分と大口叩くじゃねえか。良いぜ、その元凶とやらを俺に納得させられたら、今日の分の対価は帳消しにしてやる」
「おおー。頑張れ瑠依」
疾が珍しく大判振るまいな事を言い出した。そうなれば俺の仕事も減るので応援はしたものの、まあこんな事を言い出す時点で結果は見えてるな。
そして瑠依が珍しくもまなじりを決して喚きかけた所で、先に何が起こったのかが判明した。
「さあて、いつまで逃げ回るつもりかな」
咄嗟に飛び退いたと同時に、特大の雷が俺達の間に落ちた。道路を陥没させ焼け焦がしたそれは、鬼狩りの力じゃねえ。多分、魔術だ。……てことは。
「あー……お客さんか?」
疾の方を見て尋ねれば、疾は先日を彷彿とさせる楽しげな笑顔で嘯いた。
「馬鹿を狙ってんだからちげえだろ。関係無いようだし、帰るか」
「帰るな!? それ俺の台詞だから!?」
瑠依が思い切り噛み付き、魔術の使い手をきっと睨んだ。
「鬼を倒せる奴には! 善良な奴と! 俺のよーにひたすら帰りたい奴と! そこの誰かさんのよーに鬼よりおっかねえ奴といるんだよ! あんたが狙ってるのはこっちだろいい加減俺を帰らせろ!?」
「ええ? やだよ、あんたこのまま逃がすとかあたしの恥じゃんか」
「知らねえし!?」
……またなんだか妙なことになってきた。いや、人違いってのは分かったんだが、何を瑠依はあっさり鬼狩りである事をばらしてるんだ?
「おい馬鹿、状況説明しろ。答え次第でははっ倒す」
疾も同感だったようで、やや声を低くして問いただした。疾の宣言に、瑠依がぎょっとした顔で振り返る。
「何で!? いや待って、ちゃんと説明するから待ってくださいお願いします!」
「とっととしろのろま」
有言実行とばかりに片足を持ち上げた疾に、瑠依が青醒めた顔で懇願する。ああなるほど、この辺りが成果なのかと妙な関心をした俺を余所に、慌てふためく瑠依の説明によると。
俺が出て行ってからしばらくはごろごろとベッドでだらけていた瑠依は、そんなに暇ならと菫さんにおつかいを命じられたらしい。渋々スーパーに向かった帰り、鬼と遭遇。
「前衛のいない後衛だけで狩るとか死ぬかと思ったし! 1人で倒した俺偉い!」
「普通だろんなもん」
「黙ってろ歩くチート!?」
……まあ何とか倒した直後、魔術師に襲撃されたと。どうやらその時、この街で鬼を狩る奴を捕まえてこいという依頼を受けて待ち伏せていた、と口にしていたらしい。
「あー……基本組んで仕事してるもんな」
「鬼を狩ってるとばれたか……このやかましい馬鹿のせいだな」
「なんでそうなる!?」
瑠依が絶叫するのを余所に、疾は口元を笑みの形に歪めた。僅かに眇めた目で魔術師を睥睨する。
「で? てめえが探してるのはどうやら俺らしいな。雇い主を今直ぐ吐くなら見逃してやるぜ?」
「へー、聞きしに勝る傲岸ぶりだね。あたしに勝とうっての?」
「そこの馬鹿1人に手こずってるようなノロマ相手に負ける要素が見当たらねえな」
「俺が基準!?」
「ちょこまかと逃げ回るだけのヘタレを基準にするんだ? かっこ悪さかな」
「格好の悪さでこいつに勝てる奴なんざ俺は知らん」
「ねえ何でナチュラルに俺をディスるの!? 人違いだって言ってんのに帰らせてくれなかったのそっちじゃんかよ!? もうやだ帰らせて! オフトゥンさせて!?」
……こんな状況でさえ我が道を貫く主に感心すれば良いのか、呆れれば良いのか。溜息をついて、瑠依の首根っこを掴む。そのままひょいと小脇に抱えた。
「へ? 竜胆?」
「んじゃー、邪魔んならねえよう俺ら帰るなー」
「ほお、丸投げか」
「いや、お客さんはそっちに用があるみてえだし。俺もそろそろ戻って勉強してえ」
「休みに勉強したいとか正気か!?」
「なるほど、その馬鹿のようになるまいという心がけは立派だな」
「だろ」
「竜胆さん!?」
絶望顔で見上げて来る瑠依は放っておいて、2人に空いている手をひらりと振る。
「じゃ、遊ぶのも程々にな」
「こんな雑魚じゃ大した遊びにもならねえよ」
そう言ってひらりと手を振り返す疾と、顔を紅潮させて杖を俺達に向けてくる魔術師。魔術が飛んでくるより先に、俺は思いきり地面を蹴った。
「だからせめて肩に担げって、ぎゃああああ!?」
絶叫する瑠依を無視して、魔術師に捕捉されないよう全力疾走する。身体能力が低い奴が多いという情報通り、魔術師はあっさりと俺を見失ったようだ。少し速度を緩めながらも、瑠依ん家向かって走っていく。
全身に吹き付ける風が心地よい。その気分の良さのまま、俺は軽い感じで訊いてみた。
「なー、瑠依? 俺が今後、瑠依に殴りかかったらどーする?」
「全力で土下座して謝らせていただきますけど待って俺なんかした!?」
物凄く動揺している瑠依に、小さく吹き出す。本当にこいつらは変わっている。教官以外には道具としか見られない俺を、対等に、「そういうもの」として見たのが疾。始めて会ったその時のまま、「頼れる先輩」として接し続けるのが瑠依。
そのどちらもがくすぐったく、心地よい。そうなって初めて、多分俺は人間として扱ってもらいたくて、でも自分の異常を否定されたくなかったんだと気付いた。
「色々思い当たる節はあるなあ」
けど素直に礼を言うのもなんか癪だ。何せ瑠依はサボり魔で馬鹿でサボり魔だし、疾はあんなムカツク性格をしている。特に疾は礼なんか言ったら対価でも要求されそうだ。
だから、まあ。今まで通り、面倒見ながら守ってやれば良いんだろ。
「うっそだろごめんなさい!? 待って竜胆にまでぶっ飛ばされるようになったら俺死ぬよ!? 疾でかなり鍛えられたけど本当に勘弁して下さいお願いします!?」
俺の内心に気付かないまま慌てふためいている瑠依は敢えて放置して、俺は殆ど暗がりに沈んだ夕焼け色に目を細めた。