容赦ねえっつうか、なんつうか。
「そういや、ガキ共はどうだったんだ?」
「は?」
思いもよらない問いかけに、思考が停止する。ガキって……チビ共のことか?
「え、いや元気だったけど……なんで疾が気にする?」
「……はぁ。竜胆、瑠依とつるんで馬鹿がうつってねえか」
何故か溜息をついた疾は、そんな罵倒の後に俺を見据えた。
「竜胆がここを出て学校に通う。それは何の為だ?」
「何のって……あ」
そこまで聞かれて、ようやく我に返る。瑠依に誤魔化しがてら建前を言い続けすぎて、忘れかけていた。
「……学校のように、授業を受けてた。読み書きどころか、計算の質問してくるチビもいたな。あの調子で進めれば、仕事に入る時期には選択肢も多いだろ。……見違えたよ。ただ我が儘言って遊んでたガキ共が、きちんとルール守って、互いを思いやってた」
「ふうん。仮説は合っていたわけだ」
疾が、口元を皮肉げに歪めた。
疾が立てた仮説。強化体が寿命を迎える……暴走するのは、理性による制御が不足しているからだと。その対策として人間と同様学問を学べば、「人らしさ」を手にできるんじゃねえか、と。
それを証明する為だと言って、疾は俺に高校編入に必要な知識を灼き付け、俺が高校生活を問題無く過ごす様を見せつけた。
結果、俺が周囲と上手くやれている事、また瑠依や疾との仕事ぶりが評価され、チビ共にも同じような教育が施されるようになった。
「ああ、疾のお陰だ。ありがとうな」
心から礼を言ったというのに、疾は何故か更に口元を歪めただけだった。
「普通に世界史を勉強してれば気付く程度の仮説なんだがな。この程度の事に気付けなかった連中は、本当にお前らが道具にしか見えてなかったわけだ。そんな阿呆共に100年も仕えてきた感想はどうだ?」
「おい」
「どうした? 命を繋いでもらった恩があるから悪く言うなってか? あほくせえ。たかだか契約者の血が必要だってだけで、卑屈になってるお前らもお前らだよ」
楽しげに毒を吐く疾に、溜息をついて苛立ちを誤魔化す。
「……卑屈ってな。実際に体液が必要で、命を繋いでもらっている立場なのは事実なんだから、しゃあねえだろうが」
「冥府で暮らしてる間は問題ねえんだろ。つまり、冥府の都合で無理矢理下界に引っ張り下ろしておいて、その為に必要なものを与えるのを恩着せがましくしてるだけだ」
「……拾ってもらって、育ててもらった恩を返すのは、当たり前だろ」
「バケモノなのに、随分人間らしいこった」
「ッ疾!!」
聞き捨てならないと睨み付けると、疾は肩を揺らした。
「っは、やっぱな」
ふつり、と魔法陣が消える。それらを操っていた本人はゆっくりと立ち上がり、腰を浮かせていた俺を見下ろした。
「何だかんだ言って、行き着くところはそこか。口でどう言おうが、仲間の死を悼もうが、てめえの意識の根底に、自分はバケモノだと刻み込まれてる。だから普段は人並みな顔しておいて、使用者に従いたくないと抜かしておいて、結局は唯々諾々と膝を付く。都合の良いこった」
「るせえ。疾に何が分かる」
俺も立ち上がって疾をにらみ返す。頭1つ小さい疾は俺を見上げている筈なのに、傲然と見下しているような風体だった。
「今言ったままだが? たかだかカタチが定まらねえってだけで、自分を信じる事さえ出来ねえ臆病者。1世紀も生きておいて未だに死を恐れ、自分の異常から目を逸らしたがってる矛盾者。他に何か付け加えて欲しいことでもあんのか?」
「っ野郎!」
衝動に任せて疾に手を伸ばす。胸ぐらを掴もうとした手を逸らされ、その勢いのまま壁に叩き付けられた。一瞬だけ身体強化を使っていたのか、半端無い衝撃が全身に走る。
「ってぇ……」
「アホくさ。血が無いと下界で理性が保てねえ? 意識していないとカタチが保てねえ? その程度のバケモノ、この世にはごまんといる。卑屈になる位ならとっとと冥府と縁切って、独りで生きてみろ」
傲然と笑う疾の余りの物言いに、逆に煮えた頭が少し冷える。顔を歪めて、壁にもたれたままずり下がった。
「あー……ったく。そうだ、疾はそーいう奴だよ。くそっ、なんで愚痴ろうとか思ったんだ。相手が悪すぎ」
「全くだな」
はっと容赦なく鼻で笑って、疾は腕を組み顎を引いた。堂々と見下しやがるその仕草に、苦笑が漏れる。
「……ま、言う通りだ。俺はチビ共の感謝も素直に受けとれねえし、高校生活送ってる癖に同期の奴らと同じ終わり方じゃなきゃいけねえ気がしてる。独りで生きて、途中で契約相手がいなくなって暴走するのが怖くて、うだうだと冥府で鬼狩りしてるよ、どーせ」
「俺が竜胆の同期なら、そこまでしてもらっておいた挙げ句にみっともなくくたばったら、あの世で心行くまでしばき倒すがな」
「うわあ、やりそうだな……」
まざまざとその様子が脳裏に浮かんで、口の中が苦くなる。俺の反応にくくっと楽しそうに笑う疾に、訊いてみる。毒を食らわば皿までだ。
「なあ。お前ほんっとうに、これ気味が悪くねえの?」
左手を掲げて、巡らせてる意識を切る。途端、どろりと手が溶けて液状になった。疾が片眉を上げる。
「鬼共だって影状になってエサ追い回すだろ」
「げ、あれと同じ扱いって……流石にひでえ」
「見た目に大差はねえから安心しろ。……はあ、ついでにもう1つ教えてやるよ。俺が最も醜いと感じるのはな、我欲に溺れた人間の目だ」
思いもよらない言葉に、目を見張って疾を見上げた。琥珀の目に抑えられた嫌悪感を読み取って、苦笑いを漏らす。
「あー……苦労してんなあ……」
「……竜胆、あの馬鹿と組んでて違和感がねえのは似たもの同士だからか。お人好し度合いがそっくりだぞ」
呆れ混じりの言葉を返され、苦笑いのまま言い返す。
「いや……俺達の世代は、そういう悩みも普通にあったからな。それが耐えきれなくて死んだ奴もいるだろって、前にツヴァイと話したことがある」
「……おい。鬼狩り共にも変態がいるのか」
途端物凄く嫌そうな顔になった疾に、真顔で頷いてやる。
「ああ、だから気を付けろよ。「生きるのに体液が必要」って条件がないだけマシだろうが、自重しねえ奴はしねえぞ」
「ちっ、どいつもこいつも」
「しゃあねえよ、そういう人間はどこにでもいる。きちんと自衛しろよ」
嫌悪感を隠しきれずに吐き捨てた疾にそうアドバイスして、俺は左手に意識を向けた。元通りの形を取り戻した左手を開閉させ、軽く目を閉じる。
……生まれた世界が対応出来ないって判断された、冥府に引き取られる異能持ちや、妖混じり。俺達の始まりはただ、それだけの人間だ。瑠依達と仕事をしている街に生まれていれば隠しつつもそれなりに生きて行けただろう、その程度の異端。
それだけだったはずで、冥府も居場所を作るために保護したはずだった。なのに、その善意が徒となった。
俺達は、冥府で生きていく中でいつしか実体を失っていった。年格好も、性別も、気の赴くままに変えられる……いや、あるべき姿に固定できないというべきか。獣耳や尻尾を妖混じり以外が生やしているのも、目に入る姿に影響を受けてしまっているからだ。
本当に、少し変わってるだけの人間だったはずなのに、獣のような凶暴な衝動に侵されて、まともな姿形を失って。辛うじて人のように読み書きまで覚えて冥府で仕事をしているうちに衝動が理性に勝って暴走し、殺される。
そんな仲間達をずっと見てきて、自分は何なのだろうという自問自答を何度繰り返したか。化け物なんかじゃねえって躍起になって否定しても、心の底が不安なままで。
なにより、いつか我を失うかも知れないという恐怖は、いつでも付きまとっている。
「怖いから、言いたくないんだよなあ……他の奴らは、察してくれたし。それに甘えてたんだよな」
「で、馬鹿は全く気付いてねえと」
「けんけつとやらと同じ扱いで俺に血を渡すからな」
「末期か」
溜息をつく疾に、俺は苦笑だけで誤魔化した。気付かず脳天気に接してくれる居心地の良さもあるしな。