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鬼は外、布団が内  作者: 吾桜紫苑
第4章 何でこんな主なんだろう。
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らしいっちゃ、らしいけどな。

 疾が向かったのは、いつもの総合闘技場を通り過ぎ奥の廊下を進んだ先にある、遠距離術用の訓練場だった。

「遠距離か、珍しいな」

「別に珍しくねえよ。魔術使うんだから」

 素っ気なく返して、疾が使用中の札が下げられた扉を引き開けた。続けて何気なく入った俺は、部屋に渦巻く力の奔流に束の間息を止める。


 部屋は、数え切れない程の淡く輝く図形で埋め尽くされていた。時々うっすらと明滅を繰り返すそれらは、多分、魔術に必要な魔法陣なんだろう。その図形が明滅する度に、力の流れが変動している。

 一目瞭然の光景を前にして「多分」なんて付けんのは、人より長い刻を生きてきた俺でも、こんな魔法陣は見た事ねえから。

 丸も四角も多角形も惜しげもなく敷き詰められ、その隙間にも細かな文字で何やら描き込まれたそれは、俺にはごちゃごちゃした線にしか見えねえ。……けど、魔術として起動させるからには、その全てを把握してなきゃなんねえ筈だ。


 複雑な魔法陣ほど大人数でって聞いた事あっけど……これ、疾が1人で維持してるんだよな。さっきまで部屋離れて多のに、影響無さそうだし。


「おい、とっととドア閉めろ。魔法陣ってのは魔術のトップシークレットだ」

 疾に咎められ、はっと我に返る。慌てて扉を閉めながら、一応の反論を試みた。

「トップシークレットって……こんな妙な魔法陣、見たって意味わかんねーだろ」

「そうでもねえよ。魔術に精通してる奴なら見覚えて時間をかければ解析出来る」

「いや見覚えるってな……こんな壁中に書かれた落書きのような代物、覚えられるかよ」

「世の中にはそういう異能持ちもいるんだぜ、覚えとけ」

「げえ、マジか……」


 思わず呻く俺にふっと笑いを零し、疾は部屋の中心に腰を下ろした。


「ま、100年や200年ぼーっと生きた程度で、何でも把握出来るような単純な作りしてねえよ、この世ってのは。そこから右に5歩歩いた場所なら座って良いぞ」

「……え……お、おう」

 見透かしたような言葉に動揺した俺は、ぎくしゃくと頷いて疾の言う通りに動いた。それを見届けて、疾が視線を落とす。


 壁に輝く魔法陣が、緩やかに光の筋を浮かび上がらせた。数え切れない程の魔法陣が一斉に光を放つ様は結構綺麗だが、あんまり長く見ると気分が悪くなってきそうだ。視線を逸らし、疾に目を向ける。


「これ、魔術なんだよな?」

「ああ」

 暇に任せて独り言を呟いたら、集中してるはずの疾から返事が返ってきた。

「喋れるのかよ。てか、これ神力じゃねえんだろ? どうなってんだ?」

「この程度の並行作業は軽いな。普通の魔術師と同じだ、魔力に決まってるだろ」

「いや、普通の魔術師は神力持ってねえって」

「異能持ちの魔術師がいるんだから、魔力持ちの鬼狩りがいてもおかしくねえだろ」

「神力と異能並べるなよ……つか、疾も異能持ちだろ?」


 さらっとすっとぼける疾に詰るようにそう言うと、疾が動きを止めた。横目で向けてきた視線は、思わず目を丸くしてしまうほど冷たかった。



「竜胆。長生きしたきゃ、推測を確信に変えないまま黙っておくってのを、その色々と足りてねえ頭に刻んどけ。好奇心は猫をも殺すってことわざくらい知ってるだろうが」



「……いや、俺十分に長生きしてっけどな」

 辛うじてそうはぐらかした俺にふんと鼻を鳴らして、疾はまた作業に没頭した。


 ……警告された矢先だけど、やっぱ気になるな。


「なあ」

 ぽつりと声かけると、疾が一瞬だけ煩わしそうな視線を向けてきた。それを受けて、俺はそっと尋ねる。

「何でそんな、誰も信じねえみてーな生き方してんだ?」

 寂しくないのか、という問いかけは、馬鹿にされそうだから呑み込んだ。


 学校で誰とも関わろうとしねえ理由は大体想像つく。けど、鬼狩りとしてあれだけつるんでる瑠依が、疾の事について殆どを「知らない」のはわざとだ。


「そりゃ瑠依は馬鹿だから、幾らでも誤魔化せるし黙ってりゃ気付かねえし、滅茶苦茶都合が良いのは分かる」

「それを利用してるのは俺だけじゃねえだろ」

「そうだけどな。でも疾の場合、知られた所で問題ねえだろ? 瑠依が疾の情報を手にしたって、何が出来るっつーんだよ」

 瑠依は決して弱くない。つか、俺が普通に従ってられる程度には、鬼狩りの中でも優秀だ。それでも、疾には及ばねえ。本人はマイペースに追いつこうとしてるが、現状では到底無理だろうと俺は見てる。

「瑠依が毎度挑むのだって、ガチで勝てるとは思ってねえぞ? あれは単に、頂上を目指してれば山の中腹くらいなら行けるってハラだろ」

「知ってる」


 素っ気なく肯定されて、だからこそ気になるんだよ。


「そんな奴相手にまで……疾は何を警戒してるんだ?」


 基本的に非効率的な事はしたがらない疾が、鬼狩りの業務に関わる瑠依との連絡手段を共有する事をあれほど嫌がったのは妙だ。家も隠して、日常何してるのかも決して言わないで。魔術師の襲撃も、名前を隠し通して叩き潰した。

 今だってそうだ。味方に自分の能力隠すなんてありえねえってのに、疾はそれを平然とやらかす。危険性が分からないような馬鹿じゃねえのに、だ。


 徹底的な情報管理と技能の秘匿。悪かねえけど、気にはなる。そして、少し心配だ。


「瑠依みてえなの相手にまで、何を疾は神経尖らせてるんだ」


 だからこそ投げ掛けた問いに、疾は大きな溜息をついた。

「あのなあ……何で契約者以外にまで気を回してんだ」

「良いだろ別に。ガキの心配くらいするぞ、俺だって」

「ガキって……そんなんだから馬鹿に「おかん」とか呼ばれるんだぞ」

「ぐ……うっせえな。それで?」


 重ねて訊けば、疾は嫌そうな顔をこっちに向ける。

「お前空気読めねえな。はぐらかされとけよ」

「はぐらかされるくらいなら訊いてねえよ。つか、なんでそこまで隠す?」

「俺にとってもお前らにとっても不利益だから」


 それだけ言って口を噤もうとする疾に、視線を当て続ける。無言の圧に、疾はうんざりと息をついて、渋々続けた。


「情報ってのはそれだけで価値がある。あの馬鹿がうっかりどこかで漏らすのも困るが、うっかりじゃなく喋らされる・・・・・方がもっと困る」

「……それって」

「人間の口を割らす方法なんてごまんとあるだろ」


 ……冷たい言葉を、何で10代のガキが当たり前のように放つんだよ。


「……なあ、本当に何やってんだよ?」

「俺の趣味は、人体実験を行う魔術研究所を潰すことだ」

「……なんで?」

 さらっととんでもないことを言われ、ビビリはしたものの冷静に聞き返す。意外そうな視線が向けられた。

「怒鳴らねえのか、意外に冷静だな」

「いやびっくりはしたけどな……今更だよなって」


 こう、ファルや魔術師への仕打ちを思い出せば納得するじゃねえかと。俺の言葉に肩をすくめ、疾は淡々と進めた。


「竜胆がちょいちょい探ってくるように、俺は色々と特殊だ。そのせいで、ああいう面倒な輩には常日頃から追い回されていてな。あんまりにも鬱陶しいから、いっそのこと元凶から叩き潰しちまえというわけだ」

「結論がぶっ飛んでるなあ」

「1番手っ取り早えだろ。ま、その分恨みも買ってるから襲撃があるわけだが、あんなのは潰しゃいいから楽だ。が、暗殺の類は個人情報の漏洩が1番怖い。身近な人間から拷問なんていかにもありそうだろ」

「そ、そうだな……っていやちょっと待て、じゃあ瑠依達の為なのか?」

「あ?」


 心底嫌そうに睨み付けられて、逆にほっとした。そうだよな、もしも頷かれたらどうしようかと思ってた。


「阿呆か、何であの馬鹿の心配なんざしなきゃなんねえんだ。アレが廃人になろうがどうだっていいがな、その結果俺の個人情報ダダ漏れたら俺の身が危ねえだろうが」

「いや廃人になってもらっちゃ困るけどな、俺が」

「お前の事情なんざ知ったこっちゃねえよ」

「言い切るなあ」

 清々しく切り捨てる発言に、苦笑が漏れた。


 本当に、疾と会話をしていると自分の置かれた状況が物凄く軽んじられて、楽だ。気を使われたり励まされたりといろんな反応があったが、この冷たいとも言える反応と、瑠依のよく分かっていないが故の脳天気さが、何よりの救いだし、居心地の良さに繋がっているんだろう。


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