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鬼は外、布団が内  作者: 吾桜紫苑
第4章 何でこんな主なんだろう。
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久々に会った、顔。

 部屋を辞した俺は、半ば呆然と寮を後にして局に戻る。局長と話をするつもりだったが、そんな気になれなくてコミュニティ・スペースの入口で足を止める。訓練中か、疾はいなかった。すこしほっとするが、となるとどうするか。


 束の間立ち尽くした俺は、ぐいと腕を引っ張られて我に返る。疾かと思って振り返った俺は、久々に見た顔に少し息を詰めた。


「久しぶりだな、ツェーン。元気そうで何より」

「……ファル」


 口元を歪めるようにして笑みを浮かべる、20代後半の青年。さっぱりとした風体の、前の使用者ユーザ


「最近会わなかったな。今の使用者はどうしたんだ?」

「任務で下りてるからだろ。瑠依は……ちょっと体調悪ぃから、置いてきた」

「へえ?」

 ファルが、黄土色の瞳に冷ややかな光を宿した。

「ツェーン、君、単独行動が許されてるの? 今の使用者は余程自信があるのかな。強化体でも最高クラスと名高い君を、側にいなくても制御出来るなんて。僕でもそんなホラ吹かないけど」

「そんなんじゃ、ねえよ」


 ファルの詰りに言葉が詰まる。ツヴァイの話を聞いたばかりだと、やけに突き刺さる。


「そんなんじゃない? ああ、そういえば彼は呪術師か。呪いでも埋め込まれたのかな」

「アホか、んなもん俺が許さねえよ。つか、瑠依はファルと違ってんな事しねえ」


 言ってからしまったと思ったが、時既に遅し。ファルの纏う空気が一層冷たくなった。


「へぇ」

 腕にかかる握力がぐっと増す。そのまま、傍らの壁に叩き付けられた。


「ってえな、何だよ」

「痛い? 冗談を。強化体がこの程度で痛みを感じるわけないだろ?」

「……。ファル、離せ」


 声を低めて促すも、ファルは嫌な笑みを浮かべるばかり。つい、と空いている方の手が伸びた。


「しばらく会わない間に反抗的になったもんだ。僕のしつけも早々と忘れるだなんてね……駄犬が」


 低く吐き捨てられた言葉と共に、ぐっと脇腹の辺りを掴まれる。……ファルが唯一、俺に傷を付けた場所。


 眉を顰めた俺に、ファルは口元を歪めた。

「調教し直してやろうか。今の使用者の為にも、ね」


 ……ダメだこれ。溜息をついて、引き剥がそうと腕に力を込めるより早く、愉しげな声が横から割って入る。


「ほお、これは予想外だ。まだ竜胆に面見せるだけの胆力がてめえにあったとはな。いや、面の皮が厚いと言うべきか」


 ファルの腕がびくりと震えた。脇腹に触れていた方だけ手を離し、ゆっくりと体を声の方に向ける。合わせて視線だけ向けると、冷笑を浮かべた疾が腕組みして立っていた。異変に気付いてそのまま駆けつけたのか、訓練着を纏っている。


「……君こそ、良くもツェーンを馴れ馴れしく呼べたもんだね。強化体の一体も満足に使役できない無能が」

「は? ファルが言うか?」


 ぽろっと本音が漏れた。途端ファルが睨み付けてくるが、いやそれはねえだろ。


「話に割って入るな、ツェーン」

「いや……だってお前さ、疾にボコボコにされたんだろ。良くそんな口きけるな……」

「もう少し力の差を体に叩き込むべきだったなあ」

 くつくつと笑って疾が言い放つ。ファルの頬が紅潮した。

「っ、卑怯技ばかりで、真っ向から戦わなかった奴がよく言う」

「阿呆、あれが俺の正攻法だ」

「それもどうなんだ……?」


 堂々と言い切った疾に呆れ気味に言う。くくっと喉の奥で笑い声を転がすと、疾は少し顎を上げ、見下すようにファルに言い放った。


「ま、今更竜胆に指図してる阿呆に何言われても片腹痛えだけだがな。竜胆から切って捨てたような価値のない鬼狩りが、鬼狩り局屈指の腕を持つ竜胆に物言えるとか、良くそんな妄想が出来たもんだ」

「貴様っ」

「何だ事実だろ? 竜胆の契約者として能力不足と判断された、元序列1位。調教師という最適性の術を専門に扱っておきながら、イヌ科の妖の血を引く竜胆をして従うに値しないと見なされた出来損ない。あれから2ヶ月も経ったってのに、竜胆の優しさにつけ込まねえと動きも封じられない無能者。それがてめえだろ」


 ……。悪い、ファル。さっさと振り払ってやった方がお前の為だった。


 顔を真っ赤にして疾を睨み付け、今にも怒鳴りつけんばかりの空気を纏わせているファルを横目に、俺はそっと息をついた。訓練場外での言葉以外の応酬は御法度だ。疾は気にしねえだろうが、ただでさえ俺に切られて評価を落としてるファルがやらかすと、局長が黙ってねえ。

 それに、一方的にボコされるのは自業自得なんだが、相手が悪すぎる。試験前に遭遇した魔術師の末期が未だに忘れられない俺としては、流石にファルが同じ目に遭う——それも2度目だ——のは、気の毒に過ぎる。


 一応、これでも1番まともな使用者だったんだ。それなりに情も湧いてたし、今でもはっきりと嫌ってるわけじゃねえ。鬼狩りとしても、結構優秀だしな。


 ただ、俺が従うには器が足りなかった。それだけだ。


「ファル……今俺がここにいるのは、疾がいるからだ。瑠依の委託を受けて俺の監視をしてる。だから、ファルが口出しする事じゃねえ」


 そう告げて、まだ掴んでた腕を引き剥がす。蹌踉めいたファルに、淡々と告げる。


「俺は今の主を気に入ってる。……これ以上失望させんな」


 ファルが顔を歪めた。しばらく黙り込んだ後、黙って踵を返す。足早に立ち去った背中を見送って、俺は溜息をついた。


「人が好いこった」

 俺の意図を読んでいたらしい疾が、からかうように言った。いつでも振り払えるのを躊躇していたのもお見通しらしい。どこか冷たい物言いだ。

「そんなんじゃねえよ……ファルのお陰で生きてた時期があったってだけだ」


 命の恩人を突き放せるほど、俺たち強化体の立場は強くない。


「はっ、くだらねえ感傷だな」

「おい」

 それをざっくりと切り捨てやがった疾を睨むも、疾は意に介さず歩き出した。

「まだ訓練の途中だ、来い」

「え……? あ、おう」


 俺の用事が済んだら直ぐ帰るんじゃないのか。予想外の行動に戸惑いながらも、俺は疾の後を追った。


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