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鬼は外、布団が内  作者: 吾桜紫苑
第4章 何でこんな主なんだろう。
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昔を知る人には、いつまでも弱い。

 ドアをノックすると、直ぐに返事が返ってきた。扉を開けると、柔和な表情を浮かべたじいさんが出迎えてくれる。

「おお、ツェーン。待っておったよ。流石に人気者だな」

「ああ、見てたんですか。お久しぶりです」

 苦笑して握手に応じる。俺達がガキの頃から指導していたじいさんだけど、未だに握力はしっかりしていた。

「まあ、座れ。茶くらい出すよ」

「はあ、どーも」


 また苦笑が滲んだ。かつて俺達をふんづかまえてはぶん投げていた鬼教官であるこの人に、そんな事を言われるようになるとは。

 月日って怖ぇなあとしみじみ思いつつ、出された茶をすする。カップを下ろすと、じいさんは俺をじっと見つめた。


「ふむ、調子は良さそうだな」

「え? ああ、そうですね」

 検分するような眼差しに首を傾げかけて、直ぐに理解して相槌を打った。

「随分荒っぽい方法だったからなあ、心配してたんだぞ」

「はは……何だかんだ言って優秀ですから」


 ぶつくさ言いながらもきっちり瑠依のヘマをフォローしてる疾の魔術は、素人目だが優秀だと思う。……事前説明なしでぶっ飛んだ真似やらかすのがアレだけどな。


「学校は慣れたのか?」

「なんとか。先日は試験も受けてきましたよ」

「ほう……。ツェーンがなあ」


 にやっと意地悪げに笑われて、ばつの悪い思いで指先で頬をかいた。やっぱ昔の事を知ってる人に言われると、弱えな。


「読み書きの勉強も嫌がって逃げてばっかりだったのにのう」

「その逃げた俺を容赦なくぶん殴った教官に言われても」

「はは、あの頃は体に覚えさせるのが一番と思ってたからな」

「ああ……ええ、そりゃそーですね」

 そう言われると頷くしかない。ガキの頃の俺は、それこそチビ共よりもよっぽど獣じみた生き物だった。


 叫ぶ、喚く、走り回る。

 身の内から次から次へと湧き上がる得体の知れないものに突き動かされるように、ひたすら怒鳴って駆け回ってたあの頃。

 言葉なんかよりもずっと、教官の拳固の方が伝わった。


「ぶっちゃけ、ガキの頃は同期の中で1番聞かん気が強かったっつうか、好き勝手やってたなあと思います」

「ガキの頃と言うより、割と最近までじゃろ。鬼狩りどもが飼い慣らせずに四苦八苦したって聞いたぞ」

「あははは……」


 教官の指摘に笑って誤魔化す。やべ、否定出来ねえ。


「弱っちい人間の指示を聞く気がどうしても起きねえ、とか強化体とも思えん事をほざいとったのう」

「口や態度に出したの、ここでだけですよ?」

「知っておるよ。優良な強化体とかいう評判聞いた時は、一体誰のことかと思うたわ」

「その辺は、教官に叩き込まれた妖関連の知識のお陰です」

 素直に頭を下げると、教官は声を上げて笑い出した。


「必要だと体に教え込んだら素直に覚えたのもツェーンだがな。他の奴らは取り敢えず言う事は聞くが覚えが悪かった」

「そりゃまあ、俺らの能力だと負担がちっとでかいですし」

「そうじゃなあ……あの頃は、儂もそう思っていたよ」

 しみじみとした口調で頷いた教官は、少し悔やむように遠くを見た。


「……お前さんらの能力を見直さなかったのは、愚かだったなあ」


「教官……」

「ただの人間に指摘されようとは。嘲笑われた時にはそりゃあ腹が立ったが、まったく、蓋を開けばあ奴の方が正しかったの」

 柔らかな眼差しが、俺に注がれる。

「あのツェーンが今や、人間の高校に通っている。今の子供達も、同じような任務が与えられても対応出来るようにと——理由を付けて、教育が始まった。その成果は、今日身を持って感じたじゃろ?」

「……はい」


 時間を守る、本を読む。挨拶を忘れず、遊びもルールを守って、仲間を気遣う。

 当たり前のように示された1つ1つは、チビ共の成長の証。辛うじて言葉の通じる獣でしかなかった俺達とは違う、証。


「きっとあの子らは、強化体の常識を覆してくれる。お前さんの背中を追ってな」

「俺は……」


 続く言葉を見つけられない俺を見る目に、切なさが孕んだ。


「他の子達も、違う未来を与えたかったのう」

「……教官が、精一杯俺らの為にやってくれたのは、分かってます。感謝も、してる」

「そうか」


 少しの間、躊躇って。教官はそっと、……残酷な事実を俺に告げた。



「——ツヴァイが、死んだ」



「!!」

 椅子がけたたましい音を立てる。立ち上がった俺に、教官は静かに続けた。


「今から1ヶ月半ほど前だ。他の子らと同じ……寿命、じゃな」

「っ、なんっで、今まで……!」

「……環境が大きく変わるツェーンに、余計な刺激を与えるな。そう判断された」

「……っ」


 歯を食いしばって、わき上がる怒りを堪える。教官に全ての決定権があるわけじゃねえ。殆どの冥府の人間には、教官は俺達の「管理」役、あるいは「飼育」者と見なされてる。言う通りに「調整」しろ、と指示を下される様子を、俺は逃げて隠れた物陰で聞いた。

 この人はこの人の立場なりに、俺達を少しでも人間らしく、道具扱いされねえようにと戦ってくれた。


 それでも、怒りは収まらない。


「あんたも、賛同したのか」

「……ツェーン」

「ツヴァイの……あいつの死を、俺が1ヶ月半も知らねえまま、のうのうと暮らしてるべきだって、あんたが、そう思ったのか」

「ツェーン、座りなさい」

「答えろ!」


 血の滲むほど拳を握りしめても憤りが噴き出す。睨み付ける俺を見て、教官はふっと息を吐いた。


「——ツェーン、『座れ』」


「っ! ……く」

 ガキの頃に叩き込まれた体が、半ば本能的に教官の言葉に反応した。椅子に座り直した俺は、少し冷静さを取り戻して教官に向き合う。


 謝ろうとしない俺に少し眉を顰めて、教官はまるで諭すように、ゆっくり言った。


「ツヴァイは、自分で最期を選んだんじゃ」

「……」

「選択肢は与えられた。その意味もちゃんと説明された。それでも、ツヴァイは拒絶した。他の仲間達と同じように散る事を、ツヴァイ自身が望んだのじゃ」

「だから?」


 ぶっきらぼうに吐き捨てる。んな事情が、俺に話さない理由になるか。


「お前さんらは道を別たれたんじゃよ、ツェーン。もう別個の個体なんじゃ」

「だから、何なんだよ!」

 焦れて叫んだ俺に、教官は昔のように告げる。


「群れて戦う仲間じゃない奴の動向を、自由に知れるわけがないだろうが」


「……っ、そんっな理由で……!」

 食ってかかろうとした俺は、教官の険しい眼差しに気圧された。ぐっと息を堪えてから、ゆっくりと吐き出す。

「冥府はそういう場所だ。お前さんらは、ここでしか生きていけないんだ。飲み込め」

「……ああ」


 顔を歪めて、教官の教えを受けとる。現実を叩き込んでくれたこの教官に、何度も言われた事だ。頭では理解している。最期を選ばせてもらえただけ、まだマシだとも。

 感情は……飲み込むしか、ない。俺達の生きる場所はここだけだ。


 そう、思って——不意に、全身の血の気が引いた。


「……ツヴァイ……」

 呟いた俺に、気遣わしげな視線が向けられる。けど、応じる余裕はなかった。



 ——ツヴァイが、死んだ。



 名を……『ナンバー』を与えられた強化体は、訓練を超えて冥府で働いてきた奴ら。


 与えられなかった強化体は、訓練の途中で散った。


 『ナンバー』を与えられた中で唯一生きていたのは、俺と、ツヴァイのみ。


 だから。



 ——初期の強化体の中では、もう俺だけしか、生きていない。



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