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鬼は外、布団が内  作者: 吾桜紫苑
第4章 何でこんな主なんだろう。
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血は争えないってこういう事か。

 とろんと半ば以上閉じた目を向けてくる女の子は、瑠依より幾つか年上に見えた。色素薄めの髪を背中まで伸ばしていて、なんだか寝癖が目立つ。服装はパジャマではないけど、部屋着に近いゆるい服を着ているっぽい。未だに突っ伏しているからよく見えないが。


 ……本当に、誰だこの子。


 瑠依に紹介されたのは、瑠依の両親だけだ。父親は出張が多く殆ど家にいないのも知ってる。けど、この子は紹介された覚えが無い。匂いにも覚えが無いから、擦れ違ったり顔を合わせてるけど忘れてたりも無い……と思う。

 あちらも俺を知らないらしく、ぼーっと俺を見つめたままだ。何を考えてるのかよく分からない、茶色の瞳がこっちに固定されてる。正直やりにくい。


 見つめ合ったまま固まってた俺達の膠着を打ち破ったのは、いつも通りの脳天気な声だった。

「あれ、珍し。ねーちゃん起きてたのか」

「……瑠依」

 着替えて下りてきた瑠依に、女の子はやっぱり突っ伏したまま顔を向けた。俺はといえば、瑠依の言葉に引っかかりを覚えて、唖然と呟く。

「……『ねーちゃん』?」

「あれ? 2人とも初対面?」


 へらっと笑ってそんなことを抜かす瑠依に、今ほど手に持ってる皿が邪魔だと感じたことは無い。


「瑠依……後でゆっくり話そうな」

「うえ!? 何で怒ってんだよ!?」

 何でも何もねえと怒鳴るより先に、後ろから菫さんの声がかかった。

「あら、そういえば竜胆君に紹介してなかったかしら」


 ……怒る気も削がれた。こういう暢気さは、この母息子はよく似てる。


「あの……、3人家族じゃ無かったんですか?」

「いつの間にかいなかったことにされた」

「ごめんなさいね、本人と顔を合わせた時の方がいいかと思って。ほらすう、顔を上げなさい。ご飯置けないでしょ」

「んー……」

 もそもそと起き上がった女の子を改めて正面から見れば、言われてみればどことなく面差しが瑠依と似てる。


 手に持ってた皿をようやくテーブルに置き、椅子に腰を下ろす。瑠依や菫さんも座ったところで、女の子が口を開いた。


「……それで、この人誰。いつの間にこの家、人が増えたの」

「ねーちゃんもねーちゃんで気付いてなかったのかい。もう二月近く経つぞ?」

「冬は私の敵。って思ってたら、もう夏だった。知らないうちに学年が上がってて驚き」

「寧ろ良く学年上がれたわねえ……本当に、要領だけは良いんだから」


 ……会話がおかしいと思うのは俺だけだろうか。マイペースに食事を摂りながらそんなやり取りをする瑠依と女の子に菫さんが溜息をついてるけど、その反応もどうなんだ。


「竜胆君、紹介するわね。伊巻家長女、雛よ。大学2……いえ、3年生になったわね。雛、こっちは竜胆君。瑠依の面倒見てくれる、真面目で優しい子よ」

「……真面目で優しいというか、奇特」

「いやあの……何か違うような……」


 何かというか思いっきりおかしい説明だけど、かといってどこまで話していいものか迷う。こうなってみると、確かに瑠依の言う通り、疾はよくさらっと暴露したな。


 困惑する俺を尻目に、相変わらず半ば閉じかけの目を女の子……雛さんが向けてきた。

「伊巻雛です。瑠依が迷惑かける」

「なあねーちゃん、母さんもそうだけど、何故に俺が迷惑かける前提?」

「ごく普通にお手伝いしてるような子が、瑠依に迷惑かけるわけない。寧ろかけられる」

「わあい辛辣……」

「事実。よね」

「えっと、まあ……」


 毎朝叩き起こしてるのは事実なので、曖昧に頷いておく。実際は、本人が気付いてないだけで、俺も負担をかけてるんだけど。


 あと、俺の疑問は解消されてない。


「それで、その、何で今まで会わなかったんです……?」

「寝てた」

「……はい?」


 何だろう。物凄くおかしい答えだった気がするのに、俺は何となく話の先が読めてしまった。


「冬は私の敵。だから冬眠するけど、いつの間にか春も終わってた。春眠暁を覚えず」

「ねーちゃんは1日20時間寝ないとダメなんだよな。だから殆ど家にいてかつお布団の中だぞ」

「本当に、どうして姉弟揃ってこうなのかしらねえ……」


 菫さんは溜息ついてるけど、今は7月も半ば。俺がこの家に来たのは5月の末辺りだったけど、その時もその前もずっと、布団に潜り込んでいたとでも言うんだろうか。……言うんだろうな。うん、この子間違いなく瑠依の姉だ。


「1日20時間活動なら分かるけど……」

「分かるか!?」

「4時間睡眠なんて、死ぬ」

 途端返ってきた返答が正しいのか、それともこの2人がおかしいのか。判断つかねえのは俺が悪いだけじゃねえ気がする。


「大学って、期末試験とかあるんじゃ?」

 瑠依と会う前も、契約を結んだ鬼狩りの連中にひっついて、幾つかの場所を彷徨いた。鬼狩りは殆どが成人だが、昔話の中で大学の期末試験がどうの単位がどうの、という話を聞いた気がする。俺には全く関係のねえ話だって聞き流してたから、自信は無いが。


「失礼な。試験は受けた。瑠依と違って、私は追試に引っかかるようなヘマはしない」

「ヘマだらけで悪かったな! どーせ今回も赤点不可避だし!」

「威張るなよ」

「瑠依、結果が出たら必ず持って帰りなさいね」

「うげっ」


 菫さんの厳しい声に蛙の潰れたような声を出した瑠依は、がっつり叱られればいいと思う。……いや、俺も結果に自信あるわけじゃねえけど。


 勢いよく昼飯を掻き込んでた瑠依は、やがて唇を尖らせて愚痴りだした。


「どーせ俺は不出来ですよーだ。親戚中に言われてるもんな、今更だし」

「開き直り」

「ちったあ反省すれば良いのに……っつか優秀なのか、親戚」

「おう。ねーちゃんもそうだけどな、同世代の親戚はどいつもこいつも優秀だぞ。補習なんてぜってえひっかからないし、何やらせても要領良いし。あいつ等に言わせりゃ俺なんて怠け者だよ」

「いやそりゃ俺も思うけど——」

「『オフトゥンする為の努力がたりねえ』ってさ」

「なんて?」


 思わず真顔で聞き返した俺は悪くねえと思う。現に、雛さん……はぼーっとしてるけど、菫さんは溜息ついている。


「いやだから、ねーちゃんみたいにより長い時間オフトゥンとイチャイチャする為に、最低限すべき事出来ねえで無駄に時間取られるとかダメダメだろって言われまくってた」

「いやそれ、大前提がおかしいぞ」

「何を言う! オフトゥンを愛して帰りたいと思うのは全人類共通の認識だろう!? 少なくとも俺んち親戚一同みーんなオフトゥン大好き同好会に加盟してるぞ!」

「何だそのダメ人間待ったなしの同好会」

「ダメ人間言うなし! うちの先祖が開祖だよ!」

「だと思ったよ」


 よく分かった。病気かと思ってたら、こいつのサボり魔度合いは血筋だったようだ。


 瑠依が主である現状には満足してるし、文句も無い。それは俺の本心だけど、同時に瑠依の残念ぶりを目の当たりにする度に、どうしても疑問に思ってしまう。



 ……何で、こんなのが俺の主なんだろうと。



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