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鬼は外、布団が内  作者: 吾桜紫苑
第1章 鬼を狩るより帰りたい
3/116

寝坊がばれたら怒られるのです

 屋根を渡り、塀を跳び、竜胆は空を舞うように軽やかに駆け抜けていく。そろそろ夏だというのに、肌を切り裂くような風が冷たい。


「いやあ気持ちいいな。花の匂いで溢れかえってる春も良いけど、緑の匂いの濃い初夏も好きかも。なあ、瑠依もそう思わねえ?」

「どうっ、でもっ、いいわぁああ!!」


 ひょいひょいひょいっと塀を三段跳びした竜胆は、あろう事か電柱を足場に高々と飛んだ。常緑樹を飛び越して、そのままの勢いで屋根を駆け抜ける。


「えー、日本人のくせに四季も楽しまないってどうなんだよ? こないだテレビで言ってたぜ、しきおりおりのうつくしさ? とかなんとか」

「生憎ッ、高校生男子はっ、食欲の秋しか興味ねえって、だから一気に飛び降りるなあああ!」


 屋根のてっぺんから躊躇いもなく地面に飛び降りて猛ダッシュしつつ、竜胆はあははっと調子外れの笑い声を上げた。


「あー気持ちいい。やっぱ思い切り走るのってスカッとして良いなあ」

「どーぶつか!」

「おう、狼だな」

「ああそうだったよ畜生!」


 ツッコミがただの事実確認になってしまうくらい動揺してたって、俺悪くない。


「瑠依ってみょーなとこでビビリだな? あっちは物足りないって顔すんのに」

「心臓に毛が生えてる奴を比較対象にしないでもらえますかねえ!?」

 すげー勢いで上下左右に揺すられつつ、バイク並の速度で3次元移動だぞ? 腕1本で運ばれていい状況ではない、断じて。

「そんなに嫌なら、歩いて間に合う時間に出れば良いだろ」

「だが断る!」

「……いや断るなよ、そりゃこれが俺の仕事だって言われてっけどよ」

 疲れたようにそう言って、竜胆がぽんと飛んだ。屋根から塀に飛び移って、そのままダダダダッと渡る。


「よっ、と」


 最後にそんな掛け声で高々と飛び上がり、家1つ飛び越えて竜胆は着地した。


「はい到着。待たせて悪ぃな」

「全くだ」

 ぽいっと床に投げ捨てられた俺は、動かない地面の有り難みを実感する間もなく、応えに対して直立不動の姿勢を取る。


 茶髪に琥珀色の目、ちょっと他では拝めない、作り物みたいに綺麗な顔。初期はうっかり見惚れまくった優美な笑顔を浮かべている待ち合わせ相手だが、表情とは裏腹の冷めきった瞳を見りゃあ見惚れるどころか背筋が凍る。あやべ、怒ってら。


「日本人の数少ない美徳の1つに、時間厳守があると俺は思うんだがな。約束がある以上、相手の貴重な時間を無駄にしないよう、トラブルがあっても遅れないよう5分前には到着しておこうというその姿勢は、帰国子女たる俺にとっては感慨深く有り難い訳だが。生粋の日本人にして生まれてこの方15年間、きっちりその教育を受けてきたお前が、一体全体どうしていつもいつも時間ぎりぎりに滑り込んで来やがるんだ?」


 滑らかに綺麗な発音で放たれた棘まみれの問いかけに、俺はきっちりと腰を90度に折り曲げた。

「これには海より深い事情がありまして」

「夜中に家でたくねえって死ぬほど駄々こねるせいだよな」

「おい竜胆っ、この裏切りもごふうっ」


 つるっと告げ口しやがった竜胆に思わず頭を上げた所で、容赦のない蹴りが鳩尾を抉った。再び地面とこんにちはした俺は、なんとか胃の中のものをリバースせずにすんだ。いや多分、耐えられるギリギリの力で蹴ったんだろうけど。


「このサボり魔が。そもそも誰のせいで俺がこんなクソ面倒くせえ仕事押しつけられたと思ってんだ。少しは責任感じてる姿勢見せろよ」

「せ……責任は感じてるけどさ、それと夜中に仕事する不条理は別って言うか……すみまっせんでした!!!」

 ゆらりと持ち上げられた足を見て、地面に突っ伏した姿勢から土下座に移行する。


「……無駄に動き良いな」

「……なぁはやて、俺なんでこのアホと契約してんだろ……」


 呆れ声と疲れたような声が、俺の後ろ頭にぐっさぐっさと突き刺さった。


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