迂闊に喧嘩を売るのはやめてください
「悪ぃ、待たせた」
やや疲れた声で詫びつつ、竜胆が戻ってくる。何か言いたげだった男女2人組は、竜胆の姿を見て言葉を呑み込み去って行った。
「ん? 邪魔した?」
「いーや?」
寧ろ招かれざる客だし、あれ以上喚くと疾が口出しかねないので良いタイミングだったと言える。……疾の口撃って聞いてるこっちまで胸に刺さるんだよ。
「ふうん? ……まいいか、帰ろうぜ」
「おー」
残ってたジュースを飲み干し、立ち上がる。ちょうど読み終わったのか、疾も珍しく後を追うように立ち上がった。歩き出した俺らに、無数の視線が突き刺さる。
……いや、目立つんだよ。疾も竜胆も色々と有名だし、何より疾の外見が外見だ。意図して存在感消してるらしい学校ですらあの注目度、素の振る舞いな疾のインパクトたるや半端じゃない。竜胆も妖の血が混ざってるせいとかで顔立ちが整ってるから、並ぶとめっちゃ目を引く。
え、俺? 世間一般に溶け込める、安心安全の地味顔だけど何か?
お陰でおまけ感が半端無くて辛……くはねえや、オフトゥンに潜っていれば幸せだし。
来た時に記帳した名前の横に退出と書いて、俺達は鬼狩り局を後にした。通路を通って出た先は、行きと同じ出入り口。
「ふぃー。帰ってきたぁ」
「なんだそれ」
「いや、何かそんな感じすんじゃん?」
軽く笑う竜胆にそう返して、さっさと背を向けた疾に声をかける。
「んじゃ、またなー」
「しばらく会う気もねえがな」
「う、いやそりゃそうだけど……」
とりつく島もない疾の返しに詰まりつつ、それでも何か言おうとした俺に被せるように。
「みぃつけたあ」
どこか調子外れの声が、後ろから。
「っ、瑠依!」
「ぐえっ!」
ウエストに強い力がかかり、おもっきし引っ張られる。危うく胃の中のものリバースするところだ。
「ちょ、なにす——」
文句を言いかけて顔を上げた俺は、視界に飛び込んだ光景に続く言葉を忘れて呆ける。
「夜遊びはいけないんだよお。こおやってえ、悪い大人に捕まっちゃうんだからあ」
ケタケタと何かが外れたように笑う、いかにも魔法使いなカッコした大人、多分女性。身の丈ほどもある杖を地面について笑ってるけど、ぶっちゃけそんなものに驚いている場合じゃねえ。
ごく普通のアスファルトだった地面は、今やマグマのように煮え立っていた。
「な、な……」
それなりに呪術扱ってるから直ぐ分かる、これやべえ。普通にあのまま突っ立ってたら今頃溶けてた。
「……助かった。さんきゅ」
「おう。つーか、なんだこれ……」
助けた張本人である竜胆も、何があったのか把握は出来てないらしい。まあそりゃそうか、いきなり攻撃受ける心当たりなんか普通はねえよな。……普通は。
こそこそ会話を交わしていた俺達の声を聞き咎めたのか、フードの女性がこっちを見る。
「へえ、キミタチも面白そおだねえ。何か妙な気配も感じるしい、実験しがいがありそお。依頼対象はあっちだけだしい、キミタチは私が貰っちゃおうかなあ?」
目を爛々と輝かせてそんなことを仰る女性に思わず1歩下がる。何この人怖え。
「……依頼」
竜胆が唸るような声を出す。それに頷いて、ケラケラと女性は笑った。
「なんかあ、生きたまま捕らえろってさあ。五体満足じゃなくて良いって言うからあ、楽しめそうだなあってねえ。可愛い子供ってえ、いじめ甲斐があるでしょお?」
「い、いじめ反対! 虐待反対!」
「んな事言ってる場合かよ」
「場合だよ!」
握り拳作って主張するぞ、だって俺この後の展開知ってるもん。見たくねえじゃん精神衛生上……!
「あはっ、可愛いねえ。あとでゆっくり料理させてもらおっとお。やっぱりデザートより先にメインディッシュから楽しまないとねえ」
そんな俺の切実なる思いとは裏腹に、女性はそんな事を言って振り返っちまった。あーあ、俺しらね。
「っ、逃げろはyむぐっ」
ヤバイと感じたのか、緊張した声で呼びかけようとした竜胆の口を奇跡的な反応速度で塞ぐ。よし、セーフ! うっかり忘れてたけどセーフであってくださいお願いします!
(言い忘れてたけど、鬼狩り以外の前ではぜってー名前言っちゃダメ! 殺される!)
(……何で?)
(知らん! けど、いっぺんうっかり呼びかけた時には盛大にボコボコにされたんだよ、「身体に叩き込んでやる」とか言って! 俺はもうあんなのごめんだ!)
(……お前らは一体何やってんだよ……)
呆れすら滲ませる竜胆だったけど、取り敢えず納得してくれたようだ。ふう、うっかり今まで伝え忘れてたからな、危ない危ない。
え? うっかり忘れるとかありえねえ?
……いや、そうなんだけどさ。ぶっちゃけ、記憶の彼方に葬り去って厳重に鍵かけておきたいんだよ。
「ふ、ははっ」
この、心底愉しげな笑い声と。
「メインディッシュ、なあ? せいぜい前菜だろ、雑魚が」
満面の笑みなのにひたすら怖ろしい、凶悪な表情と。
「生け捕りたあ随分な口を叩いたもんだ。てめえ如きが俺に傷1つ付けられるかよ、自惚れも大概にしろ。ま、せっかくだから遊んでやるさ。わざわざ俺の前に立つ以上は頑張れよ? 1分立ってられたら褒めてやるぜ」
「……随分な口を叩く坊やだねえ? 躾が必要かなあ?」
「躾が必要なのは主の命令も満足にこなせねえてめーだろ、駄犬。遠吠えなんざ聞く価値もねえからとっとと来やがれ、俺の貴重な時間をこれ以上無駄にすんな」
……止めどもなく吐き出される、いつもよりもずっと濃い毒舌の数々がさ。
生で見ると普通にトラウマもんだぞこれ、何でまた見る羽目になってんだマジで。狙うならせめて1人でいる時にしてください、俺まで巻き込むなし。
ちらっと竜胆を見上げると、思い切り引き攣った顔で疾を見ていた。ほら、そうなるだろ。
是非とも撤退したいとこだけど、バトルが始まりそうな今、俺らに出来るのは空気になる事だけだ。迂闊に動いて巻き込まれるだけなら遥かにマシ、なんなら都合の良い盾扱いだって普通にあり得る。仲間にそこまでするかって? 甘い、それは疾を舐めてる。
鬼狩りとして連携とってる時ならまだしも——
「災厄とか呼ばれて調子に乗ってんじゃないよお、クソガキがあ!」
「はっ、やっすい挑発に乗って頭に血を上らせるような老害がほざくな。雑魚魔術師が、それこそ調子乗ってんじゃねえよ」
対魔術師モードに入った疾は、鬼畜通り越して悪魔だ。それこそ災厄だよな、周囲の被害込みで。