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鬼は外、布団が内  作者: 吾桜紫苑
第3章 テストとか本当に帰りたい
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世の中も外も世知辛いのです

「それで?」

 そう優雅に微笑んだのは、竜胆よりちょい上くらいの見た目のお姉さま。大きくやわらかそうなお胸に、きゅっとくびれたウエストから腰までのラインが男心にダイレクトにくる、理想のナイスバディの持ち主。


 ……いや、別に常葉の変態がうつったとかじゃないぞ。男の子の習性として、ボンキュボンな女性はまずそっちに目が行くってだけだ。

 緩いウェーブを描いた金髪を結い上げ、縁なしのメガネをかけたお姉さまは、にこやかに微笑んではいる。それだけなら眼福なんだ、いやマジで。こう、男心にがっつり来るような、見応えのあるお方なんだ。


 けど今の俺にとっては、その冷ややかすぎる紫と赤のオッドアイがおっかなさ過ぎる。


「訓練場全壊。これで何回目だったかしら?」

「……さ、3回目?」

「貴方、私の記憶力舐めてるの? これで28回目よ」

「あ、あはは……」

 笑って誤魔化そうとした俺の乾いた笑い声が、女性——鬼狩り局長フレア様の執務室に虚しく響いた。


 うん、大体覚悟はしてたとはいえ、俺の呪術をあっさり破って訓練場を全壊にしてくれたんだよ、あの2人。訓練場の保護措置と俺の呪術まとめてぶち破るとか馬鹿なの? 人間やめすぎだろ?

 何度も止めたってのに、竜胆はテンション上がっちまったのか全く聞く耳を持たねえし。疾に至っては最後の方は積極的に瓦礫にしてる節あったし。何? 局長怒らせたいの?


 フレア様もお考えは同じなのか、冷ややかな笑いを浮かべたまま首を傾げる。

「弁解を聞きましょうか。まあ当事者2人が顔を出さないのを見る限り、大体予想は付くけどね」

「はは……」


 その狙いは現在見事に的中してるけど、自分で煽った怒りを受けるくらい自分でしてほしい。切実に、何で俺だけしかここにいねえの? 帰りたい。


「訓練の結果? いやあ、優秀な鬼狩りがいて、局は将来安泰だなあ……なんて?」

「そう。それが瑠依の言い分って訳」

 にっこりとフレア様が笑う。書類の山を前にして座っていたフレア様の手が、傍らに立て掛けてあったライフルに伸びた。あ、さあっと血の気の引く音、本日2度目。


「なら、その足りなさすぎる脳みそに叩き込まないとね。訓練場直すのに一体いくらかかるのか、その損失を誰が払っているのか」

「やめて!? 俺普通の人だから普通に死ねる!」

「大丈夫よ、これ鬼狩りの武器だもの。普通の人間は怪我もしないわ……痛いだけよ」

「痛いのからして嫌だし! もう何、俺悪くないのに何この理不尽!? もう帰らせて!?」

 当たり前のように銃口を向けてくるフレア様の八つ当たりっぷりに、思わず叫んだ俺は悪くないと思うんだ。


 とはいえ28回目のやり取り、流石にフレア様も虚しくなったらしい。深々と溜息をついて、ライフルを戻した。た、助かった……。


「もう……どうしてくれようかしら。強化体も変な影響受けちゃって……貴方達と組むまで壊した事なんて1度も無いのよ? それが疾とやり合う度に壊すようになっちゃって。なんとかしてよ、使用者ユーザなんだから」

「無茶ぶり過ぎるんすけど、フレア様」

 まず、あの疾を止められる奴がこの世にいると思えない。疾を鬼狩りに引きずり込んだ人? いやあの人はこの世の人じゃねえし。


「そもそも、訓練で壊れるのを解決しません?」

「あら、疾と同じ事を言うのね。肩を持つの?」

「あいつと同類扱いは断固拒否する! 俺はお布団大好きだけど真っ当な人間だ!」

「それを真っ当な人間というのかは甚だ疑問だけれど」

「でも本気で訓練出来ねえのが問題だって指摘は、ちょっと正論だと思ってます」


 竜胆がうちに来てひと月。初めて会ってからもまだ三ヶ月も経ってない。その間、疾との訓練でほぼ毎度壊してるんだぜ? 流石にどうかと思うじゃん、訓練ならねえし。

 ……いや、28回のうち半分以上は、疾が1人で壊しているという事実からは目を逸らしてだな。何度否定されようと、あいつはもう人間やめてると思うんだ。


「正論で冥府が回ってると思う訳?」

「え、そこは回って欲しくね? 死んだ後まで理不尽なの?」

 言わずにいられずに言えば、フレア様は何か憐れみの眼差しで俺を眺めてきた。

「瑠依、本当に馬鹿なのね」

「何故に!?」

「貴方達、何で鬼狩りやってるの?」

「……ハイ。そうでした」

 身も蓋も無いお言葉に、俺はがっくりと肩を落とす。



 神力。鬼を狩る為の、神の力。そんな特別なものを、俺達鬼狩りは与えられている。

 けどそもそも鬼狩りってのは、適性がある奴が修行して神力に目覚め、鬼狩りになるものだったらしい。昔はそれで余裕で回るくらいには数いたらしいんだけど、何かだんだんと現れなくなっていった。なんと100年も全く新しい鬼狩りが現れなかったとか。


 ……まあそこは「才能どころか神力そのものを持ってる突然変異」とかさらっと失礼な事言われてる疾のお陰で、記録はストップした訳だけどな。


 それはそれとして、当然鬼狩りの数は減っていく訳で。このままじゃヤバイと思った冥王サマが苦肉の策で「力を与えて鬼狩りにしよう」制度を作った結果が現状だ。そりゃ鬼狩りが絶滅する訳にはいかんけど、なんつー暴論だってな。


 で、フレア様が俺に言ったのは、鬼狩りの力を与える選定基準とか鬼狩りを縛る決まりとか、その辺にある。


 考えても見ろよ、お家でオフトゥンといちゃいちゃするのが大好きな俺が、夜な夜な睡眠削って仕事? 引き受けるはずないだろ? ついでに、あの疾が神力持ってるからって「分かりました」って鬼狩りの仕事引き受けるなんて世紀末、起こったら困るだろ?


 つまりはそういう事だ。色々理不尽な目にあったんだよ、俺ら。



「とどのつまり、正論が通らないと」

「単純に予算が下りないわね、悲しいことに」

「わあい悲しい……」

「それこそ、貴方の相棒が保護魔術かけてくれれば良いと思うんだけどね」

「毟り取られるの覚悟で頼めばワンチャン」

「予算が下りないわね」

「わあい悲しい……」


 この世も無情だけど、あの世も無情だ。


「ま、瑠依に言っても仕方ないのよねぇ……呼び出し無視なんて、強化体と疾だから見逃しているけど、あんまりな真似よね。瑠依も少しは来るように言いなさいよ」

「フレア様フレア様、疾が俺の要求に耳を傾けるなんて夢想してるんですか?」


 もはや素で聞くと、憐れみの眼差しで見られた。わあ2回目。


「……貴方、時々可哀想ね」

「何それ新しい感想、しかもどうしてか余計虚しい」

「わざとだもの。それで、疾は置いておいても、強化体は? あれは使用者ユーザの言う事は絶対に聞くはずだけど、まさか貴方それすら通用しないの?」

 いっそ不思議そうに聞くフレア様。若干俺に失礼な台詞はスルーして、さらっと答えた。


「だって、強化体なんてもの、俺知りませんし」


「……は?」

「いや、いっつも破壊の当事者である竜胆を・・・呼んで来いって言われねえのは不思議っすけど。強化体とか何の事か分からないもの、呼べと言われたって呼べねえし」


 フレア様の目が尖る。超おっかねえけど、ここは男の子として引いちゃいけない時だと思うので頑張った。誰か褒めろ。


「というわけで、俺そろそろ戻ります。いい加減汗冷えて寒いし」

 訓練場から直行で攫われたので、折角併設してるシャワー個室も使えてないのだ、普通にべたべたして鬱陶しい。やっぱ汗を流してさっぱりして、お布団にはくるまりたいじゃん? 


 何か黙って睨み付けてくるだけのフレア様にテキトーな挨拶をして、俺は執務室から撤退した。


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