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鬼は外、布団が内  作者: 吾桜紫苑
第3章 テストとか本当に帰りたい
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チートとは人間をやめるという意味のようです

「さて。これじゃ、準備運動にもならねえな」

 俺の回復を待つ気なんて勿論無い疾は、追い打ちな発言をして振り返った。視線の先、遠くから様子を伺ってるのは、他の鬼狩り達だ。総合闘技場は誰が使っても良いから、俺達がどつき合ってるのを眺めつつ待ってたと見た。

 分かりやすく期待を浮かべている彼らに、疾が肩をすくめる。


「面倒だ、まとめてかかってこい」


 不遜にも程がある発言に、色めき立つ鬼狩り達。あたかも挑発に乗った体だけど、どことなく嬉しそうなのを隠し切れていない。

「よっしゃ、行くぞ!」

 中でも特に嬉しそうな奴の掛け声で、一斉に鬼借り達が飛びかかる。また肩をすくめた疾は、無造作に受けて立った。


 序列争いのガチンコバトルで鬼狩り達のプライドをバッキバキにへし折ったものの、前衛の肉弾戦万歳組は案外好意的っつうか、こうして訓練を通した親交がある。中途半端に残るプライドのせいで、さっきみてえなビミョーなやり取りがあるけどな。


「ふっ!」

 大きく振りかぶった男の人が、手にした二節棍を振り下ろした。鎖で繋がった棍の一方が、しなりを加えて疾の頭上を舞う。


「はあっ!」

 気勢を上げた背の高い女の人が木刀を横薙ぎに振るった。脇腹を狙った一撃は鋭く、抉るような軌跡を描いている。


「てやあっ!」

 ちょっと可愛い掛け声だけど、それを発した女の人はえげつなくも光る程神力で強化した蹴りで足元を狙ってる。あれ直撃したら骨逝くぞ。


 3方向から急所を狙われた疾は、けど動じない。


 一閃。


 弾かれたように振り上げられた足が、棍を繋ぐ鎖を捉える。軌道を変えられた棍に足首を絡ませるようにして、疾は軸足で飛び上がり一回転した。


「おわっ!?」

「くっ!」

 棍の持ち手が吹っ飛ぶ。足を狙った一撃が空振った女の人も大きく体勢を崩した。


「もらっ……なっ!?」

 唯1人、確実に当てに言っていた女の人の木刀が、あと少しでがくんと落ちた。木刀を握る手に疾の軸足が乗り、木刀が地面に押しつけられる。


「ふっ」

 軽い呼気と共に、疾が足を横薙ぎに振るう。蹴りは吸い込まれるように側頭部に直撃し、女はその場で崩れ落ちた。……大丈夫か、あれ。


 最後の1人はようやく体勢を整えたところで、掌底が鳩尾に入って終了。


「次」

 適当な声に答えるように群がる次の挑戦者達を相手取る疾を見て、思わず呟く。

「いや、身体強化なしであの動きは、十分人間やめてね?」


 リアルタイムで解説したみてえに言ったけど、ぶっちゃけ俺も殆ど見えてない。何となく今までの経験で予想してるだけだ。

 しかも1対多のこの状況でも、まだまだ本気じゃねえときた。呼吸1つ乱さず鮮やかに敵を倒す様も見応えあるけど、全然本気じゃねえのは顔見れば分かる。


 訓練であいつが唯一、本気になるのは——。


「よし、そろそろ動けるな。——竜胆」

 あらかた挑戦者を伸した疾が、名を呼ぶ。訓練場の反対側で、疾と同じく鬼狩り達との手合わせに応じていた竜胆が、視線だけを疾に向けた。


 次の瞬間、2人の姿が消える。


 パアン! と、物凄い音が響き渡った。それが複数の衝突音が重ね合った音だと気付けたのは、多分殆どいないだろう。

 残像しか見えやしないけど、闘技場の中央で衝突を続ける2人の戦いの激しさは、飛び散る床や壁の破片が物語ってる。肉弾戦とは思えない迫力に、見物客ギャラリーと化した鬼狩り達から歓声が上がった。


 身体強化。

 明らかに身体スペックを上回る妖を相手にする上で、敵の攻撃に付いていく為の術。こう言うと前衛には必須っぽいけど、俺みたいに方法は色々あるので別にそんな事無い。つーか、神力を操る人は微妙に身体能力が上がってるとかで無くてもどうにかなる。

 何より、この術は使い手を選ぶ、らしい。相性みてえなもんがあるらしく、誰でも身に付けられるもんじゃねえとか。まー普段の何倍もの力に振り回されねえとか、無理だよな。


 でもだからこそ、使えると桁違いの領域に入る。


「観戦にはこれ必須だなやっぱ……」

 独りごちつつ、移動補助の呪術具を起動する。これ、何故か動体視力上がるんだよな。偶然の産物だけど、優秀な呪術で俺嬉しい。


「しっ!」

 鋭い呼気を吐き出すと共に、天井を蹴った疾が右の拳を振るった。竜胆が身を引いて避けた拳が地面を割る。無防備になった頭目掛けて、竜胆が回し蹴りを放った。

 疾の身体が深く沈み込む。蹴りを避けながら左手を床に付くと、そのまま逆立ちするように足を振り上げ、空振りした竜胆に回転蹴りを放つ。


「っらあ!」

 身体の向きを変える勢いも乗せて蹴りを受け流した竜胆が吠える。その勢いを利用して身体を起こした疾に、凄まじい突きが命中した。

「っぐ!」

 顔を歪めた疾が盛大に吹っ飛ぶが、空中で体勢を整えて壁に着地する。そのまま壁を蹴って、追い打ちをかけようと詰め寄っていた竜胆目掛けて飛びかかった。


「っあぁあ!」

「はあっ!」


 ガツッ! と嫌な音が響く。2人の蹴りがぶつかり合った音だ。互角。


「っの、落ちろ!」

「だれ、がっ!」


 竜胆が疾の足を掴むも、疾が掴まれた足を支点にして逆の足で蹴りかかる。蹴りが届く前に竜胆が掴んだ足を離し、腕を翳す。物凄い音と共に蹴りが受け止められた。

 疾が着地するまでの数瞬にも竜胆は仕掛ける。手を伸ばして腕を掴んで捻り、まだ片足しか付いていない疾のバランスを崩す。疾が凄絶に笑った。


 次の攻防は、ほとんど見えなかった。


 倒れ込んだように見えた疾に覆い被さるようだった竜胆が、いきなり宙を舞う。と思いきや、疾が空を飛んだ。そこまでは何とか見えたけど、その後はよく分からん。


 取り敢えずはっきりしてるのは、物凄い音と共に、もうもうと煙が立ちこめた現状だ。


「……え何、訓練場無事?」

 思わず呟いた俺は、慌てて呪術を起動した。煙を押し流してみれば、盛大に陥没した床に仰向けになった疾が、笑いながら咳き込んでいる。


「っあーくそっ、相変わらず……っ、無茶苦茶だな、竜胆」

「いやまあ、無茶苦茶なのはお互い様っつう気ぃすっけど……わり、大丈夫か?」

「あんなえげつねえっ、一撃叩き込んどいて、心配すんじゃねえ。……あーあ、負けか」

 咳が収まったのか、悔しそうながらも笑顔のままの疾が上体を起こす。竜胆が苦笑して手を伸ばす。


「心配くらいするだろ、そりゃ。普通の人間なら今頃死体だぞ」

「素の膂力でんな馬鹿げた真似してる方が普通じゃねえだろ。……サンキュ」

 手を借りて立ち上がった疾が、楽しそうに笑って礼を言う。竜胆が笑顔を返して頷く。

「こっちこそサンキュ。疾がいると、訓練やり甲斐あっていいな」


 なんか和やかに戦いの後のやりとりをしてる2人から視線を外し、俺はふうと溜息をつく。

「いやあ……今日もチートが眩しい」


 強化された視力でも追えない動きを素の身体スペックだけでこなす竜胆も竜胆だけど、そんな竜胆と身体強化1つで張り合ってる疾も疾だ。お前ら何なの? チートにも限度があるだろ?

 竜胆の主で疾の相棒である俺の立場にもなろうよ。なんかこう、無駄に期待されちゃうじゃねえか。いや俺も呪術そこそこ優秀だよ? なのにお前らのせいで、「あれ、何かこいつ微妙」みてえな反応されるんだぞ。普通に帰りたくなるからやめよう?


 あと、もう1つ。


「……なあ、疾。この後片付けどーすんの」

 鬼狩りが暴れても壊れないよう特殊な保護措置がされている筈の訓練場は、今やぼろっぼろだ。知らん顔で逃げようもんなら、絶対告げ口されて局長に怒られる。俺が。竜胆も疾も聞く耳持たないから、俺が。


 そんなオフトゥンが遠ざかりそうな案件はお断りだってのに、疾はにべもない。


「ほっとけ」

「出来るか!? 直せよ!?」

「怠い。魔力が勿体ねえ」

「竜胆と1回やり合ったくらいで何を言うか!」

 俺のツッコミに煩わしそうな一瞥を向けただけで、疾はしれっと竜胆に向き直った。


「つか竜胆、もう1本やろうぜ。まだ魔力に余裕あるし」

「おう、いいぞ」

「余裕あるんじゃん直せよ!? 竜胆も止まれよ!」


 何かまた暴れ出しそうな2人にストップをかけるも、聞く耳も持たれない。


「直ぐで良いのか? つーか疾、怪我してねえの?」

「問題ねえ」

「おー、すっげ。器用にも程があるだろ」


 なんだか楽しげに笑った竜胆さん、わざと聞こえてないフリしてるよな? やめて、何で訓練始まると途端に人の話を聞かなくなるの?


「んじゃ3本勝負にしようぜ」

「おう」

「やめて後2本とかここ崩れ落ち……止まれよ!!」

 悲鳴に近い訴えの途中で衝突をした2人に、俺の絶叫は全く届かなかった、というか届いたのにガン無視された。


 仕方ないのでどんどん壊れていく訓練場にせめてもと保護用の呪術をかける。ああ、折角の訓練楽しいけど、もう俺先に帰りたい。


竜胆:動くと楽しくなって色々すっ飛んじゃうタイプ。大体後で反省するけど、また繰り返す。

疾:いわずもがな分かってて暴走している。勿論反省なんてしないし、暴走は加速する。

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