連絡先の交換も嫌がられるようです
疾の機嫌は最悪だったけど、訓練には参加する気になったらしい。3人で、その場から一番近い局への入口に向かって歩いていく。
「つか疾、瑠依を擁護する気はねえけど、連絡手段くらいあった方がいんじゃねえの? 何かと不便だろ」
「別に。俺から伝えたい用件もほぼねえし、こいつからの連絡とかいらねえし」
「ひっで!」
いつもの調子で抗議したら、疾が冷めた目を向けてきた。未だお怒りは解けていないらしいので、慌てて言葉を足す。
「いや悪かったけど! 全面的に悪かったですけど! そうはいっても疾の連絡先知ってたらこんな無茶しなかったし!」
「連絡しようとしてくんな、疫病神」
「俺がそう呼ばれるのは納得いかない!」
滅茶苦茶な厄介事に巻き込むのは基本疾の方だ。こればかりは納得いかんと主張すると、疾は軽く目を眇めた。
「鬼狩りの切欠は」
「……俺のミスです」
「変態は」
「……俺の幼馴染みです」
「鬼狩りで怪我しかねねえ件の原因は」
「……大体俺です」
「今回呪術なんて向けてきたのは」
「すみません俺です!」
腰を直角に曲げて謝罪すると、疾がくっと笑う。
「で。誰が疫病神だ?」
「……ハイ。俺ですね……」
割と迷惑かけてた。その事実にどんよりと俯いていると、竜胆が苦笑を漏らす。
「はは……まあ、色々あんだろうけどな。今回みたいな訓練の誘いもだが、緊急で仕事が入る時だってあるだろ? 鬼の所在が分かったとかな」
「そうなりゃ連絡するが、お前らに鬼が見つかったからと呼び出されるのを俺がありがたがるとでも?」
身も蓋も無い事を言う疾に、竜胆が苦笑を深めた。
「仕事だぞ、横着すんな。大体、密な連絡を取り合うのは基本だぜ? 良く1年も連絡手段なしで回ってたな」
「そこの阿呆が俺に何かを知らせるなんて気の利いた真似しやしねえし、そもそもサボる事しか考えてねえ奴の連絡なんて待ってどうすんだ」
「……うん、そうだな。瑠依?」
「やめてそこで俺にひんやりしないで。話逸れちゃうから」
いきなり向けられた視線に必死で訴えかけると、1つ溜息をついて疾に視線が戻った。後でなとか呟かないで竜胆さん、帰りたくなっちゃう。
「つっても、今は俺がいるし。疾の家が分かるならひとっ走り呼びに行っても良いけどよ、それも隠してえんだろ? だったら最低限、電話かメールくらいはしてくれると助かるんだが」
疾が眉を寄せる。ものっそい嫌そう、そんなに俺と連絡先交換が嫌ですかそうですか。
「その迂闊な阿呆に連絡先を教えると、直ぐ漏洩しそうでな」
「失敬な! 流石にスマホのロックはかけてるし!」
「その発言が既にアホだろう。危険な情報収集家が近くにいるの忘れてねえか」
「うぐっ」
常葉に気付いたらスマホの情報を抜き出されてた事、そういやある。言葉に詰まった俺に呆れた顔をして、疾が溜息をついた。
「はあ……何で俺は、こんな役に立たねえどころか足引っ張る阿呆と仕事してんだろうな。ぶっちゃけ、邪魔」
「ド直球!」
心底嘆いてます、と言わんばかりの口調で暴言を吐かれたけど、俺のせいじゃなくね? 常に帰りたいと思うのはごく当たり前じゃね?
「馬鹿の脳で番号暗記出来るとは思えねえし、出来ても口に出してそうだしな……いっそ小遣いはたいて魔石買ってこい。そしたら連絡用の魔法陣刻んでやる」
「無茶ゆーな!? 宝石買う金なんかどこにもねえし!」
魔石ってのは魔力をため込める石で、殆どは貴石、つまり宝石だ。そんなもの、高校生の小遣いで買える訳がなかろう。大体、俺の小遣いはお布団の中でのお友達、マンガとゲームの為にあるのだ。異論は認めない。
「局長に経費請求してみたらどうだ?」
「あのドケチがんな理由で出すかよ。それこそ連絡先を交換しろって言われる」
「じゃあもう諦めて交換しろよ」
苦笑混じりに、けど割と窘める口調になった竜胆を、疾が眉を寄せて睨む。しばらくそうしていたけど、竜胆が引かないのを見て取ったのか、物凄く嫌そうな顔を俺に向けてきた。いや、どんだけだよ。
「はあ……スマホ出せ」
「そんなに嫌かよ」
「たりめーだろ」
「ひっで……」
スマホを出して連絡先を表示してから疾の手元に目を向けると、何と超人気の最新機種が握られていた。
「何それ羨ましい。金持ちかくそう」
「機種代は別に高くねえだろ」
どうでも良さそうに言いつつ手慣れた様子で操作する疾が、画面を差し出してくる。意外にも、割と古いQRコードシステムを表示していた。
「あれ、それ他にも機能盛りだくさんって聞いたけど? 何、扱いきれねえの?」
「お前じゃあるまいし、ねえよ。お前が確実に取り扱える機能なんてこれが限界だろ」
「謂われない低評価!?」
「ほお、そこまで言うなら今度の試験結果で覆してみろ」
「くそう成績優秀者くそう……」
どこまでも貶されながら受けとった連絡先は、電話番号と文字と記号の羅列でしかないフリーメールアドレスが記録されていた。うん、明らかに捨てアドだよな。
確認しようと顔を上げたら、何と既にスマホを閉じようとしている。まだ交換してねえよ、一方向受けとっただけだって。
「なあ、一応俺のも受けとって? 流石に傷付くから」
「勝手に傷付けよ」
素っ気なく仰って、疾は俺の連絡先を受けとらないままスマホをしまった。腹立たしいのでメールで送りつけてやると、嫌そうな顔をしてスマホを出す。画面を一瞥したと思ったら何の迷いも無く削除したよ、ひっでえ。
「そこまで嫌がるかよ」
「覚えたのに残す意味ねえだろ」
と思いきやさらっとそんな発言が出て来て、俺は思わず顔を顰めた。
「うわ、しれっと俺頭良いアピールかよ、ムカツク」
「覚えやすいアドレスに設定しておいて何を言ってやがる。そもそも頭が良い事をアピールする気もねえが隠す意味もねえだろう、事実なんだから」
どうでも良さそうに言い放たれ、これを言わない方がおかしいと俺は思う。
「うーわ……呪いたい」
「やってみろ出来損ない呪術師、呪う前に返り討ちにしてやる」
鼻で笑って好戦的な気配を漂わせる疾に、ガチで喧嘩売る気なんて起きねえけどさ。力の差って、虚しい。
作者のどうでもいいかもしれない補足:疾のスマホには一切の個人情報登録なし。家族他、必要な連絡先は暗記する派。




