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鬼は外、布団が内  作者: 吾桜紫苑
第3章 テストとか本当に帰りたい
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楽しい事があれば嫌なことも頑張れるのです

 若者よ勉学に励めとはよく聞く言葉だ。俺も別にそれを否定する気はない。


 だけどさ、勉強ってのは自主性がなければ何も意味がないと思わないか? 嫌々やったところで、覚えやしないし覚えても直ぐに忘れる。人間、自分にとって必要だと思わない限り、本気で身に付けようとはしないもんだよな。

 つまり、どうせ将来使いやしないだろう数学や化学や歴史なんて、覚えられる訳がない。そんなものをテストしたって、どうせテスト終わった瞬間に忘れちまう。


「よってそんな無駄な事をするくらいなら、俺は最初から覚えない方を選ぶ。だからそろそろ解放して下さい」

「瑠依、いい加減文句がうるせえ」

 俺の真っ当な訴えは、無情にも竜胆に一言で切り捨てられた。



 常葉暴走の翌日。うっかり忘れかけていたけど、祝日だった。

 繰り返そう、あれだけの夜更かしを強いられた翌日は、休みだったんだ。


 当然、カレンダーを見て気付いた俺は、それはもう喜んだ。ガッツポーズを頭上まで振りかぶって棚にぶつけた位には喜んだ。地味に痛かった。


 休日とは寝る為にある。思う存分オフトゥンでぬくぬくしようと朝寝坊を決め込んでいた俺は、しかし鬼よりも非道なお袋様と竜胆に叩き起こされたのだ。


 曰く、「テスト前くらい勉強しろ」と。


 どう考えてもあり得ない。休日とは「休」む「日」であって、ゆったりと日頃の疲れを癒す為にあるんだ。学生の仕事でもある勉強なんてものを強いるのは、これすなわち休日出勤。ほら、どう考えてもお袋様や竜胆がおかしい。


 実に真っ当な主張だというのに、竜胆もお袋様も完全無視。お袋様はまさかの、竜胆に俺の勉強の監視を頼んじまったのだ。

 元々竜胆と俺は部屋を共有してるけど——いきなり人が増えて個室を与えられるほど、うちは部屋多くない——、その共有部屋で背中合わせで机に向かってテスト勉強しろとか、どんな拷問ですかね。


「ブラック労働反対。休日労働反対。そもそも俺は夜勤明けだぞ、休養は絶対に必要なんだ。もうオフトゥンに入ってのんびりしようぜ、なあそうしよう」

「入れるもんなら入って見ろよ」

「はいりてーから言ってんじゃん! 休憩休憩休憩!!」

「元々勉強してねえのに休憩も何もねえだろ。つうかうるせえ!」

 がたがたと机を揺らしてならすと、竜胆が苛立った声で一喝してきた。何でだ、俺悪くない。


 当然脱走を企んだ俺は、阻止した竜胆が何を思ったか、椅子に紐でぐるぐる巻きに縛り付けられた。よって現在、お布団とデートしたくても物理的に動けない仕様だ。トイレ行きたくても許可制だぜ、誘拐かと言いたい。


「なんでこれ、引っ張ってもほどけねえの……疾じゃあるまいし」

「昔の契約相手がヨットだかが趣味で、それの結び方つって教わったけど? つか、疾は何してんだよ」

「知らねえし。疾が知らない人をぐるぐる巻きにしてサド全開の笑顔で踏んでたのをうっかり見ちゃった俺のメンタルなんて、誰も気にしてくれねえし」

「……お、おう」


 竜胆が若干引いた声を上げた。まだ関わって2月も経ってねえ竜胆は、疾の人となりをまだ今ひとつ分かってない。知らないままの方が幸せだと思うが、どうせ近いうちに知る羽目になると思う。……馬鹿幼馴染みの実態も知っちまったしな。


「あーもうやだ……鬼狩りの仕事の次の日に、勉強なんて身にはいらねーし……つうかもう、赤点でも構わねえってか、どうせ勉強しても赤点とるの目に見えてるし……なーもう良いじゃん、俺勉強したくねえよ」

「あのなあ……」


 がたがたと机を揺らしながらぐだぐだと愚痴ると、竜胆が大きな溜息をついた。そのままかりかりとシャーペンの音が聞こえるから、どうやら放っておこうという魂胆らしい。主を放置プレイとは良い根性。


「……あ、そうだ。じゃあこうしねえ?」

「ん?」

「今からきっちり勉強して﨑原さんが提示した課題範囲を終えたら、局に行って訓練」

「乗った!」

 がばっと振り返って宣言すると、竜胆が椅子を後ろ前に座り直した。呆れたような竜胆色の目が俺を見る。

「なあ、瑠依の判断基準がいまいちよく分かんねえんだけど」

「このまま一日中家に拘束されそうな勢いを鑑みるに、ノルマ達成したら遊びに行けるって方がよっぽどマシだわ! 仕事じゃなく遊びに行く時は局は結構楽しいじゃん!」

「楽しいのか……変わり者だなあ」


 俺の力説に妙な顔をする竜胆。何だよ、訓練とか楽しいじゃんか。「仕事」の響きがなければ、俺は物事を楽しめる人間だぞ。


「しばらく鬼狩りの仕事もないし、竜胆も身体動かしたくね?」

「そりゃまーな。昨日は疾と立ち話してただけだし、ちっと退屈なのは確かだ」

「立ち話だけとかオノレオノレオノレ……」

「お、なんか呪術師っぽいな」

 怨嗟の声に怯むどころかくつくつと笑った竜胆が、よしと頷いた。


「じゃ、お互い集中して終わらせちまおうぜ。2人とも終わり次第行こうなー」

「おう! あ、疾もさそわね?」

「ん? 珍しいな」

「竜胆と疾の手合わせは見応えがあるので」


 物凄く率直に注文を出すと、軽く目を見張った竜胆が何とも言えない苦笑を漏らす。

「あーまあ、俺の動きにガチで付いてくるの疾だけだし、俺も疾がいた方が楽しいけどな。……けどどうやって誘うんだ? お前ら連絡先交換してんのか?」

「そうだった……」


 鬼狩りとして呼び出されて待ち合わせる場所は決まってるし、時間も一定だし、疾と連絡を取り合う必要なんて無かった。必要も無いのに連絡を取り合おうなんて発想も、疾には無かった。俺? 割と普通にSNSとか使っちゃうぞ、現代高校生ですから。


「緊急の呼び出しはあっちが魔術使って来るんだよなー。始めて唐突に魔法陣が部屋に浮かんだときは腰抜かした」

「携帯は?」

「あいつがアドレス交換する様子が、俺にはどうしても思い浮かばん」


 そんな友好的なやりとりを、疾相手に出来る奴がいれば見てみたい。


「けどこーゆー時にはやっぱ不便だなー」

「不便だろそりゃ。家知ってんなら会いに行けば良いだろうけど、知らねえんだろ?」

「あいつの住処知った日には、きっと俺、常葉ごと消されるわ」

「疾って……」


 何とも言えない顔で首を傾げる竜胆。分かるぞ、俺も色々知っていく度にどん引きしたもんだ。


「んー、でもあいつも訓練は嫌がらねえしなー……誘いてえ。どうすっかな」

「それこそ呪術で連絡とってみたらいんじゃねえの?」

「それだ!」

「あ、馬鹿」


 がばっと立ち上が……ろうとして、紐に引っ張られてバランスを崩した。ぐらっと仰け反って慌てるも、宙に浮いた足ではバタバタともがくことしか出来ねえ。


「のわあぁあっ!?」


 がったーん。


 ものの見事に仰向けに倒れた俺をしばらく無表情で見て、竜胆が顔を背けた。


「竜胆てめえ!?」

「いや、わり……あんまり見事にひっくり返ったから、つい」

「椅子に縛り付けた張本人が肩を震わせますか!?」

 ぎゃあと喚いても笑うのをやめない竜胆が、笑ったまま椅子をひょいと引き起こした。


「んで? 連絡とるような呪術ってあんの?」

「ここで戻す!?」

「え、もうちょいからかった方が良いのか」

「選択肢が疾の影響を受けてる!?」


 この相当善良な竜胆が影響されるとか、疾の性格の悪さ恐るべし。


「くっそう……呪術の中に、呪いのメッセージを送るみたいなのいくつかあんじゃん?」

「あー、あるな。でも瑠依、呪うのは出来ねえんじゃねえの? 呪術師だけど」

「出来ねえよ怖ぇもん! けど「ただの伝言」だと思えばきっと出来なくも無い! 気がする!」

「うん……ホント瑠依の呪術って謎だよなあ」

 何かしみじみと言ってる竜胆を無視して、俺は気合いを入れ直した。


「おっし、さっさとこんな嫌なものは片付けて、呪術で疾に連絡入れて驚かせてやる!」

「微妙に目的が変わってきてんぞ……まあいいけど」


 竜胆の呆れ声をスルーして、俺は意気揚々とシャーペンを握った。


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