覚え間違いなんてよくあることです
勿論俺は直ぐに戻ろうとした。だってやだもん、こんなおっかねえとこ1人で何とかするとか。
が、振り返っても一寸先は闇。どうやら疾は俺達を、瘴気で視界すらままならない真っ直中に蹴り込んで下さりやがったらしい。
「ここまでされるようなこと、俺してねえし! アイツの方がよっぽど鬼だ!」
「あはは、じゃあ鬼狩りの瑠依が狩る?」
「無理に決まってる……」
吠えたそばから常葉に水を差され、俺はがっくりと肩を落とした。ああ、愛しのお布団に潜り込みたい。
とにかく、戻れないなら進むしかない。結界を維持することに集中しつつ、常葉と2人真っ暗闇の中をずんずんと歩いた。
「なんか出そうだねー♪」
「やめろ常葉、フラグ立てるんじゃない」
「えー。だって、そういうの狩るのも瑠依のお仕事なんでしょ?」
「馬鹿言うな、俺は鬼担当! ユーレイ出たら全力で逃げるわ!」
「瑠依の足だと直ぐ捕まりそうだねー」
「うっせ!」
常葉の冷やかしにがおうと吠えると、ケタケタ笑いやがる。こいつほんっとうに平気なのか。心臓に毛が生えているとしか思えん。
「あ、常葉。取り敢えず注意事項として、この結界からぜってー出るなよ?」
「んー、あんまり出たいとは思わないけど。何でわざわざ言ったの?」
「瘴気ってやべえから」
平和に暮らそうって妖までも人を喰らう鬼にしてしまう瘴気を、人間が浴びたら? やべえに決まってるじゃないか。
「鬼狩りが何に1番気を使うって、攻撃を避けることなんだよな」
「うん?」
ちょっと話が飛んだからか、常葉が首を傾げる。
「鬼の攻撃が強くて、大怪我しちゃうからとかじゃなく?」
「とかじゃなく。いやまあ、それもあるけどな。1番おっかねえのが、鬼の攻撃で怪我すっと、一緒に瘴気も傷に入っちゃうらしい。なんだっけ、はふうしょうとかなんとかいう病気あるだろ、あんな感じ」
「……瑠依、病気の名前もっかい言ってみてー?」
「ん? はふうしょう?」
「ぷっ……あはは! あははは!」
「なんだよ!?」
人が真面目に話をしてるってのに、いきなり吹き出しやがった失礼極まりない幼馴染みは、目に涙を浮かべまでして笑い転げる。
「あはは、あっははははっ! ねえねえ瑠依、あとでさ、それ竜胆君と疾君にも言って言って! 激レア疾君の大笑い顔が見られるかもしれないし!」
「お断りだ!?」
「じゃあ私が言っちゃおーっと♪」
ものすっごく楽しそうな顔で言う常葉に思わず脳天チョップ。俺の手が痛いだけだったよくそう。
「それでそれで? 瘴気も傷から入ると、具合悪くなっちゃっうの? はふうしょうみたいに……ぷくくっ」
「しつこい!?」
取り敢えず、後で正しい名前は調べておこうと思った。常葉に聞く? ぜってー嘘吹き込まれるから却下。
「くっそ……傷から入った瘴気が全身を回ると、風邪のひでえ状態になるんだよ。傷もどんどん悪化する。病院行っても病気じゃねえからなおんねーし、厄介なんだよ」
「ふんふん。もし怪我しちゃったらどーするの?」
ようやく笑いを収めた常葉の問いかけに、遠い所を見ながら答える。
「基本は、浄化の術を治癒の術より先にかける。ただ、怪我してからの時間によっちゃあ、全身に回っちまった分が取り除けねーから、寝込む。寝て自己回復力に任せる」
「へー、確かにそれは怪我回避したいねー。他に方法は無いの?」
「……多分? 竜胆に聞いてみれば」
俺の知る限りはこれだけだけど、先輩鬼狩りでもある竜胆ならもうちっと知ってるかもしれない。後は……
「疾が魔術方面で方法知ってるかもな。教えてくれるかと実行してくれるかは別として」
「そっかー。聞いてみよっと♪」
「命知らずめ……」
こいつ、異能に妙な自信持ちやがったのか、あの物騒な疾相手に一切遠慮しねえ。やめろよなホント、その八つ当たりは俺に来るんだぞ。
「ちなみに、うっかり疾に傷の処置を頼むと……」
「あれ、もう頼んだ事あるんだ?」
「術力切らしてな。……銃弾打ち込んでくる」
「へ」
目を丸くする常葉に、もう1度言う。大事なことだもんな。
「銃弾打ち込んでくる。あいつの銃弾が鬼消せるの知ってるだろ? あれを傷に直接どかんとぶち込まれました」
あの時は死んだと思った、いやマジで。そして、2度と頼むような目に遭うまいと誓った。
……お陰で寝込まずにすんだけどさ、流石に礼言う気にはならねえし。しかも、きっちり対価とか言って色々注文付けられたし。やっぱアイツ鬼。
「あははっ、疾君ってやっぱりおもしろーい」
「あれを面白いと言える常葉の神経がわかんねーし。あの塩対応につきまとえるその神経もわかんねーし」
「それは当たり前だよ瑠依! あの理想の筋肉だけでもすんばらしいのに、超美貌! 最初に見た時、私の妄想がやばすぎて幻覚かと思ったもん! あれを追わないなんて女子じゃない!」
「世界中の女子に謝れ、変態。あーもー帰りてー……発見」
駄々漏れる変態発言についに本音が漏れ出たところで、瘴気の出所を発見した。