異能と趣味が一致すると厄介です
「なんでいる」
「常葉」
「ちっ、やっぱ偶然じゃねえのかよ」
端的に告げるとそれだけで納得した疾が、舌打ちする。物凄く嫌そうな目でもそもそと立ち上がる常葉に目をやった。
「前見つかってから3ヶ月か。段々ペースが上がってやがるが、どうなってんだ」
「愛はパワーアップの源なんだよ!」
「だとさ」
「吐き気がする。……つうか、また行動範囲見直しかよ」
はあ、と溜息をつく疾。いやまじで、コイツのこんな反応、他で見た事ねえわ。
「何、買い物ルートだったのか?」
左手に提げたビニール袋に目をやりながら聞く。生活臭のするアイテムが異様に似合わねえな。
「何度か立ち寄っただけだ。輸入物のワインがそこそこ美味い」
「おい高校生」
「あっちじゃ普通に飲んでんだよ」
面倒臭げにあしらわれたが、駄目だろ未成年飲酒。
「んなことはどうでもいいとして、そこの変態。どうやってまだ数える程しか行ってない店突き止めやがった」
「愛の力!」
「戯言は良いから具体的な情報源を吐け」
「私の愛の情報網が、スーパーにいる疾君の姿を捕捉! そこから目撃情報をより合わせて、この道を通る確率80%を叩き出したの! 今日来るかどうかは55%だったよ!」
「おい、こいつどんだけぶっとんだ情報網持ってやがる」
半眼で睨まれ、すいと視線を外した。
「おい」
「俺にも理解出来ないレベル。少なくともうちの高校の女子は全員陥落してる可能性有」
「女って変態しかいねえの?」
「そうは思いたくない……常葉の変態はきっと空気感染なんだ……女子限定の」
「なあ……疾」
それまでやり取りを硬直して見ていた竜胆が、怖々と疾に話しかけた。1つ息をついた疾が、無言で視線を向けて促す。
「その子、知り合いだったのか?」
「ストーカー」
「は?」
「ストーカー。誰にも住んでる所喋ってねえのに、謎の人脈で的確に行動範囲を分析して待ち伏せしてくる、プロの情報屋顔負けの真性の変態」
「馬鹿がご迷惑をお掛けします……」
深々と頭を下げて謝罪する。いやもう、常葉の暴走は本当に洒落にならねえ。
「まあコレにばれたら行動範囲見直すってサイクル、丁度良いアラート代わりなんだが……いつか家までばれそうなのがな」
「……ええと、なんかよく分かんねえ」
竜胆が困った顔になる。いや多分、どんどん訳の分からん事が起こって混乱してるんだろうけど。分かるぞ、俺もそっち側に帰りたい。いや、お布団に帰りたい。
「あー疾、任せた」
「俺かよ」
「どこまでばらして良いのか分かんねえ。迂闊にばらして蹴られるのはもうごめんです」
率直に言うと、疾が意外そうな目を向けてきた。
「馬鹿にも馬鹿なりに学習能力があったのか、驚きだな」
「なあ、なんで疾って俺にそんな辛辣なの?」
割とマジで発した問いかけは完全に無視され、疾は竜胆に目を向けて淡々と言う。
「俺が学校に登録した住所その他個人情報は全部デマだ。加えて行動もワンパターンにしねえようにしてる。恨み買ってるからな、家まで付けられて寝込みを襲われるのはごめんだ」
「いや何してんだ」
「なのにそこの変態はどうやってんのか、同じような変態趣味を持つ奴らと結託して俺の目撃情報を繋ぎ合わせて、行動範囲を分析して待ち伏せしやがる」
「正確には、常葉の提供する「各人の理想のフェチ」なるものの持ち主を紹介されて骨抜きになった常葉の同士が、そのまま情報網になってるらしいです」
「いらなさすぎる情報どーも」
捕捉はバッサリ切り捨てられた。いやそうなんだけど、その子達は常葉みたいな変態じゃねーし……名誉毀損だろぶっちゃけ。
「あー……疾目立つしな」
一方竜胆は少し納得の色を浮かべる。疾の外見から、目撃云々は理解しやすかったらしい。けど、疾は逆に眉を寄せた。
「阿呆、目立つって事は少し工夫すれば姿消しやすいんだよ。暗殺者すら巻いてるってのに、なんでただの女子高生にばれるんだマジで」
「それ以前に暗殺者って何だよ、寧ろ俺はそっちの方が気になってきたぞ」
「真っ当なツッコミだけどな竜胆、聞いたら負けだぞ」
「はあ……」
ちょっと呆れたような声を出した竜胆の脇から、にゅっと常葉が顔を出した。
「そんなことより疾君!」
「うわっ!? 気配ねえんだけど何これ!?」
「たまにそうなるんだ、諦めろ」
「なあ言ってる意味分かってんのか!?」
分かっているとも、半妖の鼻も誤魔化せる異常についてはもう気にしたら負けだって。諦めろ、そしてもう布団に帰ろう。
そう訴えたいとこだけど、常葉が疾に詰め寄りだしたので監視しておく。いや、この先の展開は分かってんだけどな。
「今日という今日こそは是非触らせて!」
「消えろ変態」
「せめて腕! 腕スリスリさせて!」
「いっそこの世から消えるか?」
割と殺気立った声、傍から聞いてる俺でもおっかないのに、至上の獲物を目の前にした常葉はビビリもしねえ。
「ねえねえいいじゃない、ちょっとだけ♡ その綺麗に鍛えた腕を讃えるだけだし!」
「瑠依」
「悪い、無理」
低い声で何とかしろと恫喝されたけど、さっき以上にトランス入った常葉を止めるとか、無理。その代わり、ゴーサインを無言で出した。
「ほらほらその重いワインボトルが6本も入ってるのに動じない前腕部を」
言いながら、陸上部の肩書きに恥じない素早さで疾との距離を詰め、腕に手を伸ばした常葉は。
「きゃう!?」
悲鳴を掻き消す勢いの鈍い音と共に吹っ飛んだ。すげえ、数メートル宙飛んでバウンドしてら。
「なっ、疾! 何してる!?」
「変態を追い払った」
しれっと涼しい顔で言った疾は、何事もなく常葉を蹴り飛ばした足を下ろした。竜胆が血相を変えて怒鳴りつける。
「追い払ったじゃねえ! 疾の蹴りなんかただの女の子が喰らったら、怪我じゃ」
「相変わらず疾君の蹴り、サイッコー!」
「すま、な……え?」
竜胆が固まった。ぎくしゃくと、常葉が蹴り飛ばされた方向を振り返る。
「大臀筋と中殿筋、梨状筋と内転筋で拮抗させてバランスをとった軸足にのせて、腸腰筋と大腿直筋を無駄なく使った素早い屈曲! 更にハムストリングで屈曲させた膝を、腹筋背筋足の筋肉全て使ったバネで蹴り出す勢いとしなやかさ! 満点だよう!」
全く無傷の常葉が、目をキラッキラさせ胸の前で手を組んでいた。口から駄々漏れたナニカは、もう理解したくもねえわ。
「怪我がなんだって?」
「……何で無傷なんだ……?」
そろそろ化け物でも見るような目になってきた竜胆の肩をポンと叩き、俺は常葉の最も厄介と言えるそれ——異能を、口にした。
「常葉はな……『物理的攻撃が一切通用しない』んだよ」
「しかもそれを良い事にああやって攻撃を受けるのを悦ぶドM。救いようもねえ。あんなもの蹴りたくもないが、しつこいときはこうするしかねえんだよ」
「うわあ……」
基本俺達のやらかすことなしちゃうこと全部溜息と苦笑で流す、器のでかさでは鬼狩りの中でもトップクラスな竜胆が心底引いた声を出すのを、俺は初めて聞いた。