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鬼は外、布団が内  作者: 吾桜紫苑
第2章 学校に行ったって帰りたい
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変態は勇者をも超えるようです

「せいっ」

「あいたっ!?」

 掛け声と共に手刀を常葉の頭に振り下ろす。悲鳴をあげる常葉の襟首をしっかり握って捕獲。


「そこまでな。竜胆ガチでびびってるから」

「えええ、これからなのにー」

「まだ追い込む気か」

 既に竜胆は思い切り腰が引けてるというのに、これ以上何をすると。


「てか、そんなに筋肉好きなら、いっそジムのバイトでもすりゃーいいだろ。うちの高校バイトOKなんだしさ。ムキムキの筋肉自慢三昧だぞ」

「分かってない!」

 名案だと思ったのに、食い気味に言い返された。

「分かりたくねえし」

「瑠依は分かってない! あれは駄目だよ!」

「分かりたくねえし。後ジムに日参してる人々に謝れ」

「私が好きなのは筋肉じゃなくて、美しい筋肉なの!」

「うわあ聞いてねえ」

 熱く語り出した変態に、思わず襟首を掴む手を離す。常葉は振り返り、何故かファインティングポーズを取って尚も語り続けた。


「ただムキムキになる為だけに付けられた筋肉なんて視界の暴力、というか筋肉への冒涜! 筋肉っていうのは身体を動かす為にあるんだよ!? 筋肉の重みで身体の動きが鈍くなった奴なんてもはや犯罪! ただ筋トレすればオーケーなんて、そんなの許される訳がないんだから! 筋肉見せ自慢したいゴリマッチョなんてお断り!」

「さよか」

「大事なのは強さと柔らかさの同居! 筋力を付けるだけじゃ意味がない、自由に動かせて始めて価値がある! よって私が愛するのは、無駄無駄しく盛り上がった筋肉じゃなくて、バランス良く引き締まったしなやかなアスリートの筋肉! 血管が浮き上がっていれば尚よし!」

「へーへー」


 欠伸混じりに相槌を打つ俺に、ちょっと冷静になったらしい竜胆が恐る恐る声をかけてきた。

「る、瑠依……」

「気にするな竜胆、どうせ相槌なくたってしばらく語ってるから」

「そ、そうか……」


「その点! 竜胆君は完璧だと思うの♪」

「はいっ!?」

 が、イキナリ名指しで呼ばれて再び声を裏返らせる。頑張れ、この感じだともうちょいガス抜きしないと止まらねーから。


「全ての筋肉が無駄なく使われていると一目で分かるバランスの良さ! 柔軟性も完璧、筋量もかなりあるし♪ 身長182センチ体重78キロ、体脂肪率8%! 握力50キロは軽いわよね! さいっこうのアスリート体型だと思うの♡」

「なんっ、え、どういう事だ!?」

「したくねーけど解説すると、ソイツ筋肉好き拗らせて、服の上からでもスリーサイズ他諸々分かるから」


 特殊技能へんたいどの説明をすると、竜胆がずざっと更に常葉から距離をとった。その当人は、笑いながらひらひらと手を振る。


「やだなあ瑠依、いくら私でも体育の時間がなければここまで正確に分からないよー」

「常葉! また男子の体育授業のぞき見たのかよ! 何度も捕まってるんだから懲りろ!?」


 寧ろ覗きの方が問題だと気付けと。言ってやめるならやめるんだろーけどさ。


「やだよ! 体操服から伸びる手足は格別美しいもん!」

「開き直るな!?」


 ほら、悪びれてねえ。


「いやー、瑠依はへなちょこのオチビさんだけど、瑠依の周りには私の理想が沢山いてとっても嬉しい♪」

「……常葉、その無駄技能を使える場所がある。マネージャーだ、運動部のマネージャーとしてデータ管理してやれ。お前は走るよりその方があってる」


 割と真剣に言ってみる。日々校内を飛び回って理想の筋肉観賞すとーかーこういをしてドン引きされるよか、部員の精神的ストレスを犠牲に実績に貢献した方がまだましだ。主に、常葉のストッパーと認識されちまってる俺の精神衛生上な。


「それねー。私も最初はそのつもりだったんだけど……」

「うわ、やな予感しかしねえフリ」

「最初はありがたがってもらえたんだけど、どの部も1週間以内にやんわり拒否されちゃったんだー」

「プロでも手に負えないか……」

「あっでもでも、陸上部のすらっと引き締まった脚を毎日拝めるから十分楽しいよー。腓腹筋やヒラメ筋からアキレス腱が踵まで1本通ってるあのジャスティスは、ホント毎日眺めても飽きないよね」

「……陸上部の奴らに、今度なんか奢ってやらねーとな……」


 陸上部は常葉の熱意に押し負けた犠牲者だったらしい。押しつけられたか……すまん、コイツ脚だけは早いから許してやってくれ。


「そんなことはともかく竜胆君、せめて握手! 握手だけでも良いからお願い! その握力を直に味わってみたいから、是非全力で握りしめて! 骨が砕ける勢いで♪」

「いや、それもちょっと……砕ける!?」

 常葉のぶっ飛んだ発言に竜胆が目を剥いた辺りで、俺は2度目のレフェリーに入った。


「常葉、ハウス」

「ひどっ! ……うーん、まあいっか。これから少しずつお願いすれば良いもーんね♪」

「諦めろよ」

「諦める訳ないよ!」

「諦めろよ!」


 何度目か数えるのも虚しい訴えを無視して、常葉は猫のように伸びをする。

「うーん、隠してるの疲れてきてたから、すっきりしたー。これで隠さず竜胆君を観賞できるしね♪」

 さらっと宣言した常葉に顔を引き攣らせ、竜胆は割と本気で弱った顔を俺に向けた。


「……なあ、俺これどうすれば良いの?」

「諦めろ。あんまりうざかったらぶっ飛ばせ」

「いやそりゃ駄目だろ」

「大丈夫だ、これは問題無い」

「大ありだろ」


 言い合いが泥沼化しかけたので、一旦黙る。いや、見なきゃ分からんだろうし。そしてそれが今日見られる確率は、と改めて常葉を振り返った。


「で、常葉。今日の目的はコレだったのか?」

「はっ!? 私としたことが、忘れかけていただなんて!」

「デスヨネー」

 はっとした顔で振り返った常葉に、俺は諦め混じりに溜息をつく。構わず腕時計を見て時間を確認した常葉は、首を傾げた竜胆と俺を振り返り、びしっと指をさした。


「時刻は午後8時3分! 私の予想では後10分以内、確率55%!」


「うわ、高ぇ。もういっそ怖ぇわ」

「な、何が?」

 常葉の言動には危機感を覚えるべきとやっと分かったらしい竜胆が、恐る恐る聞いてくる。聞こえちゃいねえ常葉が、きっぱりと指示をして来やがった。


「2人とも、そこの塀に張り付いて、一言も喋らず待ってて! もしも気付かれたら……ふふふふふ」

「おまえマジで末期だぞ……」


 危ない笑いを漏らし始めた常葉がヤバイ。何かもう、俺の手に負えねえんだけど。帰っちゃ駄目か?


「先に帰r」

「駄目、そっちから来るんだもん」

「天は俺を見放すか……」


 心の中で涙を流しつつ、大人しく指示に従う。ああ、俺のお布団にはいつ会えるんだ……。


 竜胆と2人、塀に張り付いて無言で待つ。竜胆がもの問いたげな空気だけど、今声を出すのはまずいと分かっているらしい。うむ、賢明だ。


 鬼狩り任務の時より遥かに不審者な感じの俺達が待つこと8分、足音が聞こえ始めた。無言で常葉を見ると、目を爛々と——きらきらとじゃないからな、ココ重要——輝かせてぐっと親指を立ててくる。


 ……俺は知らん。


 足音が段々大きくなってきて、ついに直ぐ近くまできた。こっちに気付いてないのか一定の歩調を刻む脚が、まさに曲がり角にかかった時——


「会いたかったよう、疾くーへぶっ!?」


 ガツッ、ゴロゴロゴロ。


 効果音にするならそんな感じで、日本一有名なダイブをかました常葉が、無造作に脚を引っかけられて見事に顔からすっ転んだ。


 ……これが幼馴染みだぜ、何が羨ましいって? マジで誰か、クーリングオフなしで受けとってくんねえか。


「……あ?」

 常葉をひっかけた当の本人は、どうやら音楽を聴いてたらしい。ヘッドフォンを耳から引き剥がして顔を上げ——ここまで無意識ってのもどうなんだ——、俺らの姿を確認した疾が、心底嫌そうな顔をした。


 コイツにこの顔をさせるという点で、変態は勇者を超えるんだなとしみじみ思った。


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