抉るような言葉の数々に折れそうです
その日の夜。新月の見回りに行くいつもより1時間も早く、疾経由で冥府から招集がかかった。
「ホントありえねえ、ただでさえ短い睡眠時間を削るとか許し難し……というわけでお休みなさい」
「……瑠依。いい加減にしねえとマジでベッド叩き折るぞ」
「俺がいつまでもその脅しに屈すると思ったら大間違いだぞ竜胆!」
掛け布団から顔を出してドヤ顔してやると、竜胆がイラッとした顔をした。ふふん、そんな顔をしても無駄だぞ。今日の俺はひと味違うからな!
「今日のオフトゥン様は俺が全力で組み上げた呪術で強化してある! 竜胆が本気出してオフトゥンを壊そうったってそうはいかないぞ! その前に部屋がぶっ壊れるからな!」
これが疾だったら1秒も迷わずに部屋ごとぶっ壊すだろうけど、今俺の前にいるのは疾にすら面倒見の良さを発揮するみんなのおかん、竜胆だ。お袋様に迷惑を掛けると分かっていて部屋をぶっ壊す真似なんてすまい!
「……うっぜー」
「ふはは! 何とでも言えば良い! オフトゥンを奪おうったってそうはいかないぞ!」
「はあ……まあいいや」
ひょい。
「……あれ?」
なんか、視界がやけに高い気がする……ってちょっと待って!?
「ベッドごと持ち上げるとかアホか!?」
「さーてこのまま窓から放り投げちまうかー」
「待ってやめて死ぬ死んじゃう!? 負けを認めるから下ろして!!」
悲鳴混じりに投降する。ベッドが下ろされるのを待って渋々這い出たところで、がっつんと拳固を落とされた。いってえ、目の前に星が散った。
「おら、急いで支度しろ馬鹿瑠依。また遅刻するぞ」
「くっそう……帰りたい」
痛む頭を撫でさすりつつ、竜胆に急かされるままに俺は支度を済ませ、竜胆に担がれて窓から出発した。
***
「遅ぇ」
「ごふうっ」
……開口一番これだよ。胃の中の物がリバースするのを必死で堪えつつ、俺は鳩尾の痛みに蹲った。
「悪い、最近悪知恵を覚えてきちまった」
「幼稚園児の悪戯レベルなんだから問答無用でふん縛ってでも連れてこい」
「言われようが酷」
だん! と顔の直ぐ横の地面を靴が深々と抉ったのを見て、俺は素早く土下座に移行した。
「すみませんごめんなさい、全部俺のせいです許してくださ、いっ!?」
「安っぽい謝罪だな」
……ああうん、これ間違いなく機嫌悪いわ。いくら何でも普段はのっけからここまでの苛立ちモードじゃねえもん。確実にストレス溜まってるんだろうなー、菅野さんの件。
ねえ、言って良い? 俺、全然関係無いんだけど、なんで八つ当たりされてんの?
「あー……疾もまあ、程々にな?」
「この馬鹿には体に覚えさせる以外に道はねえだろ」
竜胆がどうどうと宥めると、疾はふんっと鼻を鳴らして追い打ちの毒舌を吐きながらも取り敢えず足をどけてくれた。ああもう、帰りたい。
「行くぞ」
「おう」
疾は一声だけ掛けて、俺が立ち上がるのも待たずに歩き出した。このまま帰りたいなーと思ったけど、そんな事しようものなら確実にフルボッコ確定なので大人しく付いていく。
「……なあ、疾」
冥府へ繋がる不思議道を進む途中、竜胆が疾に声を掛けた。疾が視線だけをよこす。
「……やな予感がするの、俺だけ?」
「はん」
竜胆の問いかけに、疾は鼻で笑って見せた。
「竜胆。そこの馬鹿に今後も長々と苦労させられるだろうお前に教えておいてやる。十二分に状況証拠が集まっていて尚「嫌な予感」なんてふわふわした言葉に逃げたところで、これっぽっちも生産性がねえ。現実から目を逸らしてる暇があったら、今後どうすりゃいいのか、その足りない頭をちったあ働かせて考えやがれ」
「……おう」
やばい。疾が超機嫌悪い。おかんにここまで毒舌吐くの初めて見た。
顔を引きつらせてる竜胆の肩をぽんぽんと叩き、俺はこれ以上疾を刺激しないよう、黙って歩こうとして……ん? と首を傾げた。
「なあ。竜胆の言う「やな予感」って何?」
「……」
「え、何その目」
途端竜胆と疾から無言でじっと見つめられて、ちょっとたじろぐ。疾が目を細めて竜胆に顔を向けた。
「竜胆」
「おう。……全く気づく気配もなかったぞ」
「なるほど」
一つ頷くと、疾は俺をまっすぐ見てしみじみ言った。
「つくづく、役立たずだな」
「おい!?」
「ま、そもそも期待していないさ。とはいえ、仮にも一応呪術師の端くれにして鬼狩りを一年以上務めているにも関わらず、その目の節穴度合いはどうかと思うが」
「だから何のこと!?」
何で俺唐突にめちゃくちゃこき下ろされてるわけ帰りたい!
「何のことか分からねえから節穴だっつってんだろうがボケ。ちったあ迷惑をかけられ続けるどころか足を引っ張られる方の身にもなれよ」
「身に覚え……はあるけども! 俺今回はまだなんもしてなくね!?」
むしろいろいろやらかしてクラスメイトドン引きさせたのは疾の方だろ!?
「はー……そうだな、俺が馬鹿だった。瑠衣が脳の二次発酵が始まるレベルで知力記憶力に支障を来していると分かっていて、あれほど分かりやすい気配に気づいているかもしれないだなどと淡い期待を抱くとは、俺もまだまだ希望的観測ってやつを捨て切れてないようだ。竜胆のことを言えねえな、悪かった」
「いや、あの……うん。まあ、ほどほどにな?」
「なんかよく分からないけど懇切丁寧な台詞の全部が俺をディスってない?!」
「何だ嫌みを嫌みと理解出来たのか、驚いたな」
「言われよう!!」
ホントこいつ悪口言わせたら天下一品だな! 無口だとかシャイだとか言ってるクラスメイトに聞かせてやりたいわ!!
「何なんだよもう説明くらいしてくれたっていいだろ!? 帰りたい!!」
「そのやる気のかけらも見られない発言しか出来ない残念な脳みそに、どんな情報も無価値だろうが。そんな阿呆のために何故俺が時間と労力をかけて説明してやらなきゃなんねーんだ、馬鹿馬鹿しい」
「理不尽!!」
辻山のディスりがもはや優しい言葉に感じるレベルでけなされまくってもうホント帰りたい!!