ちゃっかり先に帰ってやがるんです
「で。気絶した俺を冥官がここに連れてきて、あの医務官に治療を受けたわけだが。なあ竜胆、こんな背景を踏まえた上で、冥官の膝元でのうのうと出された薬を飲んで療養出来る程、てめーの感性はなまくらか?」
「……ごめん。マジで、俺が悪かった」
青醒めた竜胆が深々と頭を下げる。全力で謝罪されて、逆に少しこっちが引いた。
(……お人好し)
他人事にそこまで顔色を変えられるというのも、なんだか妙な気分にさせられる。しかも、一年以上前の話だ。
「別に。ま、あの馬鹿がやたらと冥官に怯えていたのはそういう訳だ。ついでに、冥官に訓練を施されるというえげつなさに若干同情する」
「いや若干じゃないだろ」
竜胆が何やら妙な顔をしつつも突っ込んでくる。軽く首を傾げて応じた。
「そうか? 何せ過去の話だからな。記憶は大袈裟に記憶されるものだ、若干は誇張もあるだろうよ。何より、他人事だ」
「おま……助けてもらった癖に」
「別に瑠依が来なくてもアレで終わりだった」
丁度人が止めを刺される瞬間に乱入してきたあの阿呆は、相変わらず悪運が強い。あれ以外のタイミングで結界を壊せば、冥官の攻撃の余波で消し飛んでいた。
「つうか、俺があんな目に遭ったそもそもの原因は、あの馬鹿が人鬼から逃げた上に、未熟な神力ダダ漏らしていたのに俺が影響を受けたからだぜ。仮に助けられたとしても感謝出来るか」
「は?」
目を丸くする竜胆に、頷いてみせる。
「今ですら周囲の術をぶっ壊すが、当時の馬鹿は周囲に容赦なくジャミングと共振波ばらまいてる様なもんだった。お陰で俺の神力の素質に、冥官が気付いたんだよ」
魔力はともかく異能は細心の注意を払って隠していた俺を、一目で冥官が見破れたのは明らかにあの馬鹿のせいというのは、当時を知る鬼狩りなら暗黙の了解だ。別に言いがかりでも何でもなく、俺にとっては本気であの馬鹿は諸悪の元凶だ。
「…………よし」
暫く黙り込んで頭を抱えていた竜胆が、1つ呟いて立ち上がった。
「悪ぃ、疾。俺行くな」
「一応聞くが、どこにだ」
「いや、瑠依の訓練手伝ってこようと思ってな」
同情していた筈の瑠依に追い打ちをかける辺り、竜胆も色々察したらしい。目が据わりきっている。
「あそ。行ってこい」
「おう」
ひらひらと手を振って見送り、今度こそベッドから下りた。
「……隠し事がお上手ね」
「あんたよりはな」
盗み聞きには気付いていた。ローラは全て知っていると分かっていての行動だ。
カーテンの影から姿を現したローラは、不機嫌そうな顔で俺を睨み付けていた。
「肝腎な部分だけを隠して話していたわね。器用な事」
「会話スキルの基本だろう?」
「貴方の基本は根本的におかしいのよ」
「なるほど」
薄く笑って肩をすくめる。ローラがきつく眉を寄せた。
「疾。私は私の職務上、貴方のその態度は気に入らないわ」
「気に入らないで結構だ。俺は困ってはいない」
「……」
不機嫌そうな顔のローラに片手をあげて、背中を向ける。
「ああ、それから、もう勝手に魔道具に触るなよ」
忠告を投げつけて返事を待たず、医務室を去った。
帰り際、闘技場の側を通った時に、聞き慣れた情けない悲鳴が響き渡っているのが聞こえてきた。思わず苦笑する。
「元気なこった」
どの程度手加減しているのかは知らないが、少なくとも俺が冥官を相手にした時、あんな風に喚き散らす余裕などない。……というか24時間喚き続ける体力がまずよく分からない。
「何にも自覚してない才能を鍛える、ねえ。冥官も物好きだ」
冥官自らが構築した結界を破壊した、その能力は未だ底知れず。……当人にやる気が無いせいで本気が見られないからという理由が情けなさ過ぎるが。
一瞬、個人訓練をして帰ろうかとも思ったが、思い直して足を出口に向けた。下手に残ると巻き込まれる。
「ま、頑張れよ」
少なくとも、味方を害さない程度には力の制御をしなければ、いつか自爆する。……自爆の筈なのに死ぬのはこっちな気がするのは何故だろうか。
ある意味知る中で最も規格外な馬鹿に溜息をつきつつ、冥府を後にした。