帰りたいは最強です
なんか帰れない空気のまんま冥府に戻ってきた俺は、冥官がずるずると波瀬を総合闘技場に連れ去っていくのを見送らされていた。
「瑠依、これは一体どういうことなの?」
超絶レアな当惑した様子の鬼狩り局長フレア様に捕まって、事情の説明を求められたからですね、帰りたい。
うん、まあ、そうだよな。わっかんねえよな。
唐突に現れた冥官が、見知らぬ少年ひっさげて総合闘技場に引きこもりましたー、で状況が把握出来るとしたら、それはもう読心ですかとしか思えない。
「えーっと……どういう事なんでしょうね……」
「……ふざけてるの?」
「いいえ全く」
だって一部始終を見させられた俺だって意味分かんないよ? アレを説明しろって何、どんなメンタルテロ?
「ぶっちゃけ、目の前でトラウマ画像量産された気分です」
「はあ?」
苛立ったように眉を寄せたフレア様は、次の瞬間にこりと微笑んだ。
「瑠依」
「はい?」
「ちゃんと説明するまで帰さないわよ」
「だから説明しようがないんですって帰らせて!?」
もうやだ、俺が何したっての? おっかないのはあの冥官だってば!?
「簡単に言うと冥官があいつを力尽くで鬼狩りにしました以上! 帰る!」
やけくそになってそう叫ぶと、しーんと場が静まりかえった。え、今度はなに?
「……何ですって?」
やがてフレア様がゆっくりと尋ねてくる。びくびくしながら、重ねて言う。
「だから、冥官があいつに紋様焼き付けてました。問答無用で」
「……そんな、まさか」
フレア様が大きく息を呑んだ。慌てたように、闘技場の方向を振り返った。
「あの子どもが、そうだって言うの……?」
「?」
一体何ぞや。さっぱり話の見えない俺は1度首を捻ってから、よしと頷いて宣言する。
分からん事に関わってると帰れない、これ世界の法則。当然、関わらずに帰るよな。
「じゃ、俺、帰ります」
「馬鹿を仰い」
「何故に!?」
ちゃんと説明したら帰してくれるって言ったじゃん嘘つき!?
「というより、いいの? 知り合いみたいなのに」
「はい!?」
「どうやら冥官様は、あの子に訓練を施しているみたいよ」
「…………はい?」
待って、今とんでもない言葉が聞こえた。
「くんれん?」
「ええ。……ここ100年生まれなかった、生来神力を備えている人の力を目覚めさせる為の訓練よ。まさか私の代で出会えるとは思わなかったわ」
感慨深げに仰るけど、フレア様。説明ありがとうございます、でもちょっと待って欲しい。
「……冗談でしょ?」
「いいえ。聞こえてくるでしょ? 戦闘音」
言われて耳を澄ませば、そういえば何やらとんでもない爆音と破壊音が。
「……あのう」
「何よ」
「どう聞いても……訓練通り越してバトってません?」
てか、ここにくるときぐったり引き摺られてた波瀬相手に訓練って……意味不明だろ? あれどう考えても医務室行きじゃん、それでバトルって事実上一方的フルボッコじゃね? そんなん帰るだろ?
「あの方が自ら選んで鬼狩りにしたなら、訓練くらいするでしょう」
「いや物事にはタイミングとゆーものが……」
「でも、あの方がどのような訓練を行っているのかは気になるわね。行きましょうか」
「いやだから俺は帰りたいんだって……ねえ聞いて!?」
首根っこ掴んで引き摺られた俺の苦情は、誰にも聞かれず無人の局長室に響いた。
そして連れ去られた先、凄惨な殺戮現場の如き光景を見せつけられる。
「……っ!」
ひゅっと喉が鳴る。総合闘技場は外から観戦出来る構造になっているけど、それをこれほど呪いたくなるとは。これぞ呪術師の本領か、なんて言ってる場合じゃない。
いや、マジで何だよ、このスプラッタ。
部屋中血が飛び散ってるわ、あちこち床やら壁が放射状に皹行ってるわ。なにこの半ば壊れた闘技場、俺ここは壊れないよう守られてるって聞いたんだけど?
そして極めつけに、返り血たっぷり浴びた冥官が、ズタボロでふらふらの波瀬を容赦なくボコしているときた。動きは殆ど見えないんだけど、ちょくちょく壁やら床やらに叩き付けられる波瀬の姿はそこそこはっきり見えて、痛々しいを通り越してやばい。寧ろあれで良くまだ動けてるな、いや逃げないと追撃で死んじゃうだろってのは分かるけども。
「流石の威力ね……保護魔術の上からこんな損壊が出るだなんて」
「いやいやいやいや」
感心したような呟きを漏らすフレア様に、俺は全力で突っ込んだ。
「関心してる場合!? 死ぬじゃんあれ!?」
「運が悪ければ死ぬわね」
「冷静に言ってる場合かよ!」
流石に冷淡すぎる反応に喰ってかかった俺は、フレア様の冷静な言葉に息を呑んだ。
「だって、結界張ってあるんだもの。私達に出来る事なんてないでしょう」
「…………」
オーケー、イラッと来た。その挑発乗ってやる。
その場にどっかと座り込んで、手元にあった呪術具を全部出す。今日は神力1度も使ってないからな、使い切るつもりでやってくれる。
「瑠依?」
フレア様の声はガン無視して、呪術具に神力を込めていく。ひたすら帰りたい気持ちを込めまくって、結界を壊す為の呪術を編み上げた。
「よおし」
すっくと立ち上がった俺は、迷わずそのまま呪術を発動させた。
「ふはは! 俺の帰りたい欲に吹き飛ばされるが良い!」
若干やけくそ気味に、ただし本音を余すことなく叫んで、俺は呪術を結界に叩き付ける。結界は1度大きくたわんで弾き返そうとしたけど──ピシッ。
結界が、ひび割れる。
ピシッ。パシッ。パキッ。
よっしゃ仕上げだ、さあ皆さんご一緒に!
「か え ら せ ろ !」
全力で叫ぶと同時、バキンッ! と音がして、結界がぶっ壊れた。
よっしゃ壊れたさあ帰りたい病の勝ちだ! こんなスプラッタとっとと片付けて帰るぞ!
そう意気揚々と乗り込んだ先、俺は一旦改めてどん引きした。
ついに力尽きたのか仰向けに倒れる波瀬が目に入る。冥官に胸に足を乗せられて押さえつけられたまま、息も絶え絶えだ。
そして。足蹴にしてる冥官はといえば、俺を驚いた様に見ていた。
「瑠依……?」
「もうやめろよこんなの帰れないじゃん!? 見たくないわ俺のMP返せ!」
どん引きした分だけ助走付けてぶち込んだ訴えに、我に返ったように冥官はにこりと笑った。
「そうだな」
「え、ちょ」
「……!」
うん、待とうか。何で冥官様ってば、肯定しながら右手にやばいくらい神力集めてるわけ?
波瀬が焦燥を浮かべて身動ぐも、逃れられないまま。
「これで、終わりにしよう」
「ちょ──!?」
止める暇もあらばこそ。
渾身の正拳が、波瀬に突き刺さった。ほんの僅かに見えた光る障壁が、少しだけ、勢いを弱めたけれど。
──ドン!
空間を震わせる音がして。
「──……」
掠れきった悲鳴が、途絶えた。