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鬼は外、布団が内  作者: 吾桜紫苑
第9章 そして帰りたい日々が始まった
101/116

加減って大事だと思います

「……………………」

 たっぷりと沈黙した竜胆の顔には、ありありと戦慄が浮かび上がっていた。さして描写したつもりはなかったが、どうやらはっきり映像として脳裏に結ばれてしまったようだ。気の毒に。


「……そ、それで、鬼狩りになったのか……」

「まあ、その後の経緯を省略すれば」

「まだあるのかよ!?」


 半ば悲鳴と化した問いかけに、肩をすくめた。


「竜胆、もともとこの話を始めた切欠はなんだった?」

「……いやおい、待て。まさか……」

 ひきつった顔で言葉の続きを口にしない竜胆は、うっすら察しているけど結論を出したくない、とありありと表情で語っていた。


 しつこく尋ねておいて、今更んなこと抜かすんじゃねえ、と思いつつ、構わず話を続けた。



***



 力の暴走の反動と膨大な力の圧、さらに気道への圧迫が尾を引いて、俺は男に引きずられても抵抗できず、なされるがままだった。


(……この、術は……なんだ……?)

 さまざまな魔術を学んできたが、全く正体の見当がつかない術を、すさまじい精度と威力で操る男。正体については、先ほど言霊が乗せられた名乗りで判明している。


 小野篁。平安時代の漢詩学者であり、一方で百人一首に選ばれるほど和歌などにも精通していた人物。昼は参議にまで上り詰めた貴人、夜は冥王の部下として地獄の裁定を行っていたという伝説をもつ男。

 古典で学んだ知識はこの程度だったが、事実だったのか。没後1000年は経っているはずだが、冥府という人知を超えた概念において、寿命などといった常識が通用しないということか。いやそもそも、冥府がどうのと実在していたというのも予想外だが、そのあたりは考えるだけ無駄か。


 問題は、この男がかけた術の正体だ。仕組みさえわかってしまえば破壊するが、どうも造りが見えてこない。複雑さを解読できないというよりは、全く異なる理論体系を扱っているようだ。


 もっとも、体全体にのしかかるような疲労感が思考を酷く鈍らせているのも自覚しているから、そのせいで解読出来ないのかもしれない。


 やがて、どこかの扉を開閉する音が聞こえて、ようやく地面に下ろされた。


「立て」

「……」


 立ち上がりたいのは勿論だが、体に力が入らない。そもそも、動けるならとうに逃げる算段を立てている。


『──立て』


 言霊、と認識した時には、体が勝手に動いていた。震える四肢に力を込めて、立ち上がる。目眩がした。

 それでも顔を上げると、薄く笑みを刷いたかんばせが俺を睥睨していた。


「……何のつもりだ」

「何の?」

 何故か出会った時から楽しげな語調の男が、俺の言葉を繰り返す。立たされているだけで荒れる呼吸を懸命に整え、言葉を紡いだ。

「無理矢理……、命に関わるような真似をしてまで、俺に何をさせる気だ」

「さっき言っただろう?」


 さっき。何らかの制約を込めた術をかけた際の、言霊か。あの時言っていたのは──


「鬼狩り、か」

「そうだ」


 すら、と腰の剣が引き抜かれる。思わず身構えると、男は口元を弧の形に釣り上げた。


「良い気構えだ。武器も良くお前の特徴を捉えて、作られている」

「……」


 銃を握る右手が、無意識に震えた。……何もかも見透かしていると、そう言いたいのか。


「俺は、あんたの気まぐれに付き合ってる暇は無い」

「暇? 気まぐれ? 否、本気だ。鬼狩りを気まぐれや暇潰しだと認識しているなら、今直ぐ改めてもらおうか」



 ──次の瞬間、目の前に立つ男が、剣を振り下ろしていた。



「……っ!」

 半ば無意識下の行動だった。足を半歩引き下げながら重心で剣を受け止め、受け流し、殺しきれなかった勢いには逆らわず体を床に投げ出す。受け身をとって体勢を立て直し、追撃に備えた。


「遅い」

「がっ!?」


 視界が横にぶれる。脇腹に蹴りが入った、と認識した時には吹き飛んでいた。体勢を整える事を捨てて、緩衝魔術を発動する。ほぼ同時に、壁に激突した。


「……っ」

 全身の痺れるような痛みを無視して、壁を蹴る。飛び込むように体を投げ出したほんの数センチ上を、冷たい鋼の刃が走った。



「人鬼は、人の負の念が凝り募って生まれるモノ。力を求めて堕ちた存在のなれの果て」



「かっ……は!?」

 前転して立ち上がった瞬間に飛んできた蹴りをぎりぎりで避けるも、避けた先に置かれていた剣の柄が腹部に突き刺さった。束の間呼吸が止まる。


「故にその力は人智を越え、その早さは人間の知覚を超える」



「ぐ……っ」

 こめかみを狙った拳を首の動きだけで避けるも、目の上を掠めた。溢れ出た血が片目の視界を奪う。



「鬼と成った時点では人間の知性が残っている場合もある。本来妖が時を経て得る知性を、生まれた瞬間に持ち合わせたそれは、根本から戦い方が異なる」



「っ……く、そ……!」

「人鬼との戦いを、身体で覚えろ」



 強い。


 あらゆる攻撃が、こちらの反応を超えてくる。膂力もとてもじゃないが敵わない。読み合いに至っては、反撃どころか回避行動すら読み切られている。圧倒的な実力差が横たわっていた。

 辛うじて急所は避けているが、何度も何度も打ち込まれる攻撃はどれも重く、着実に負荷を蓄積していく。


 破れかぶれに引き金を引くも、弾はあっさりと剣で切りおとされた。返す刃が、肩を掠める。血が舞うのが視界の端に見えた。


 治癒魔術など使う余裕はない。全ての可能性を先読みしても、攻撃を緩和するのがやっと。次第に傷が増えていき、血が流れる。

(……まずい)

 失血は体力の消耗を一気に早める。ただでさえ立つのも怪しかったというのに、このままではジリ貧だ。



「……っらあ!」

 半ばやけくそ気味に、身体強化を宿した蹴りで剣を蹴り飛ばす。痺れる足を直感で操り、軸足に置き換えて宙に飛んだ。


 その場に置き去りにした魔道具が炎を吹き上げる。高位の魔術を込めたトラップは、並みの魔術師なら為す術なく丸焦げに、そうでなくても足止めにはなる。……なるはず、だった。


「つまらないな」

 冷ややかな声がして、炎が逆巻いた。


「!」

 即座に銃を撃ち込んで炎を相殺する。爆風が吹き荒れるも、一瞬で散らされた。


「小細工が通じると思われたなら心外だ」

「な……があっ!?」


 真後ろに聞こえた声に戦慄するより早く、地面に叩き付けられる。地面を抉る程の攻撃に、意識が遠のく。


(──まずい!)

 本能の警告に従って、地面を転がる。刹那、地面に拳が叩き付けられた。直撃してたら、確実に防御を破っていただろう威力は、余波だけで俺の身体を吹き飛ばす。


「俺はまだ、術も使ってないぞ。失望させるな」

「──!」


 来る、と認識した時には、凄まじい力の奔流に呑み込まれた。全身から血が吹き出る。床に落ちた身体が、びしゃりと嫌な音を立てた。


「はあ……っ」

 無理矢理身体を起こし、振り下ろされた剣を銃で受け流す。左手で魔道具を顔目掛けて投げつけながら、右手の引き金を引いた。


 壁に当たった銃弾が、展開して置いた魔術を発動させる。水流が細かく分岐してうねり、敵を捕らえる鎖と成って襲いかかった。


「──だから、小細工はやめろと言っている」

 男がすいと左手で印を切る。あっさりと鎖が砕け散り水と戻って飛び散る。そこに、投げていた魔道具が落ちた。


 壁により掛かってなんとか立つ俺は、頬を歪ませて呟く。

「小細工が俺の精一杯だっての」



 水が、黄金の輝きを帯びて弾けた。



 魔道具に込められた雷の魔術は、水と、床に撒き散らされた俺の血を導電体として四方八方に走り抜け、文字通り光の速さで襲いかかる。──少なからぬ返り血を浴びた、男目掛けて。


 電流が走る音と、肉が焦げる音がした。



「っ……はあ……っ」

 大きく息を吸い込んで、吐き出す。ぐらつく頭を振って、魔力不足の影響を追い出す。

(……消耗が早すぎる……あの力、同系統か)

 どうやら彼の貴人、魔力を打ち消す己の異能と似たような力を持つようだ。小細工として通用する魔術を扱うだけで、魔力切れが起きかけている。


 だが、そんな事で相手が止まるわけもなく、またこの程度で負傷する様な輩でもないのは、始めから分かっていた。



 これは、ただの時間稼ぎ。



「──発想も大した事はないな」

「そりゃ悪かったな」

 冷めきった声が酷評を下すのに、軽口を叩いた。震える右手に持つ銃を握りしめて、漆黒の瞳を真っ直ぐ見返して、大きく息を吸い込む。



 始めから結果の分かりきった戦いに、どんな足掻きも無意味だ。小細工が通用しないならば、自分が何も出来ないほど無力なのは、知り尽くしている。……それでも。



「千年生きる人外を驚かせるようなシロモノなんぞ、持ち合わせちゃいないんでな!」

 言いながら、銃の引き金を連続で引いた。弾をばらまくように撃ち込んで、全ての点を結び合わせて魔法陣と成す。



 全身血まみれで、少し動くだけで軋む様に痛む。

 逃げる事すら許されない閉じた空間で、それでも、引かないのは。



「俺がつまらないのは、その引き際の悪さだ」

「あんたを楽しませるために戦っちゃいねえからな!」



 逃げられないのならば最期まで戦い抗い続けて、殺されて死ぬ、と。

 この世界に足を踏み入れる時から、決めていたからだ。



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