世の中本当に逆らうとやばい人っているんです
「……というか、端から見てるとただの力の暴走っぽかったんですけども。結局、あれってなんだったんですか?」
「ん? 神力を目覚めさせる修行を省略して、力業で引っ張り出したんだよ」
「……」
やっぱりこの人、外道過ぎる。
どん引きした目で見上げる俺に、冥官はにこにこしながら仰った。
「いやだって、人鬼を狩れるだけの力があるんだぞ? いちいち精神修練なんかしなくても、切欠1つで十分かなって」
「……それを許可どころか説明1つなく、場合によっちゃ命に関わる力の暴走を、突然強盗の如くやらかされた疾に、俺は心底同情します……」
あの時も目の前で見ててどん引きしたぞ、俺は。何あの1つ間違えれば殺人現場。怖いよ、俺超帰りたかった。
「いや、でもさ。あれくらいして抵抗奪ってなかったら、多分疾って鬼狩りになってくれなかったよなあ」
「なんで完全犯罪推奨派みたいな事言ってんですかこの人!? あの後追い打ちかけた張本人が開き直んなし!?」
そう。にこにこしれっと言いきるこの人は、まだまだやらかしてくださっていたのである。
***
爆発するような力の奔流に、ぎゅうと目を瞑っていたのはどれくらいの間だったのか。唐突に風が止んで、俺は恐る恐る目を開けた。
「……ひぃ」
ちっせえ悲鳴が漏れた俺、悪くない。だって凄惨な現場ですとしか言いようがない。
ぐったりと地面にうつぶせてるのは、何故かポケットに入ってた拳銃──銃刀法!──だけで、人鬼をさっくり倒した訳の分からんクラスメイト。ただでさえその顔と一言も喋らない無愛想さで浮いてたってのに、何だこのオプション濃すぎだろ。
そんな謎の塊である所の波瀬は、倒れたまま肩を大きく上下させていた。苦しそうな息づかいが聞こえてくるだけで、なんかこっちまで喉が詰まる感じがする。
そして。見てるだけで気の毒になる光景に止めを刺すように、気持ち薄めな笑みを浮かべた冥官が、直ぐ側に立って見下ろしていた。
(うーわー)
何かもう、酷すぎる。何これ、なんでこんなことになってるの?
素朴すぎる疑問は湧くけど、聞ける様子でも無い、というか、下手にここに関わったら帰れなくなる奴。嗚呼、帰りたい。
切実にオフトゥンが恋しくなった俺は、けど冥官が掌を上にした数センチ上空に浮かべた紋様を見て、ひくっと息を呑んだ。
うん、超見覚えがあるな。あれ、俺がフレア様にやられた奴だ。
鬼狩りが鬼狩りである証として、局長から与えられる印のような紋様がある。俺らが鬼狩りである証明をしてくれると同時に、どうも職務放棄出来ないような制約もかかっている、らしい。……やめたくてもやめられないとか、ホントどんなブラック企業なんだろう。嗚呼、帰りたい。
(いやいやいや、じゃなくて。おい、ちょっと待とう?)
たった今、力を暴走させてぐったりしてる波瀬相手に、何故現在それをお浮かべでしょーか……?
制約がある関係上なのか、あれ、地味にめっちゃ痛い。やられた手の甲がひりひりしたなんてもんじゃない、子供の注射の如くギャーギャー喚いたのは何を隠そう俺です。だって痛えんだもん。
(それをこの状況で、しかも相手の許可なくしでかそうとかそんな事言わないよね?)
ちなみにフレア様は、この紋様、やりたくなさというかそういう心情的抵抗感に従って痛みが増すとか超おっかない事言ってた。瑠依はよっぽど嫌なのね、でも逃がさないけどとか余計なこと言われた。帰りたい。
……で。それを無許可の相手からとか、え、やばくね?
とビビリ上がる俺を余所に、冥官は足で波瀬を転がして仰向けにすると、迷うことなくその紋様をぐっと押しつける仕草をした。
「え、ちょ、」
思わず声を掛けかけた俺は、続いて目にした光景に、ぞわっと背筋がそそけ立った。
「か……っ!?」
半ば意識が飛んでたのか、仰向けにされてもほぼ無反応だった波瀬が大きく仰け反る。
(首!? よりによって!?)
力を刻みつける関係上、急所に近ければ近いほど強制力は強いとか、その分やられる方は相当苦しいとか、そんな話が景気よく頭の中でぐるぐる回る。
「は……ぁ……っ」
吐息混じりの呻き声を漏らしながら、波瀬が喉元に手を当てる。爪が食い込んで裂けた皮膚から滲む血が痛々しい。
──けれど。
(……え?)
ふわりと、弱々しい燐光が波瀬の手元で瞬いた。それはみるみるうちに強さを増して、紋様を押し返し始める。
(はあっ!?)
何それ訳分かんないんですけど!?
「ははっ!」
冥官が笑い声を上げた。心底嬉しそうな顔をして、あえぐように空気を取り込んでいる波瀬を見下ろす。
……この瞬間、俺に出来ることは、冥福を祈って手を合わせるくらいだったよな。うん。
「つくづく凄いな、予想以上だ。これは──敬意を表して、久々に本気を出すか」
と、意味分からんことを宣って。
空気が、歪んだ。
「ひ……っ!?」
塀にへばり付いて悲鳴を漏らした俺、悪くない。こんなおっかないモノを見て帰りたくならない奴は変態でしかない!
今までだって大概すげー力だなあって思ってたのに、それが桁違いに膨れあがった。それをまともに受けた波瀬の周囲のコンクリが、陥没する。
「ぐ……う……っ!?」
波瀬が瞠目したまま、呻いた。腕が震え、顔が歪む。燐光が明滅する。
力が拮抗したのは、ほんの一瞬。紋章は直ぐにじわじわと押し返され、波瀬の首に触れた。
「……っ」
波瀬の顎が持ち上がる。苦しそうに喘ぐ姿にも笑みを浮かべるばかりの冥官が、ぐっと掌を紋様の上から押しつけた。
『──我、冥王の臣にして裁定者。名を、小野篁。我が役割に従い、彼の者を鬼狩りに任ずる』
謳うような詠唱が轟き。
「────!!」
悲鳴が響いて、光が周囲を埋め尽くした。
「うう……」
眼がちかちかするのを何度も瞬いて治し、未だに白っぽい視界で目を凝らす。ぐったりと、今度こそ気を失ったらしい波瀬を、冥官は無造作に右腕1本で持ち上げた。
……うん。俺、この人にはぜってー逆らわない。逆らったら死ぬぞこれ。
心を込めて誓う俺を余所に、冥官は波瀬の胸ぐらを掴んで持ち上げたまま、俺ににこやかな笑みを振る舞った。……この状況でその笑顔は、軽くホラーです。
「冥府に戻るぞ、瑠依」