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ライ・ラララ・ライ  作者: 奥の田んぼを平らに耕す
1/1

お風呂×洞窟×鬼ごっこ

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」


 肩で息をして、全力で走っている男がいた。

 全身から噴き出す大量の汗が顔や髪を濡らすがそれを気にする余裕などありはしない。

 それを証明するように、その顔には切羽詰った必死の形相を張り付かせている。

 

 (くっそー!!!なんなんだよあれは!?)


 話は少し遡る…



 彼こと、山口砂遥やまぐちさはらは入社1年目の新人会社員である。今日も研修という名目で、お茶出しから倉庫整理まで雑務ばかりの仕事を押し付けられ、多少やさぐれながら帰宅した。


「あー、やってらんねーよーもう!!」


 帰宅するなり、内に溜め込んでいた気持ちを吐き出し、多少気分を落ち着けたがそれでもまだ残るイライラを風呂にでも入って、洗い流そうと体を洗い、湯船に浸かった。


 ふぅーと息をついて、体の力を抜いて湯船に浸かっていただけのはずなのだが。


 !???


 突然、浴槽の底が抜け、彼は落下した。

 ジェットコースターに乗った時のような浮遊感が一瞬体を包むが、それは一瞬ですぐに強烈な衝撃が彼を襲った。


 「痛っつ…」


 四つん這いの格好で痛みが走る箇所を手で押さえ、落下の衝撃に悶えた。

 傷一つなかった彼のきれいなお尻ちゃんは流血。

 四つん這いの格好でお尻に手をあてながら、痛みに歪む顔を上げた彼の視界に移ったのは洞窟だった。


 (え?どこ?)


 と心の中で連呼しながら、落ちてきたであろう天井を見上げてもそこには洞窟の岩肌しかなかった。

 一体、どこから落ちてきたというのか。

 しかし、その考えを遮る様にドタドタとやかましい音が鼓膜を刺激する。

 思考を一旦中断し、視線を天井から音のする方へと下ろし、目を細める。


 「は?」


 そんな気の抜けた様な声が出てしまう。

 視線の先に現れたのはトカゲ。

 全身を緑色に染めたトカゲだった。

 ただ、普通のトカゲではありえない大きさのトカゲがそこにはいた。


 かなり遠くにいるにも関わらず、それがトカゲであることがわかるほどにデカイ。

 そして、あろうことかそのトカゲがものすごい勢いでこちらに向かってきているのだ。

 前足と後ろ足をせわしなく動かして、ドタドタと迫る化け物トカゲに、顔が引き攣っているのを砂遥は自覚した。


 正直、ものすごく気持ち悪い。

 ただでさえ、それほど可愛いとも思った事もないトカゲが事もあろう馬鹿みたいな大きさで迫ってきているのだ。

 砂遥は本能的に走っていた。

 お尻の痛みも忘れて、トカゲとは反対の方向に全力で。


 なにか武器を持っていたとしても、あんなのと戦えるはずがない。

 そしてなにより武器がない。

 いや、なにもない。

 服すらない。

 つまり…裸だ。

 風呂に入っていたのだから当然だが、客観的に見れば裸で全速疾走する姿はもの凄く滑稽であろう、などと現実逃避していた思考は痛みとともに現実へと引き戻された。


「うっ…」


 裸で、風呂に入っていれば靴も履いていないのは言わずもだが、足に小石やらが突き刺さり顔が歪む。

 足が痛い、止まりたい。

 後ろを振り向き、化け物トカゲを確認。

 気持ち悪い、逃げたい。


 矛盾する二つの感情と戦いながら、彼は走った。

 それからどうにか走り続け、今に至るわけだ。


 「はぁ…はぁ…はぁ…」


 (くっそー!!!なんなんだよあれ!?いつまでついてくんだよ!)


 化け物トカゲに悪態をつきながら走っているが、余裕があるわけではない。

 むしろ追い詰められつつあり、その焦りとストレスから悪態をついているに過ぎないのが現状だ。

 このまま化け物トカゲに追われ続ければ、先に足が止まるのは間違いなく彼の方だろう。

 足の裏は小石や岩肌に突き刺さり、もはや感覚がない。

 息は切れ、体力もそろそろ限界だ。

 

 さらに言えば、逃げている一本道の先が行き止まりだったらそこで試合終了である。

 走るたびに広がる視界の先に壁がないことを祈りながら、走るのは精神的に相当な負担だ。

 追いつかれれば、そこで人生が終わるであろう事は容易に想像がつく。

 あれほどでかいトカゲが、草食なはずがない。

 それを立証するように洞窟には草の一本さえ生えていない始末だ。


 そして、ついにその時がやってきた。

 長い長い鬼ごっこの終わりが。


 

 前方に見えるのは…壁。


 (あぁ…神様はそういう事するのね…)


 ここまで必死に逃げてきたというのに、この扱いはないよ!と存在もあやふやなモノに悪態をついていたが、状況はなに一つとして改善されてはしない。

 走っている間にみるみる壁は大きくなってゆく。

 

 (どうする…どうする…どうする…)


 頭の中をパニック状態にしながら、必死で考えるがなにも浮かばない。

 結局なにも出来ぬまま、壁に到着してしまった。

 

 (やばい…やばい…やばい…)


 後ろを振り向き、確認すると四本足をせわしなく動かして次第に大きくなっていく化け物トカゲが視界に入ってくる。

 その巨体は洞窟内の道を塞ぎ、すり抜ける事を許してくれそうにない。

 微妙に隙間はあるにはあるが、人一人がぎりぎり通り抜けられるほどしかあいていない隙間であり、平凡な一般人である彼に通り抜ける度胸などあるはずもなかった。

 

 (終わった…)


 背後は壁。

 前方からは巨大なトカゲ。

 息は上がり、疲労困憊。

 もはや万策尽きたと言わざるを得ない状況である。

 だが、化け物トカゲが近づいてくるとその圧力に耐え切れなくなる。


 「いやだぁあああ!!!」

 

 洞窟内を巨大な岩が物凄い勢いで自分に迫ってきているかのような圧力に彼は叫んだ。

 脳裏に自分の死のイメージが明確に過ぎる。

 

 もはやあきらめの気持ちなど消え去り、なにかないのかと必死の形相で周囲を見渡す。

 そして、四方に右往左往していた視線は瞬間一点に集中した。

 

 (あれしかない!!)


 そこにあったのは小さな横穴。

 その横穴の奥行きがどれほどあるかなど調べている時間など彼には残されてはいなかった。

 

 必死に体をねじ込み、頭部が奥まで到達すると、足を腕で抱きかかえる形を取って少しでも横穴の入口から離れる体制を維持する。

 

 あがった息を落ち着けながら、足まで横穴に入った事に安堵する。

 一か八かで入った横穴ではあるが、足まで入らなかったら、大惨事だ。

 想像もしたくない。


 だが、まだ安心など出来なかった。

 今まで彼がいた場所に化け物トカゲが到着したようで、モゾモゾと動く気配が足元から伝わってくる。

 足をめいいっぱい腕に組み入れて、出来るだけ入り口から遠ざかる姿勢を作り息を殺した。


 足元から伝わってくる気配に全神経を注ぎ込み、身動きせずに数時間が経った。

 気配はしない。

 諦めて去ったのかもしれない。

 頭から横穴に入ってしまったので外の様子は伺う事はできないが、気配がなくなったので一安心だろう。

 しかし油断は禁物だ、緩んだ気持ちを引き締め直す。

 まだ化け物トカゲはそれほど遠くには行っていないだろう。

 もうしばらくは横穴に入って時間を開けてから出るべきだと、考えをまとめる。


 一体なにが起きたのか、ひとまずの安全を得た砂遥は冷静に考え始めた。

 …が、結局何もわからなかった。

 

 まず風呂から落ちたのは間違いないが、落ちた先が洞窟という時点でおかしい。

 普通落ちるならアパートの下の階のはずだからだ。

 次に、あの化け物トカゲだ。

 あんな馬鹿みたいにでかいトカゲが、地球に生息しているのだろうか。

 ない…と思うが、もしかしたら変異種かもしれんし、わからない。

 

 トカゲマニアだったり、洞窟マニアだったら、「おお!あれは!!どこどこにしか存在しないという伝説の〇〇トカゲだ!!」とか「おお!ここは!!なんちゃら大陸に存在する〇〇洞窟ではないか!!」みたいな反応できたかもしれんが…生憎、俺はどちらでもなかった。

 

 結局、なにが起きたのか、ここがどこなのか、あのトカゲはなんなのか、すべて謎のままだ。

 はぁ…とため息を尽き、脱力していると知らず知らずの内に彼は眠っていた。

 


読んでいただきありがとうございます。


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