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PERFECT WORLD  作者: ヤトミ
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第六話 【自分の価値】



翌日、空いたカーテンの隙間から差し込む光で彼は目覚める。昨夜の事を思い出すだけで自分はまだ夢の中にいるのではないと錯覚してしまうが、目の前にいる可憐な美女を見て自分は現実世界にいる事を再認識させられた。

眠る姿はまるで異国の姫の様で見惚れてしまうが、流石に彼女が目覚めた時に自分が見詰めていたら気持ち悪いだろうと視界を逸らす。


シルフ「まだ5:00か...」


どうやら自分は随分早く起きてしまったらしい。暇を潰そうにも気の紛れる物は何も無く、ベッドから出ようにもアリスを跨ぐ形になり、自分の体重でベッドが沈んだ拍子で彼女の睡眠を妨げてしまうと考えてはどうする事も出来ない。

身動きを封じられた様な感覚だが、彼女が目覚めるのをただ何もせずに待つのも暇なので、取り敢えず自分の頭上にあるぬいぐるみを取って抱き締めた。昨夜、自分の肘置きにされた彼。鮫。

この肘置きの彼は意外にも大きく、新品の様で汚れ一つ無い。横から見ればそうでも無いのだが、腹側から顔を見た時の間抜け感が何とも愛くるしい。

ぬいぐるみなので当たり前と言えばそうかもしれないが、きっとこの顔が本来の彼の顔なのだろうとシルフは感じていた。暫くぬいぐるみを弄りながらアリスが起きてくるのを待ってみる。しかし5分、10分と経過しても彼女が起きる気配は無い。


シルフ「ア、アリスさん...?」

アリス「んんっ...」


反応は無い。腕だけを動かし、体を揺する彼女だがそれは無駄な抵抗で、覚醒は程遠い状態だと思わされる。そしてもう一度寝返りを打った時には彼女は既に眠りの中。穏やかな寝息が聞こえ、目覚める様子は一向に見られない.

その時、


シルフ「がぁっ...!!」


突如上げられるくぐもった声。彼の声の理由は単純。アリスの寝返りである。ただの寝返りなら良かったのだが、運の悪い事に寝返りを打った際にアリスの肘が彼の腹部にヒット。一方で肘を打つけた張本人は何か違和感を感じたのか、声を漏らす。


アリス「んっ...んんっ...」

シルフ「ア、アリスさん起きてるなら起きて下さいよぉっ...!」

アリス「んんっ...?シルフ...?」


寝惚けた声と共に、大きく欠伸をしてゆっくりと瞼を開くアリス。目の前の状況が分からずに一瞬の硬直があったものの、彼女は覚醒しきっていない意識の中で記憶を整理する。

目の前にいるのは蹲る姿勢で鮫のぬいぐるみを抱き締めているシルフ。何故彼が鮫のぬいぐるみを抱いているのか。疑問が頭に浮かんだが、肘に感じた違和感が巡っては答えに至る。


アリス「...私何かした?」

シルフ「...はい。」

アリス「ごめんなさい...私寝相悪いの忘れてた...。」

シルフ「...良いですよ。もう過ぎた事なので。」


そうは言った物の現在進行形で腹部に鈍い痛みが残っているのは事実。幸いにも今が早朝の5:30な事を考えると、授業が始まるまで3時間程猶予がある。その間で充分に痛みは引かせられるだろう。


アリス「それにしても...随分と早く起きたのね?」

シルフ「目醒めちゃって...それで丁度ぬいぐるみがあったんで、抱いてました。」

アリス「そう...可愛い事するのね。」

シルフ「...え?」


疑問に思った言葉を声に出すと、さも当然かとアリスが首を傾げて彼に言う。


アリス「私だって可愛いって思った事には可愛いって言いたいもの。好意を寄せてくれてる相手でもね?」

シルフ「っ、」

アリス「ふふっ、可愛い。」

シルフ「んっ...!」


恥ずかしさと気まずさで言葉が見付からない。何も言い返せないまま彼の視線は泳ぎ、アリスの目を見つめる事は出来そうに無い。

沈黙が続き、場が気まずくなりつつある事を察した彼はわざとらしく話題を変える事にした。このままでは心臓が持たない。何故昨日好意を寄せている事を隠さなかったのか、今にして思うと昨夜の自分は異常だったと思う。


シルフ「そっ、そう言えば、このぬいぐるみどこで買ったんですか?」

アリス「これ?家具販売店で買ったの。かごに沢山詰め込まれてたから一つ買っちゃった。」

シルフ「あ、そうなんですか。名前とか...」

アリス「んー、そうね。『ヒジオキ』。」

シルフ「ひ、ひじおき...。」

アリス「そ、今付けたの。貴方が昨日肘置きにしてたから。」

シルフ「い、今付けたんですか?単純...」

アリス「ペットの犬が白かったら、シロとか名前とか付けるでしょ?それと同じよ。」


妙に説得力がある様な無い様な。この鮫のぬいぐるみは今日から『ヒジオキ』。ぬいぐるみに名前を付ける彼女の行動に可愛さを見出しつつ、それはそれとして名前に肘置きは可哀想と言うかセンスが良いと言うのか。


アリス「所で...今何時?]

シルフ「5:35です。3時間くらい時間余ってますね...」

アリス「そう、じゃあこの辺でお開きにする?後は各自準備するなり色々済ませて授業が始まったら教室で落ち合いましょ。」

シルフ「そうですね...じゃあまた後で。」

アリス「あ、待って。これあげる。」


腰掛けたベッドから立ち上がろうとする彼に対して、アリスは彼の腕を掴んで静止させる。そして彼女が手渡した物は肘置きと化したぬいぐるみ。彼の胸に優しく押し付ける様にして彼女は彼を見詰めた。


アリス「この子、私の代わりに持ってて?」

シルフ「えっ、良いんですか?」

アリス「あげる。」


微笑みを見せる彼女。胸に押し付けられたぬいぐるみをそっと抱いて、彼は軽く頷く。


シルフ「ありがとうございます...」

アリス「じゃあまた後でね?準備しに行きましょう?」

シルフ「ですね。」


彼は頷くとベッドから腰を上げた。そのまま数歩歩き、彼女の部屋と廊下を繋ぐドアの前に立ってアリスに言う。


シルフ「じゃあ、また後で。」

アリス「えぇ。」


2人は別れの挨拶を済ませると、彼はドアを開けて彼女の部屋を退出した。そして静かにドアを閉じては廊下へと一歩踏み出す。短い時間だったが、彼女と2人きりの時間は彼に安らぎを与えてくれていた。

その一時の幸福感を胸に自室へと足を向かわせる。まだ彼女の甘美な香りが残る身体で。

___そして数時間と時が経ち、シルフはクラスにて自席にて授業開始を待っていた。折角お泊りをしたのだから彼女と距離が縮まったのは確実。ならば今日から少しずつ彼女に話し掛けよう。そう意気込んだのは僅か数時間前。

その時の威勢は何処へやら、いつもと変わらず一人窓際に座っては頬杖ついて窓の向こうを眺める。昨日、そして数時間前の事が夢の様に感じられる。やはり自分には孤独な姿がお似合いなのだろうか。

視線を少し後ろに動かせば、金髪の彼女が生徒と会話を繰り広げている。昨日彼女の本心を聞いたのは良いが、生徒と会話を繰り広げている時の彼女を見ると、やはり愛想笑いなんて物は嘘で、自分に対しての態度は偽りだったのかと思わされる。


シルフ「...何してるんだろう。」


再び視線を正面に戻して呟いた。再び卑屈で渦巻く思考を巡らそうとした時、意識を現実に戻す鐘の音が響く。

鐘の音に反応して楽しそうに時間を過ごしていたクラス内の生徒達は一斉に席を立ち始め、そして同時に教室前方の扉が開かれて一人の教師が足を踏み入れて来た。


?「この教室は始めてだねぇ。βグループと比べて和気藹々としてて良いじゃないか。」


男性の声、その言葉にシルフは思わず耳を傾けた。聞き覚えのある声。飄々とした喋り方は耳によく残っていて、その声の主を確認する様に瞳を動かせば彼の姿が視界に映った。

反射的に金髪の彼女の席へ視線を動かすと、此方に視線を向けて不機嫌そうに頬杖を付いてジト目を浮かべるアリスと目が合った。そんな彼女も可愛いと思いつつ視線を再び前へと戻す。すると彼は自己紹介を始めている最中だった。


ゼイ「どーもこんにちはぁ。私はゼイ。普段はβグループにて授業を務めているんだがね、急遽神話学を全クラスで行う事になって、今日からこのクラスに赴任する事になったのだよ。ふむふむ、見覚えのある生徒が2人。楽しくなりそうだ。」


そうして自己紹介を終えるゼイ。その途中何度か目を合わせられたが、それはきっとアリスも同様だろう。

クラスの雰囲気を目だけで見渡してみれば、興味津々と言った様子の男子生徒とゼイの顔立ちに見惚れる女子生徒、そしてムッとした表情を浮かべる金髪の少女。色々な事が起こる中でゼイは皆にノートを出す様に指示を出した後、授業を開始させた。

そして皆が板書をしている最中、皆のノートを見る様にして教室内を歩き始めたゼイ。

その時、彼はシルフのノートを真っ先に見始める。「うんうん」等の声を静かに漏らす彼の反応に少しばかり嬉しくなっていると、ゼイは羽織ったコートの内ポケットを探って一冊の本を取り出してシルフの机に置く。それは昨日ゼイに貸していた本。


ゼイ「ありがとうね、シルフ君。」


感謝の言葉を囁くと共に肩を二回叩いては次の生徒の元へと去って行くゼイ。彼の行動にシルフは男ながらに胸がドキッとした。アリスに対しての物とは別の感情。カッコいいや憧れに近い感情。

シルフは思わずノートに『カッコいい』と書きなぐり、ゼイの凛々しくもおちゃらけた雰囲気を脳裏に焼き付けていたのだった。そうとなればアリスの反応も気になると、シルフは彼女の方に視線を動かす。

すると丁度アリスのノートを見ている最中。例のニヤけた笑みを浮かべるゼイと相反する様に、アリスは瞬き一つせずにノートへ視線を落としていた。表情で分かる。不機嫌である。


ゼイ「素晴らしいね。」

アリス「ありがとう...ございます。」


その一言を交わした後にゼイは再び教壇へと戻って行った。アリスの反応を見て短く息を漏らしてしまうが、次に続けられる彼の言葉に耳を傾ける。彼が先程話していたのは昨日アリスの部屋にて行われた特別授業と同じ物。

『始祖によって世界が作られ、その時に分散した8つの魔力を始祖は書物としてそれを封印した』と。しかし、今ゼイの口から話されている物は昨日と違う物。


ゼイ「その分散した8つの封印された魔法。これらを『古代魔法』と呼ぶ。古代魔法は常人には扱えない物でねぇ、いや。扱えないと言った方が正しいかな?何故扱えないのか。それは『決まった人間』にしか扱えないからなんだ。

古代魔法はそれぞれ一人にしか扱えない。彼等は強力な古代魔法を扱える代わりに、『一般的な魔法は扱えない』んだ。古代魔法を扱う人間は魔力が変化するんだ。古代魔法だけが扱えるようにね。」


突如、シルフはノートを板書する手を止めた。瞳を見開き、見る先も視線をずらす事もせずじっとノートを見詰める。しかしその視線はノートを理解しようと見詰めている訳では無い。驚きのあまりに固まってしまっただけである。

その理由はゼイの告げた古代魔法の真実。古代魔法の使い手は皆、常人では扱えない魔法を扱う代わりに一般的な魔法が扱えない。古代魔法だけが扱える様に自身の魔力が変化すると言う物。

その事実をシルフは自身に当て嵌めて考える。自身は古代魔法の使い手。それ故に魔法学校で習う魔法が扱えなかったのだろう。だから皆に「劣等生」や「落ちこぼれ」等と呼ばれていた。

つまり魔法の才能が無いのでは無く、そもそも魔法が使えなかったのだ。そう考えれば今までの行動にも納得が行く。今まで自分が鎖の魔法を出す事を封じていた為に、周囲には自分が魔法を使えないと誤解されている。


ゼイ「そして古代魔法の使い手だが、実はある出来事が起こる前兆として生まれるんだ。」

シルフ「?」

アリス「...?」


疑問符を浮かべるアリスは僅かに首を動かしてシルフを見た。そのシルフも同じ。つまり、自分が生まれたのは何かの予兆だと言う事。自分の生に何か意味があるのか。自分は一体どう言う存在なのか。

途端に不安に駆られるが、シルフは深呼吸をして冷静を取り戻した。今は授業に集中すべきであると。


ゼイ「何の前兆か、それは『始祖の復活』。世界の創造主である始祖が復活を遂げる時、それに共鳴するように古代魔法の使い手が生まれる。復活を遂げたとて、始祖は何をするのか。彼はきっと世界を創り変える。

今の世界を始祖が望む完全な世界に創り変えるんだろう。そして...」


ゼイは黒板にチョークで古代文字を書き連ねる。それに続けて話す内容。それはきっと今皆が授業中に理解している物。シルフもそう考えているが、まだ何か話が有るのかと耳を傾けている。すると黒板に書き終えると同時にゼイはまた口を開いた。


ゼイ「『世界の崩壊』」

シルフ「っ!!」

アリス「...え?」


2人して同じ反応を示す中、ゼイは教卓に両手を乗せて話を続ける。


ゼイ「始祖が復活を遂げた時、世界は崩壊の一途を辿るんだ。そして古代魔法の使い手は世界崩壊を食い止める為に動く。8人の古代魔法の使い手が始祖の『力』を8つに分けて封印するんだ。」

シルフ「...」

ゼイ「始祖の復活を食い止めなければ、世界は崩壊へと進む。いやー、ロマンがあると思わないかい?」


彼の話が続く中で、シルフの心臓は激しく脈打つ。何故ならもう答えは出ていたから。世界崩壊を阻止する為、始祖を8つに分けて封印する為に必要な力と資格。それは『古代魔法』の事だった。

ゼイの説明の通りであるのなら、自分の正体はただの人間では無いのかもしれない。自分が生まれた事に良くも悪くも意味を持つ。シルフ自身は始祖を復活させない為の力と資格を有していて、何故そんな力や資格が自分にあるのかは定かでは無い。


ゼイ「まぁ安心したまえ。これは神話。この様な事が起こる可能性は限り無くゼロに近しいからね。」


安心させる様に言い聞かせるゼイ。この神話は所詮神話で現実ではない。そう言い聞かせている最中も、心臓の鼓動が治まる様子は無かった。神話に登場する古代魔法が実際に存在し、更にそれを扱うのは自分。

自分が存在する事は始祖の復活、つまり世界の崩壊が訪れる事と関係している。頭の中では理解しているが、心の整理が全く追いつかない。シルフは胸の辺りを押さえて複雑な心境に思わず項垂れた。

そんな項垂れを現実へ引き戻す様に、授業終了の鐘の音が響き、ゼイは授業終了を生徒達に告げた。そして教室から去ろうとした時、彼は思い出したかの様な反応で机に伏すシルフの元へ歩みを戻す。


ゼイ「シルフ君、シルフ君。」

シルフ「えっ、あっ...はい。」

ゼイ「今日の放課後、良いかな?」

シルフ「あっ、はい。」

ゼイ「じゃあ、放課後にね。」


それだけを言い残して彼は教室を後にした。シルフは彼が去った後、再び机に伏しては深い溜息を吐いていた。その溜息の理由、それは『自分が何者なのか』と言う物だった。自分は始祖を復活させる為に生まれた存在かもしれない。

そんな考えが彼の頭を過って行く中、ふとゼイの声とは別の声が聞こえる。その声は自身の鼓膜によく残った声。アリスの声だった。


アリス「大丈夫?」

シルフ「えっ、アリスさんっ...!?」


彼女の声一つで項垂れる姿勢から飛び上がる様にして、シルフは彼女の席へ身体を向ける。すると彼女は首を少し横に傾げて疑問の眼差しを彼に送る。


アリス「何してたの?そんな暗い顔して...」

シルフ「いえ、別に...」

アリス「...授業の内容の事、気にしてる?」

シルフ「っ...」

アリス「どうやら正解みたいね。今日の昼食、一緒にどう?」


唐突な昼食のお誘い。アリスと2人きりで昼食を食べれるなんて夢にも思わなかったシルフは、頭で理解するよりも早く言葉を並べていた。


シルフ「もっ、勿論です!」

アリス「ふふっ、そう言うと思った。」

シルフ「で、でも僕なんかと食べたら皆に言われるんじゃ...」

アリス「言われた所でよ。外野の言う事なんて気にしたら負けじゃない?私は貴方と食べたいの。色々話したいし、貴方も好きな人と食べれるならウィンウィンじゃない。」

シルフ「っ!」

アリス「ふふっ、顔赤いわよ。」

シルフ「あっ、アリスさんっ...からかわないで下さい...」

アリス「ふふっ、ごめんごめん。じゃあ昼ね?」

シルフ「...はい。」


2人して笑い合い、そして約束を交わした後アリスは彼の前から姿を消して自席に腰を下ろした。気付けば次の授業が始まる鐘の音が響き渡り、授業担当の教師が教室に入っては生徒の声が響き始めた。

一方で彼はアリスの言葉に対して頬を赤らめながら、シルフは長い息を吐きながら机上にゆっくりと伏せる。


シルフ「...好きな人と...」


そう小声で呟いた彼の頭は数分間上がらない。憧れた青春が光差そうとしているのだから。

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