第四話 【貴方と私】
シルフの心臓はドキリと跳ね上がった。対してアリスはゼイを見る瞳が変わる。目を見開いて、じっと一点を見つめていた。
ゼイに本の事を突かれたシルフはその事を肯定する事も否定する事も出来ずに黙り込むが、そんな様子から彼女は状況を察した様だった。ゼイはニヤニヤと笑いながら続ける。
ゼイ「私には分かる。その本、紛れも無く古代魔法について記された物だ。分かるんだよ、君から感じる魔力の波動がそう言ってる。」
彼の言葉に追い込まれたシルフとアリスは、この事態をどうするかと言う決断に迫られる。しかし彼が言った言葉はハッタリでは無い事だけは確か。それに此処で嘘を吐き通したとしても彼にはバレるだろう。
シルフ「何で...分かったんですか?」
アリス「そうよ。私とシルフ、この部屋に入ってからこの本が古代魔法について記されてるなんて口にして無いし...何で分かるの?」
ゼイ「保健室で言っただろう?私の担当は神話学。神話学と古代魔法は密接に関わっている、と。」
確かに保健室にて彼はそう言っていた。だが、どうしてそこまで言い切れるのか。その疑問はシルフとアリスの2人の共通認識である。しかしそんな疑問に答えている暇など無く、ゼイは更に続ける。
ゼイ「神話学は古代魔法について記されてる本を元に研究する学問だ。更にその本は全世界に8冊しか無い希少な物。だから私は知っているんだ。この本が古代の本だと言う事をね。そしてこの本には、古代魔法が記されている事も分かるよ。」
アリス「だから、どうして分かるのよ。」
ゼイ「私もその本を持っているからね。」
シルフ「えっ!?そうなんですか!?」
ゼイ「あぁ。」
彼は羽織ったコートの懐から本を取り出す。取り出された本はシルフの物より薄くはあるが、それでも分厚く、明らかに一般家庭にある本では無い事は一目瞭然だ。
ゼイ「私の持っている本と君の持っている本。似ていると思わないかい?此処に全世界に8冊しか無い本の内2冊が揃っているんだ。」
シルフ「この古代魔法の本は、8冊ある内の半分の2冊って事ですか?」
ゼイ「あぁ。ではこれからの話をする為に、少し古代魔法について特別に皆より先に授業をしよう。」
そう言ってゼイは少し間を置いた後に話し始めるが、2人は彼の行動に理解が追い付いていないのも現状。しかしそんな状況でもゼイはお構い無しで話を進めるので、2人もそれに合わせる事となる。
ゼイ「さて。まずは神話について話そうか。そこで君達。神話についてどれくらい知ってるか教えてくれないかい?」
シルフ「僕は全然...」
アリス「まぁ、軽くかじった程度なら。」
ゼイ「流石成績優秀らしいアリス。じゃあアリス、その神話について説明してくれるかい?」
彼に知識の説明を求められるアリスは、素直にそれに応じて口を開く。
アリス「この世界は【始祖】によって創造された物で、その始祖は世界を創り上げた時に自身の魔力を全て使い切った。その魔力は力を失い8つに分かれて散り、創り上げた世界に落ちて行った。ここまでしか知らないわ。あんまり知識が無くてごめんなさいね。」
ゼイ「いやいや、そこまで知っているなら十分さ。じゃあ、これからは私が説明しよう。」
彼はアリスから2人に目線を変えて話し始める。シルフはその彼の目を見て、まるで蛇に睨まれた蛙の様に動けなくなった。睨まれた訳でも無いのに。しかしそれは一瞬の事で、彼は直ぐに元の表情へと戻り、話を続ける。
ゼイ「今アリスがざっくりと説明をしてくれた。その中に重要な事があるんだ。それは、『始祖の魔力が8つに分かれて散った事』。そして古代魔法の種類は8つ。勘の良い人ならもう分かるだろう?」
アリス「もしかして、古代魔法って始祖から分散した8つの魔力の事?」
ゼイ「その通り。流石シルフ君。しかし疑問が生まれないかい?ではこの本何なのか。魔力が分散したなら、この本の正体は一体?」
シルフ「そっか....確かに、この本自体が分散した魔力って言うのも考えにくいですよね。」
思考を巡らせるも、ゼイの問いに対する答えは深く深くへ迷宮入りしてしまう。その答えを簡単に見つけられる筈も無く、2人は苦悩した表情を浮かべていた。ゼイはそんな様子に当然かと言う様に微笑んでいる。
ゼイ「まぁそんなに悩んでも正解は出ないはずさ。だって、シルフ君が既に答えを口にしているからね。」
シルフ「えっ、本当ですか!?」
ゼイ「あぁ。君が口にした答えは『この本が始祖の魔力』と言う物。この本の正体は、始祖が魔力を分散させる時に書物として封印した物。つまり、始祖の魔力が書物に宿った物だ。」
シルフが常に持っていた例の分厚い本は、どうやら古代魔法が封印された書物の様だ。では何故自分はこの本を自分は所有していたのか。それはシルフには分からない事だが、とにかく始祖は魔力の分散と共に書物として封印し、後世に残したと言う事になる。
ゼイ「さて、要するに私の持っている本と君の所有している本は古代魔法について記された本。だから照らし合わせてみたいんだ。私の持っている本と、君の本。古代魔法は8種類あるのだから、内容が違うかもしれないだろう?だから私は比べてみたいんだ。」
シルフ「そう言う事なら...どうぞ。」
彼の問いに合意したシルフはアリスとの隙間に置かれた本をゼイに手渡す。ゼイはそれを受け取ると、自身の羽織るコートの内ポケットに本を仕舞い込んだ。
シルフ「えっ!」
ゼイ「今日一日、貸してもらうよ。安心したまえシルフ君。私は明日君達のクラスで臨時授業をする事になっているから、その時に返すよ。」
シルフ「そんないきなり...!でも、此処で取り上げるのも先生に対して失礼ですよね。」
ゼイ「いやはや、君は本当に賢い。気に入ったよ。それじゃあ今日はお疲れ様。また明日の放課後に会おうじゃないか。」
彼はシルフとアリスに対して目配せをし、何かを感じ取ったのか口角を上げて笑みを浮かべる。その彼の行動に顔を見合わせる2人。しかし困惑に囚われる2人を置いて、彼はそのままアリスの部屋の扉に手を掛ける。
ドアノブを捻って廊下に出ようとするゼイだが、最後に一言。それはアリスに向けられた物だった。
ゼイ「...アリス、君の勘は本当に鋭いね。」
アリス「...え?」
扉が閉まる。2人を包むのは訪れた静寂のみ。だが変に気を遣った2人の間には静寂が心地良かったのか、同時に大きな溜息を吐く。アリスはそのまま腰掛けたベッドへ沈む様に後ろへ寝転がると、頭の後ろに両手を回しながら言った。
アリス「はぁ...何か小難しい話だったし、新しい事起こるし、シルフの本は持ってかれるし...もう頭がこんがらがりそうよ。」
シルフ「すみません、僕のせいで...」
アリス「貴方は悪くないわよ。まぁほら、折角お泊り会なんだし寛ぎましょ?」
シルフ「あっ、はい!」
ふと我に返るシルフ。そうだ、自分はアリスの部屋に泊まるんだ。事実を再認識した彼は、何とか会話を弾ませようと脳から話題を捻り出そうとしていた。
しかし女性経験は愚か、友人とお泊りなんかもした事が無い彼はどうすれば良いか分からず、心の中で慌てふためく。
シルフ「あっ、あの...」
アリス「どうしたのよ?緊張してるの?」
シルフ「ちっ違います!そのっ...お泊りって初めてで、何をすれば良いのか分からなくて。」
2人の間に沈黙が流れる。何か変な事言ったかなと不安が募るシルフだが、そんな様子にアリスはクスリと笑って答えた。
アリス「何よそれ。別に特別な事なんてしなくて良いんじゃない?私も異性とお泊りなんかした事無いから。」
シルフ「で、ですよね。」
アリス「ふっ、ですよねって。モテなそう?」
シルフ「あっ、その!凄くモテるから逆にガード堅いとか!そんな感じです!」
アリス「ふふふっ、何よそれ。そんなに必死にならなくても良いのに。」
彼の必死な様子が面白かったのか、アリスはもう一度クスリと笑う。そして続けた。
アリス「少し落ち着いて?別に私は取って食べたりなんかしないから。」
シルフ「すっ、すみません...」
彼女の発言に顔を紅潮させながら謝罪するシルフだが、彼はふと疑問に思う事があったので彼女に問う事にした。それは、何故彼女は自分とお泊りをしようと提案して来たのか。勿論好意が無い事は分かっているが、それはそうとして気になる事ではある。
シルフ「あの...アリスさん。」
アリス「何?」
シルフ「何でお泊りなんて言い出したんですか?僕なんかと嫌じゃ...」
彼の質問に対して、アリスは目を見開く。しかし直ぐに平静を取り戻すと、ゆっくりと言葉を発した。
アリス「別に嫌って訳じゃ無いわよ?まぁ変な言い方になるんだけど、貴方なら良いかなって。初めは冗談って言ってそのまま返そうとしたけど、貴方なら別に変に手出して来ないだろうし...私の勘がそう言ってたの。」
シルフ「手なんか出せませんよ...」
アリス「だからまぁ良いかなって。それに話も聞きたかったしね。私から聞くはずが、ゼイに全部取られたけど。」
シルフ「あっ、本当にすみません。僕がもっと早く断ってれば...」
アリス「あぁいや、別に責めてる訳じゃないの。でもまぁそう言う事だから、話題無くなっちゃったわよね。」
シルフ「そうですね...」
再び沈黙が流れる。今度は2人とも、その沈黙を気まずい物とは捉えなかった。互いに互いを知らないのだから、まぁこんな物かと半分諦めが出ている。
ふと、彼はアリスの方を見た。彼女はベッドに腰掛けながら本を開き、それを読んでいる。本を読む仕草さえ美しく見える彼女。本を読むだけでこんなにも美しく絵になる様に見えるなら、どれ程良かっただろうか。
羨みが彼の心には徐々に浮かび始めている。クラスでも中心的な人物であり、圧倒的な存在感、美貌、頭脳、人望、そして人を惹きつける魅力。どれを取っても彼女は完璧。
アリス「どうしたの?髪に何か付いてる?」
シルフ「えっ!いっ、いえ、その!」
アリス「何か言いたい事あるなら言って良いのよ?」
シルフ「...すみません、見蕩れてました。」
彼の発言に対して何も反応は無かったが、視線は彼から外れていない事から続きを促している事が分かる。シルフはそんな空気に苦笑いを浮かべながら続けた。
シルフ「本当に綺麗で...僕なんかとは大違いだなって。」
アリス「悩みでもあるの?私で良ければ聞くわよ。」
シルフ「いえ、悩みって程の事じゃないんですけど...」
彼は視線をアリスから再び外し、ベッドに備え付けられた時計をぼんやりと見詰める。気付けば指針は22:00を回っていた。時計を見詰めるシルフに気付いたアリスは同様に時計に目を向け、徐ろに本を閉じる。
アリス「もうこんな時間なのね。寝ましょうか、明日も学校だし。」
シルフ「ですね...」
アリス「すぐ寝てもらうけどね、夜更かしはお肌の天敵だから。」
彼女の一言で一瞬だけ時が止まる。しかし直ぐに彼は我に返り、自身が酷く錯乱している事に気付いた。この部屋は元々アリスの部屋。当然暮らすのはアリス一人。その為ベッドは当然一つしか無い。
冷静に考えれば至極真っ当な事である。しかし彼女がベッドの半分を空けて寝転んでいる様な気がして、いや気がしてと言うか事実空けているのだが。その空けたスペースの先には彼女の体があり、その奥にあるのはベッドの壁。
つまり彼女は壁側に寝ているのだ。シルフはそんな状況から目を外らせない。
アリス「早く寝ないと肌荒れするわよ?」
そんな彼の心境など知る訳も無く、アリスは彼に声を掛けるとベッドに寝転ぶ様に促す。しかし彼はそれに従う事が出来なかった。何故ならそれは、『一緒に寝る』と言う事なのだから。
シルフ「あの...アリスさんはどこで寝る気で...?」
アリス「ベッド。」
シルフ「ぼ、僕はどこで寝れば...?」
アリス「隣来る?」
シルフ「そ、そんなのぉっ...!!」
彼の発言に対して意味が分からないと首を傾げるアリス。そんな反応を見た彼は慌てて事情を説明する事にした。当然ベッドは一つしかなく、一緒に寝る以外の選択肢は無い事や自分が床で寝ると言う事などだ。
アリスはその説明を一通り聞くと、ゆっくりと口を開いて言った。
アリス「...別に良いじゃない。私は貴方と寝るくらい平気よ?」
シルフ「だ、大丈夫なんですか...?」
アリス「私は手さえ出されなければ良いかなって感じだから。その辺の距離感おかしいのかしらね、私。」
シルフ「バ、バグってますよ距離感...」
アリス「ふっ、顔真っ赤。意識してる?」
からかう様な笑みでシルフに問い掛けるアリス。そんな質問に対して彼は完全に閉口してしまった。実際少々意識し始めているのは事実、しかしそれを口にするのは告白と大して変わらないだろう。
シルフのそんな様子に何かが予想外だったのか、アリスは間を空けて言った。
アリス「え、本当に意識してる?」
シルフの頬は紅潮する。そして彼は、その顔を隠そうともせずに答えたのだ。
アリス「なるほどね。好きな人と一緒に寝るなんてそりゃ緊張する。ねー?シルフ。」
揶揄う様な口調で言うアリスの表情はとても明るい物だった。彼女は彼の想いを察してしまったから。そんな様子に開いた口が塞がらない彼だが、その口は直ぐに閉じて行く。
今はそんな事を気にしている場合では無いと悟ったからだ。今ここには自分と彼女しかおらず、密室と言っても差し支え無い。先程から無防備かつ妖艶な雰囲気を纏うアリスは、彼との距離を詰めると今度は彼を寝かす為に肩を掴んで強引に寝かせた。
シルフ「えっ!ちょっ!」
アリス「ん、貴方の行動待ってたら日が昇りそうだから。」
シルフ「た、大して仲良く無かった男子と一緒に寝るの、おかしいですよアリスさん...!!」
アリス「だーかーら、良いの。その辺は仲良くなったら話すから。」
彼女はシルフの横に寝転ぶと、そのまま掛け布団を彼の体に覆い被せる。そして薄い笑みを浮かべた後に自身も同じ様に彼の隣に身体を横にしてベッドにて脱力した。
一緒に寝ると言う事に激しく鼓動を鳴らすシルフを背に、アリスがリモコンで電気を消して部屋を暗室にする。もう寝る事を示唆する様に。
アリス「良いの。私は貴方と一緒に居たいから。」
シルフ「えっ!!」
アリス「他の男子とお泊りするなら、ね?」
シルフ「っ...」
アリス「ドキドキした?」
シルフ「...さっきからしてます。」
アリス「ふっ、そんな正直に言って良い物なの?」
シルフ「あ、あんまり揶揄わないで下さいよ...」
疲弊した声で呟くシルフ。流石にやりすぎた、と感じたのかアリスは暫く何も行動を起こさずに目を瞑ってみる。しかし眠れない。シルフが直ぐ後ろ、しかも同じベッドで寝ているのだ。
密着している訳では無いが彼の熱が伝わる距離で眠れる程アリスは大人では無かった。自分から起こした行動の筈なのに、自分でも制御出来ない状況になってしまっている。心臓の鼓動に違和感を感じ、息遣いも僅かながら乱れている気がした。
しかしアリスは思う。寝れないならば今距離を縮めてみよう、と。まだ友達と呼べるか不明瞭な関係で、当然恋人でも無い。だったら別に良いだろう。今から仲良くなれば良いのだから。
アリス「...ねぇ。」




