第十七話 【覚醒】
身も凍える吹雪の中をシルフとアリスは駆けて行く。凍てつく氷結の世界と変貌して行く魔法学校の中で白い息を吐きながら。
シルフ「はぁっ...はぁっ...、もう少しで校庭に着きます!」
アリス「ならもっと急ぐわよ!はぁっ、はぁっ、絶対この吹雪と関係があるに違いからっ!!」
息を荒げるアリス。脚が動き過ぎて感覚が無くなって来たのか、時折もつれて転びそうになる。寒さで体力を奪われている中での転倒は死に直結するだろう。しかしシルフが咄嗟の判断で彼女の転倒を防ぐ様に腕を引っ張る。
そのまま彼女を両腕で抱える様にして再度駆け出す。ゼイのコートで寒さを凌いでいる彼女の体力を思っての行動だろう。体力の消耗を防ぐ為に。吹雪による血行悪化か、はたまた彼の行動が真意は不明だが、頬が途端に紅潮するアリス。
だが彼女は顔を左右に振り払う様にして目の前へ見える校庭へと意識を向けた。その光景は息を呑む物。純な白一色で埋め尽くされた校庭は一種の幻想郷を創り出していた。
シルフ「あの中にっ...!」
アリス「も、もう下ろして良いからシルフ。ありがとう。後は私も戦う__」
シルフ「...いや、アリスさんは生身ですから。」
彼女を抱えたまま荒れ吹く吹雪の中心部へ足を進めるシルフ。白銀の視界の最中、2人の視界に一つの影が映った。
?「あぁ、やっぱり。あの人の言う通りだ。」
その言葉と同時に新雪を踏む様な足音が彼等に近付き始める。そして足音と共に視界には影の正体が徐々に2人の元へ近付きながら姿を露わにした。中世的な顔立ちに似合う雪の様に白い髪はオールバックに纏められており、吹雪の風に揺られて靡く。
そして彼等を捉える灰色の瞳は確実な敵意が込められて、口元を隠す様にして巻かれたマフラー。そして身に纏うのは黒を基調にした魔法学校のローブ。明らかな敵意を視線で魅せる彼は、シルフ達を見るなり言葉を吐き出した。
?「はっ、弱そ。」
シルフ「っ...」
?「それに、その女子。魔法使えないって噂の奴だろ?そんなのが何でこんな所に居るんだよ。」
アリス「どうもね。」
明らかに悪意を含んだ挑発に近い言葉。しかしアリスは彼に臆する事無く、淡々とした口調で言葉を返し始める。
アリス「あなたこそ何者なの?この騒動を起こしてる張本人さん。随分幼い様に見えるけど。」
ヒュグル「教えてあげるよ。ヒュグル・グレイン。まぁ君達に教えても意味無いだろうけどさ!」
勢い良く切られた言葉と同時に再び猛吹雪が吹き荒れる。しかし、彼の攻撃は吹雪だけには限らなかった。突如として2人へ直撃する氷の礫。それはまるで弾丸の様な速度で飛来し、凍てつく空気を引き裂いて行く。
しかし咄嗟の事態に驚きを隠せない彼等だが、その反動で2人は各々が行動出来る様になったのも事実。2人は浮かばない策を練るよりも今現在可能な最善策を取った様で。
シルフ「アリスさん!無理はしないで下さい!」
アリス「分かってるわよ!貴方こそね!!」
ヒュグル「ごちゃごちゃ小言を吐いてんなよ!」
2人に吐く語気強めた言葉と共に、彼は魔法を発動し始めた。2人を目掛け放たれるのは弾丸の様な氷柱の数々。それら全ては能力を持たないアリスへ。
シルフ「卑怯なっ...!」
その瞬間、ヒュグルの行動に怒りを募らせたシルフの傍から鎖が音を立てて広がりを見せ、アリスへ飛来する氷の礫を全て弾き返す。が、相殺される様に鎖は凍り付き、やがて砕け散る。金属の脆化。ゼイの言葉を思い出した。
『鉄は低温や熱によって脆くなる』。当然の如く氷の礫は低温で、更には環境が吹雪く中。相まって鎖の強度は著しく低下。
その隙をヒュグルが見逃す筈が無く、彼は2人へ向けた攻撃の手を止める事無く次の一手を繰り出す為、再び魔法を発動し始めた。そして
アリス「きゃあぁっ!ぐっ...!」
シルフ「アリスさん!」
氷の礫の一つがアリスの脚へ直撃。礫と相殺し合う鎖の召喚速度が間に合わずに、彼女は礫に直撃。その衝撃によって彼女の足には鈍い痛みと流血が確認出来た。思いもよらぬ状況にシルフは咄嗟にアリスの傍へ駆けては彼女を支える様にして抱き抱えた。
だが戦闘において意識の逸れは命取り。ヒュグルからすれば恰好の的でしか無いだろう。
ヒュグル「どこ見てんだよっ馬鹿がぁっ!」
数多の礫がシルフ目掛けて放たれる。一発一発が鋭利な刃物同等の鋭さを持ち、吹雪の中でもその輝きは鈍らない。勿論、霰と化していた氷の礫に対して著しく強度が低下した鎖で防げるかなんて愚問でしか無く、その矛先は全てシルフへと向けられる。
アリス(しまっ___)
瞳を見開くアリス。一瞬にして身体に罪悪感が伝い、その罪悪感が彼女の身体を硬直させる。そして衝撃へ備える様にアリスはシルフの胴体に腕を回し、ギュッと目を瞑った。
しかし数秒経っても礫による痛みが身体を襲う事は無い。恐る恐る瞳をゆっくり開いた先に見える光景。それは自分を護る彼の繰り出した数多の鎖。
礫から鎖がシルフ達を守る様にして顕現されており、やがて鉄を引き裂く音が木霊する。そしてその光景を目の前にヒュグルは呆気に取られた様子を見せる。
ヒュグル「お前...今何した?」
シルフ「...アリスさんを護った。それだけです。」
彼に対する敵意が顕になり始めたシルフ。彼の事を見るその瞳は明らかな怒りを表し、紫色の瞳は殺気を帯び始める。その殺気に圧されたヒュグルは一歩後退り、やがて舌打ちを一つ。
彼自身も自身の魔法が防がれた事に怒りを募らせたのか、その表情を歪ませていた。
ヒュグル「...はっ、だったらその女子を狙えばお前は何も出来なくなるよなぁ?」
シルフの鉄壁の防御に手出しが出来ないと判断したヒュグルは、再びアリスへ標的を向け始める。彼女が生身である事は先程のやり取りで把握済みであり、その情報がある限り彼は攻撃の手を緩める事は無いだろう。
そして再び彼の周囲に吹雪が吹き始めた瞬間だった。彼の鎖が自身の魔法で相殺出来る事を知った彼は再び氷の礫を生成し、召喚された鎖を次々に粉砕し始める。更に礫は氷柱の如く鋭利に、そして吹雪の勢いは強まりを見せ始めた。
彼の攻撃にシルフ自身も自身の鎖で本体を拘束しようと策を練るが、吹雪と礫が襲い掛かるこの状況では遠距離攻撃しか対応出来ない。だが、この吹雪の中で放つ鎖には物理的威力は望めないだろう。
現に、召喚された鎖は鉄を引き裂く音が木霊した次の瞬間には彼の魔法によって粉々に砕け散っているのだから。一進一退の攻防の中、ヒュグルの繰り出す礫の一つがシルフの胸へ直撃。
その衝撃で彼は後方へと吹き飛ばされ、アリスの傍から引き剥がされる様にして雪原を転がる。隙を見せた、その瞬間だった。一瞬にして接近したヒュグルがアリスの身体を羽交い絞め、首へ鋭利な礫の先端を当てる。
ヒュグル「はははっ!!!形勢逆転だなぁ!この女子が殺されたくなきゃ、その鎖を解け。」
シルフ「アリスさんから手を放せっ...!!」
ヒュグル「お前が解かないなら離さない。ほら、早く解けよ。」
吐き捨てる様な声色と共に、シルフの視界にはアリスの首元から滴り落ちる鮮血が映った。それは彼女の白い雪原を紅く染める様にして。鼓膜に響くのはアリスの捻り出す様な唸り声と、下劣な笑い声。
傷付けられた。大切な物、自身が最も護りたかった物が。目の前の男に散々弄ばれては流血まで。下劣、低俗。様々な言葉がシルフの脳内を駆け巡ると同時に募る怒りと殺意。その感情は自身の魔力を極限まで引き出すには十分過ぎる程で。
その刹那。アリスを掴むヒュグルの手に、一瞬にして黒々としたオーラを纏う鎖が巻き付いた。
シルフ「...おい。」
普段よりも低く髄に響く声。そして吹雪に靡く逆立った髪の毛と明確な殺意に溢れる瞳。身体中の血液が滾る感覚を覚えながらシルフは敵を見据える。空気を切り裂く様に鋭い殺気を。
まるで覚醒した様な彼の周囲に満ち溢れる紫の鎖のオーラは、彼の溢れる感情を体現している様に。腕に浮かび始めた鎖の様な紋章を紫色に輝かせて、彼は声を放った。
シルフ「離せよ、手。」
静かに、それでいて力強く吼える声と同時に数多の鎖が宙を舞う。縦横無尽に飛び交うそれはヒュグルの周囲へと狙いを定め、手始めにアリスを自身の方へ引き寄せては彼女を解放。
瞬く間に起こった出来事にヒュグルは理解出来ずに、アリスを自身の方へ引き寄せたシルフの行動を目で追う。そして シルフの怒りが籠った鎖の一撃がヒュグルの身体へ直撃した。
ヒュグル「っぐっ...!!何なんだよお前っ...!!本気で潰されてぇなら今潰してやるよ!!」
狼狽えるのも束の間、再び飛来する鎖に身体を縛られては地に勢い良く叩き付けられ、その鎖の上を駆ける様にしてシルフは彼の元へと接近。彼目掛けて一直線に飛ぶ礫を物ともせずに全て打ち砕く。
明らかに召喚速度が上がった鎖に一切対応出来ないヒュグルは、一瞬で彼の元へ鎖によって拘束される。そしてそのままシルフは腹部に目掛け蹴りを一発撃ち放った。彼の身体は地面を何度も跳ねながら吹き飛び、周囲の雪原には紅く染まる鮮血が迸る。
地に身体を着けて腹部を抑える彼だが、目の前から近付く死の足音に意識は向かなかった。
シルフ「お前、傷つけたよな。人の一番大切な物を。」
ヒュグル「っ...はっ、だったら何だよ。その女子は生身で魔法が使えないって噂だろ?ただの雑魚なのが悪ぃんだよ...!」
シルフ「お前が何言おうとアリスさんを傷つけた事に変わり無い。だからお前は消す。この世界から。」
そう言葉を放つと彼は再び鎖を召喚し始める。しかし先程の数多の鎖打って変わって、その数は1本のみ。だが、この1本の鎖こそが彼の怒りの現れであり、そして最後の一撃になる事は間違い無かった。
ヒュグル「何だっ...!?」
彼が視認するのも束の間。彼の首はその鎖によって絞め上げられ、身体は宙に浮いては地から足が離れる。彼の首を絞める鎖の力は更に込められて行き、次第にその先からは先程アリスが上げた様な捻り出す唸り声が漏れ始め、口からは唾液が垂れ始める。
必死に抵抗を見せるが、彼の力は鎖によって完全に殺されていた。完全に、死ぬ。互いにそれを実感して。
だが、その力は一瞬にして崩れ去る。シルフの背後から突如として足音が鳴り、更に手を二回叩く乾いた音。意識を覚まさせる様に脳へ響いた音に思わず力を緩めるシルフ。彼が気を緩めた事により首を絞め上げる鎖は解かれ、ヒュグルは再び地に叩き付けられた。




