第十六話 【ブリザード】
あれから数十分経った後、2人は同じ部屋にて各々の行動を取っていた。アリスは椅子に腰掛けて本を片手に読書を、シルフは彼女の柔らかなベッドに身体を預けて彼女から貰ったサメのぬいぐるみを突き上げた両手の上に乗せて無心で眺めている。
何も考えずに過ぎ去る時をただ静寂の空間で彼女と2人きり。そこで改めて現状を考えると、アリスと2人きりで過ごす時間に何の違和感も感じなくなっている事に気付く。彼女と行動を共にする、彼女と一緒にいる、彼女の部屋で一緒に過ごす。
本来なら有り得ない事だったが今の自分は彼女といて当然と考えてしまう程に慣れてしまっている。それに対してアリスは特に何も言う事は無く、更に拒絶する様子も無い。これも一つの信頼の形なのだろうか。
シルフが内心でそう考えていると不意にアリスからの声が耳に届く。
アリス「ねぇシルフ。」
シルフ「あっ、はい。」
アリス「思ったより、平和ね。古代魔法の使い手を探すの。」
シルフ「確かに...そんな戦いとか少ないですよね...」
ふと頭に浮かんだ事を口に出すアリス。確かに彼女の言う通り想定していたよりも事が滞り無く進んでおり、その事にシルフは疑問と危惧を抱いていた。いくら魔法学校の中とは言え、これ程までに簡単に見つけられる物だろうか。
今現在事が上手く進み過ぎている余り、今後何かしらの形で危機が降り掛かって来るのではないかと変な憶測まで立ててしまう始末。その当ても無い不安を拭う様に、本を机に置いたアリスは彼へ近付き言葉を投げ掛けた。
アリス「まぁ、何とかなるでしょ。貴方は古代魔法を扱えるし、それに戦闘科教師のラム先生だっている。あ、ラム先生の話したかしら。」
シルフ「いえ、詳しくは聞いてないです。」
アリス「そう、じゃあ色々話して良い?あの人の事も。」
その言葉を皮切りに酒カス女教師『ラム』について話し始めるアリス。彼女の変な一面から真面目な一面。様々な話をしている内にその話題は徐々に飛躍して行き、会話は弾む一方。
2人の時を眠気が襲って来るまで話し込んだ。2人の身体が同じベッドへ沈むまで。
_____翌日。時刻は生徒が授業を受けている朝。様々な生徒が座学や自身の魔法を鍛える為に教師と共に歩む中、例の2人は校舎を徘徊していた。一見傍から見れば不審極まりないが、当の本人達は古代魔法の使い手を探しているだけである。
アリスの直感を頼りにただ練り歩く。物的証拠が存在する訳でも無く、誰が使えると言う情報も無い為に2人は途方に暮れる。しかし直感が反応さえすれば確実に分かるだろう。その事を信じて2人は校舎の探索を続ける。
アリス「...ねぇ。私金属探知機みたいじゃない?」
シルフ「え?」
アリス「練り歩いて、何か反応があればその箇所に近付く。ほら、今の私そのまま。」
シルフ「それ言ってて悲しくなりません?」
アリス「...なる。」
脊髄反射の様な淡々とした会話。少々ふざけた内容だが、2人にとってはそれが日常。古代魔法の使い手を探す中で築き上げた関係、それが2人の中にあった。シルフがアリスに歩幅を合わせて歩き、彼女はそれに従ってシルフの隣を歩き続ける。
互いに無言のままではあるが、昨日の一件があったからか彼女の隣に居る事への安心感はあった。昨夜のウィズンとの会話でお互いが『離れない』と口に出してた事。それに由来する安心感。
互いに紡いだ言葉の真意は不明だが少なくとも2人の中に迷いは無かった。
アリス「ねぇシルフ。」
シルフ「金属でもありました?」
アリス「違う。その...あれ。」
彼女が指差す方向。その先にあったのは金属の甲冑。何故存在しているか不明で、何故廊下に置かれているか不明なそれが2人の目の前。何の為に置かれているのか疑問に思った2人が甲冑に近付き、アリスはそれを人差し指で軽く触れる。
その瞬間、突如として鳴る金属音。甲冑が少し触れただけで崩れ落ちて行った。あまりの音だった為に近くの教室からざわざわと話す声が聞こえ始める。
アリス「えっ...ヤバい、コレ。」
彼女の首に冷汗が伝わるが、時すでに遅し。教室の扉が開く音がすると同時に、足音が二人の背後から徐々に近付きつつあった。そうして掛けられる声。
?「どうしたんだい?こんな所で。」
シルフ「えっ!?」
脳に染み付いた聞き覚えのある声に反応するシルフ。後ろを振り向くと、そこには白髪を靡かせる男の姿があった。整った顔立ちを映えさせる丸眼鏡。高い身長に羽織る黒いコートは風に吹かれてなびいている。やがて2人の視線は彼を捉えた。
アリス「ゼイっ...何でこんな所に...」
ゼイ「授業中だったからねぇ。しかしどうしたんだい、頭脳明晰な君が甲冑に触れて壊すなんて。まぁ若気の至りと言う奴かな?」
相変わらずの口調で挑発的な発言を口にするゼイ。慣れた態度である為に普段なら反抗していた所なのだが、この状況に関してはアリスは耳まで真っ赤に染めて自身の理由を捲し立てる様にして言い始めた。
アリス「ちっ、違うの!いや悪いのは全部私なんだけど、これはちょっとした事故で!この甲冑に霜が降りてて何でかなって触ったら崩れて!
だって他の何にも霜は無いのに、この甲冑にだけ霜が降りてたら気になっちゃうじゃない!と、取りあえずごめんなさい!」
頬まで紅潮させて焦りを露わにする彼女だが、その言葉で周囲に流れる雰囲気が変わる。彼女の言葉を不思議に思ったゼイは甲冑に指先を触れてみた。確かに甲冑が冷たい。相当な低温で冷やされた温度。
ここまで霜が降りるとは余程の事だろう。不思議そうに周囲を見渡す彼は一度アリスへの説明を優先する事を決めたのか、彼女の方に顔を向けて口を開いた。
ゼイ「どうやら君の言葉は本当な様だね、アリス。この甲冑は低温によって脆化している。極度の低温によって金属に霜が降りたのだろう。だから触ったら崩れた。鉄は低温や熱によって脆くなるからねぇ。」
アリス「じゃあ私のせいじゃないのね...」
ゼイ「そうなるねぇ。しかし何故急に霜が降りたのか私には分からない。古代魔法かと考えたんだが、そもそも古代魔法には極度の低温を操る物は無いしねぇ。それにこの魔法学校では金属を一瞬にして脆化させる程の氷結魔法なんて教えていない。」
シルフ「じゃあ何で...」
ゼイ「んー、私の推測に過ぎないが_____」
彼が言葉を紡ごうとした瞬間、音が遮られる。突如として何処からか凍て付く吹雪が吹き荒れ始め、更には甲冑だけで無く壁や廊下に敷かれる真紅のカーペットまでもが完全に凍り付いた。
教室は騒々しくなると共に周囲は一面の銀世界へと瞬きする間も無く豹変した。そして当の3人はシルフが咄嗟の判断で繰り出した鎖が彼等を囲う様にして封鎖しており、そのまま防御の姿勢を取っている。
ゼイ「ふむ...事は思っていたよりも重大の様だねぇ。」
アリス「寒ぅっ...!!何なのよこれっ...!」
ゼイ「どうやら、確実に誰かのよる攻撃と見て良いだろう。シルフ君、止められるかい?」
シルフ「えっ!?ぼ、僕がですか!?」
ゼイ「そうだ。君の古代魔法を制御する為の実践練習だと思えば良い。アリス、君は避難するかい?」
含みのある声でアリスへと問いを投げ掛けるゼイ。勿論、こんな極寒の中を魔法を使えない人間が歩むのは自殺行為。当然、凍死は避けられないだろう。しかしゼイは問い掛けた。
このまま避難して安全に事を終えるか、シルフと共に行動をして危険を冒すか。シルフの力量は彼はまだ理解していないが、彼の魔法は簡単に命を奪える魔法。だから冷静な判断が下せる彼女が必要だと、ウィズンに言われていた事を彼は忘れていない。
彼女は下唇を軽く噛む。そして、
アリス「...いえ、私はシルフと行く。私は彼の傍にいるって決めたから。」
ゼイ「はぁはぁっ!その返答を待っていたよ。だがアリス。君は生身。シルフ君、君は古代魔法の使い手。この差は歴然だ。だから私は君に力を貸そう。」
彼女の答えに満足してかゼイはとある行動に出た。それは自身の羽織る黒いコートを脱ぎ、それをアリスに着せると言う物。羽織らされたコートは何故か吹雪の中でも暖かく、寒さを軽減出来る物で。驚愕するアリスに彼は淡々とした口調で言葉を放つ。
ゼイ「それには私の魔力が込められている。だから極寒の吹雪も耐えられるだろう。さぁシルフ君、アリス。この吹雪を止めてくれ。私はその他で何か無いか探ってみようじゃないか。」
アリス「で、でも貴方は!」
ゼイ「私は魔力でどうにでもなる。早く行きたまえ。この吹雪は普通じゃない。何かがある。」
アリス「...分かった、ありがとう。」
彼女の心配を他所にゼイは2人を背に歩き始める。そして再び吹き荒れる吹雪。廊下に取り残された2人は互いに顔を見合わせて、そのまま廊下を駆け出して行った。吹雪の吹き荒れる方角的に恐らく根源は校庭。
顔を掠める冷気に目を細めながらも彼等は廊下を駆け抜けて行く。この騒動を終わらせる為に。そして、この吹雪が意味する物を知る為に。




