第十三話 【必要なもの】
自身の果たすべき役割を改めて実感したシルフは神話学準備室へと早足で向かう。この時間帯なら恐らく居るはずだろうし、担任なので話もきっと聞きやすいだろう。そんな期待を胸に抱きながら走る事数秒。
神話学準備室の扉が見えたと同時に、目的地が目の前にある事を視認したシルフは息切れ気味の呼吸を整えて扉の前に立つと扉に対してノックを三回。すると中から例の飄々とした声色で入室の許可を告げる言葉が聞こえた。
シルフは意気揚々として扉の中へと足を運び、彼と対面する。
ゼイ「おやおやシルフ君。どうしたんだい?こんな真昼に来るなんて珍しいじゃないか。」
シルフ「あっ、その...古代魔法の使い手が一人見つかったのと、他に古代魔法の情報が何かあったら教えて貰いたくて...」
ゼイ「ほう。情報を伝える事は勿論だが、古代魔法の使い手を見つけてくれたのかい?はっはぁっ!流石シルフ君とアリスだ。先にその情報が聞きたいねぇ。等価交換と行こうじゃないか。」
相変わらずニヤリとした笑みを浮かべては頼みに応じるゼイ。シルフは彼から出されたその提案を承諾し、自分が知り得る情報を彼に伝える事にした。アリスから聞いたダーリムの事、そして実際にダーリムと戦闘した事。
彼女の扱う古代魔法【純夢】について感じた事を事細やかに。ゼイはその情報をメモに書き記し、シルフの話が終わるとそのメモをケースの中に保管した。
ゼイ「ふむふむ、ダーリムと言う生徒が古代魔法の使い手で彼女が扱うのは【純夢】。なるほど、よく彼女を探り当てたねぇ。お礼を言わせて貰うよ、ありがとうシルフ君。」
彼の話を聞いては満足そうな笑みを浮かべては感謝の言葉を口にする。そして彼はシルフを椅子に座らせると、その正面に座り手を組んでは指に顎を乗せて話を始めた。
ゼイ「さて、次は私から情報を渡そう。シルフ君は古代魔法にも種類がある事は知ってるかい?」
シルフ「鎖縛とか...純夢とかって事ですか?」
ゼイ「んー、半分正解だ。勿論その要素も含まれる。しかしね、古代魔法は3種類に分類が可能なんだ。」
シルフ「三種類に...」
彼の言葉を反芻する様にシルフが呟く。彼はそんなシルフの心情を汲み取るとそのまま話を続けては口を開いた。
ゼイ「そうだね。古代魔法を三種類に分類するとこの様になるんだ。『物理的古代魔法』『意識的古代魔法』『空間的古代魔法』。この3つだ。じゃあ一つ一つ説明しようか。」
シルフが頷くのを確認すると彼は再び席を立ち、窓に一番近い位置に設置されていた棚から何かを持って来ては机の上に置く。それは彼が以前シルフに見せた本。シルフ自身も忘れかけていた、シルフが持つ古代魔法について記された本に酷似した本だった。
彼はその本を開くと同時にシルフへ説明を始める。
ゼイ「まずは『物理的古代魔法』。その名の通り物理的に作用する古代魔法さ。代表的な物で言えば君の扱える【鎖縛】だね。そしてこの分類には相性の優劣がある。物理的古代魔法は意識的古代魔法に強いんだ。
相手の意識に干渉していても本体へ攻撃をされては意味が無いだろう?しかし空間的古代魔法には弱い。その空間内にしか干渉が出来ないからね。まぁ物理的古代魔法の中にも相性があるんだが、それは長くなるから省略しよう。」
『物理的古代魔法』。物へ物理的に干渉する古代魔法で、意識的に干渉する相手に対して本体を叩いてしまえば良いと言う脳筋とも言える分類。しかし弱点は空間的古代魔法。空間を左右されては空間内でしか魔法を発動出来ない。
発動したとて空間内でしか効果を発揮しない為に本体は叩けないからだ。
ゼイ「次に『意識的古代魔法』。物に対して意識的に干渉する古代魔法だね。代表的にはダーリムの扱う【純夢】が当てはまるねぇ。彼女の魔法は相手を昏睡させる物だろう?そして昏睡させた事で衰弱へ繋がる。つまり意識の完全な消失。
意識的に干渉しているねぇ。しかし意識に干渉したとて、本体を叩かれてしまえば意味が無い。だから君はダーリムに勝てた。物理的古代魔法には弱い。だが空間的古代魔法には強い。空間を創り出す相手の意識へ干渉してしまえば相手の能力は所詮空間作成。
本体は叩かれないから安全に攻撃が出来る。」
『意識的古代魔法』。物に対して意識的に干渉する古代魔法。相手の意識に干渉出来れば強力だが、その反面物理干渉や魔法干渉による干渉は受けやすい。そしてその能力も意識に作用して発動する為、本体を叩かれれば終わり。
しかし空間を創り出す相手に対しては強い。空間を創り出す相手の意識へ干渉してしまえば相手の能力は空間作成のために空間作成を無効化してしまえば本体に攻撃が可能だからだ。
ゼイ「最後に『空間的古代魔法』。これは特別でねぇ、一つしか当てはまらないんだ。未だ詳細が不明な古代魔法【螺旋】が当てはまる。しかし空間作成を扱う古代魔法と言う事は分かっているんだ。だから当然物理的古代魔法に強い。
その空間に閉じ込めてしまえば物理的に干渉される事無く相手を蹂躙出来る。まぁやはりこの魔法も弱点がある。さっき話したねぇ、意識的古代魔法だ。」
『空間的古代魔法』。物に対して空間を生み出してはそこに閉じ込める古代魔法。空間を生んでしまえば物理干渉や魔法干渉による攻撃は全て無効化され、更にその空間に相手を閉じ込めてしまえば標的を半永久的に蹂躙可能。
しかし意識に干渉されては空間作成を無駄にされる為、意識的古代魔法には弱い。
一通り説明を受けて脳内で情報を処理したシルフ。その情報の量に少し頭が痛くなるが、彼はそんなシルフを見てはクスリと笑みを溢した。
ゼイ「どうだい?この3つが『物理的古代魔法』に『意識的古代魔法』。そして最後に『空間的古代魔法』さ。まぁ少しでも君達の役に立てば嬉しいねぇ。」
シルフ「ありがとうございますゼイ先生、アリスさんに情報提供します!」
ゼイ「うんうん、そうしてくれたまえ。あぁ、それともう一つ。」
その言葉と同時にシルフを呼び止めて彼の瞳を見据えるゼイ。その瞳には僅かながら光が宿っており、口元は普段の不敵な笑みを助長させる様に口角が上がっていた。そして彼にこう告げる。
ゼイ「何が起ころうと、決して彼女からは離れるな。」
シルフ「えっ...?」
ゼイ「私が告げたいのはこれだけさ。''彼女''が誰を指すのか、君なら分かるんじゃないかな?」
微笑んで言うゼイ。そのまま表情を一切変えずにシルフの方へと笑みを浮かべる。笑みを向けられた彼は何が何だか一瞬理解が出来なかったが、ゼイの言いたい事を脳内が補完する様に記憶の情報を繋ぎ合わせてはその姿を考える。
それはきっと容姿端麗で才色兼備な金髪の女性だろう。唯一心を通わせた、あの女性。その姿を思い浮かべながら彼はゼイに一礼してから神話学準備室を後にした。彼が何故『彼女から離れるな』と言ったのか。それは分からない。
しかし確固たる物は曖昧ながらも心に浮かんでいた。彼女の様に長けた直感では無いが、彼の直感が告げている。自身に宿るその直感を信じて。
_____そうして数時間経った放課後。校庭には金髪の生徒と黒髪の教師が2人。片方は動きやすい軽装に、そしてもう片方は片手に酒瓶を握り締めて。
ラム「さぁーて、アリスちゃん。君はどれくらい動ける?」
アリス「えっと...平均の女子生徒より低いくらいです。」
ラム「んー、まぁ体力は付けた方が良いね。取り敢えず一緒に走ろうか。ちょっと待ってね先に一杯。」
彼女はアリスにそれだけ伝えると瓶の蓋を回し開け、そのまま口元まで運ぶ。どうやら2人は例の戦う術を身に着ける指導の真っ最中らしい。しかし現場はドタバタその物。
現にランニングを行おうとしたラムだが、生徒の前で度数の強そうな酒をラッパ飲みしている始末だ。そんな彼女にアリスは恐る恐る口を開く。
アリス「ちょっ、先生として大丈夫なんですかそれ。」
ラム「んー?なぁんかねー?っぱ酒飲むと無敵になった感じするんだよねー!はいはいじゃあ走るよー!!私の後について来なさーい!!」
生徒からの質問も他所に、彼女は颯爽と走り始める。彼女の足の速さはどのくらいなのかと疑問を抱くが、突然走り出した事に対して上手く対応出来なかった彼女はその背を追う形で自身の足で駆け出し始めた。
酒に酔った身体で走れるのかと言う疑問が浮かぶが、やはり戦闘科の教師と言うのは本当なのだろう。アリスが一歩踏み出した時には既に彼女は十数歩先にいる。魔法を使っている様子も無いのに何故これ程までに差があるのか疑問が尽きない。
ラム「遅いぞアリスちゃぁあん!!そんなんじゃ半分くらいでバテちゃうよー!!あっはは!走るの楽しいなぁあ!!」
アリス「せ、戦闘科の教師と平均以下の私を比べないで下さいよ!!それに私魔法使えないんですから!」
ラム「平均以下とか良いのー!今はアリスちゃん自身を磨く事に意味はあるんだからぁあ!」
走る速度を落としてアリスと並走する様に走るラム。彼女は息切れする事も無く、会話しながらも軽快に走ってはアリスの事を励まし続けた。一方でアリスは半周した所で既に身体が悲鳴を上げている。
彼女の体力は限界値を超えてしまいそうで、残りの半分も持つかどうかと言ったところだ。そして彼女の姿を見てラムは横目に声をかける。その声のトーンはとても穏やかで、普段のおちゃらけた口調とは大違いであった。
ラム「キツいなら一旦止めよっか。判断トレーニングの方に移ろうか。」
アリス「っ...はぁっ、はぁっ...これくらいで止めたらっ...はぁっ、強くなれないですからっ...」
肩で息をしてラムに返答するアリス。息を切らしては荒い呼吸を無理矢理整える様に言葉を口にする彼女だが、その表情はとても苦しそうだった。既に額は汗まみれで雫が滴る。
しかし彼女はそれでも走るのを止めなかった。その姿を見てはラムも止める気は無いらしい。
ラム「...そっか、無理だけはしないようにね。」
その一言をかけてラムはアリスの判断に結末を委ねる。どうやらラムの想定以上に彼女の精神力は強靭らしい。ボロボロの身体を必死に動かしては走る彼女は決して意志を曲げる事無く走り続けた。
自身が強くなれると信じては身体に鞭を打ち、その意志をラムへ叩き付ける様に。
____「はぁっ、はぁっ...」
過呼吸で息を刻み、両手を地に着き座り込むアリス。その身体は汗まみれで呼吸も荒く体力は底を尽きかけていた。限界値を超えた彼女は校庭を一周走り切った後にラムにもたれかかっては息を整えている。
空は陽が傾き西へ傾き始めており、茜色の光が2人を包み込んだ。ラムはアリスの頭を優しく撫でては笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
ラム「お疲れ様、アリスちゃん。」
アリス「はぁ...はぁ...ありがとうございます...」
ラム「アリスちゃんは強いよ。あんなに体力限界なのに自分奮い立たせて走りきったんだから。目標を曲げずに頑張れるのは強い人の証拠。」
熱の籠ったアリスの頭を撫でながら彼女は呟く。それは指導者としての言葉か、それとも彼女本来の言葉なのかは定かではないが、彼女の心からの言葉である事は間違いなかった。
ラムの言葉に嬉しそうに口元を緩めるアリスだったが、直ぐにハッとなってラムにもたれた姿勢を正そうと立ち上がる。しかしラムは立ち上がる彼女の腕を力強く、でも優しさを含んでは引き止めた。
ラム「良いんだよ、もたれてて。疲れたなら誰かに甘える事も大事。何せ私だよ?気遣ったら負けだから。」
アリス「でも...何か誰か来たら恥ずかしいんですけど...それにシルフにこんな姿見せれない...」
ラム「なーに、彼氏ー?男の教師じゃないんだから良いじゃん。」
アリス「そりゃそうですけど恥ずかしいんで...」
からかう様な仕草を見せるラムと彼女の行動に戸惑うアリス。しかし今の状況で歩き出そう物なら身体が悲鳴を上げて倒れ込む事を理解していたアリスは、渋々ラムに体重を預けては身体を休める事にした。
もたれる感覚に少しの気恥しさを覚えながらも彼女はラムに言葉をかける。
アリス「...今お酒飲んでますよね。」
ラム「...大正解。ウイスキーね。」
アリス「その情報いらないです。」
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