第十二話 【強くありたい】
ウィズンと別れたアリス。彼女は植物園を後にし、三階の廊下を歩いていた。この階層は基本的に上級生のクラスや魔法実験室等がある為、下級生のアリスがこの階層に足を踏み入れる事はあまり無い。
しかし今彼女が居る三階は目的の教師がいる戦闘科準備室が存在するので、彼女はその廊下を歩いていたのだ。
アリス「えっと...ラム先生って人が居るのは3階よね?」
彼女の脳内にはウィズンから聞いた情報が鮮明に残っている。それは先程彼女から聞かされたラムと言う教師の情報だ。戦闘科の担当教師であると言う情報と酒好きと言う情報しか無く、見た目の情報や性格の情報は皆無だった。
しかし、彼女はその情報の少なさに不安を感じる事は無い。取り敢えず彼女を見つけなければ事は始まらないのだから。
アリス「戦闘科準備室...戦闘科準備室...あ、あれかしら。」
彼女の視界には扉の上にプレートが取り付けられている部屋があった。その部屋に掲げられたプレートには確かに戦闘科の文字。彼女はその場所へ早歩きで向かうと、改めてその扉に向き直る。掲げられたプレートには戦闘科の文字。
扉の横には『責任者 Rum Alcohol』の文字。ラム・アルコホール、恐らく目的の教師で間違い無いだろう。彼女は一つ深呼吸をすると、その扉にノックを三回。そして数秒程間を置くと、扉の向こうから声が返って来た。
?「はぁあい、どうぞー。」
返って来たのはフワフワとした大人の女性の声。地の声の感じとは少々異なる様な雰囲気に少々驚いたが、取り敢えずは中へと入る事に。彼女は扉を開いてその部屋の中へと足を踏み入れた。
そして視界に飛び込んで来たのは、部屋の中央にある大きなテーブルとそれを囲う様にして置かれた四つの椅子。その内の一つの椅子に腰掛ける女性の姿が映る。戦闘科準備室のはずなのだが、戦闘とは関係無い物が多く置かれている。
壁側の棚には様々な種類の酒瓶。机上には更に酒瓶。それと加えて無駄にお洒落なグラス。そして紙が大量に詰まれた作業机には再び酒瓶。
アリス「失礼します、αクラスのアリス・フェレーラと申します。ラム先生にお尋ねしたい事が...」
彼女がそこまで言葉を発した時、彼女はラムの動作を目にして思わず言葉を止めてしまう。それは何故か。理由は単純な事。彼女の視界に映ったのは、酒瓶をラッパ飲みするラムの姿だった。その姿は酒豪と言って差し支えの無いだろう。
ラム「んー?下級生が私にー?あっは!随分私有名になっちゃたねぇ。あっはは!!別に良いけどさぁ、どうしたのー?」
夢でも見ているかの様な声色と火照った頬。確実に彼女は酒に酔っている。教師と言う立場なのに良いのだろうか。飲酒を堂々と生徒の目の前で行い、更に酔った姿を生徒に見せる。
アリスの脳内には彼女が戦闘科の教師で大丈夫なのだろうかと言う心配で一杯になった。そんな彼女の心中等察する事も無く、ラムは酒瓶を飲み干すとアリスへと視線を向ける。その視線に気付いたアリスは自身が彼女を訪ねた目的を遂行する事にした。
アリス「ラム先生。私、強くなりたいんです。大事な人を護る為に。ウィズン先生に強くなりたいなら良い先生がこの学園に居ると聞きまして。ラム先生にご指導願えればと思いまして。」
彼女の言葉にラムは傾けていた酒瓶をテーブルに置くと、その上に頬杖を付いて口を開く。その表情からは嬉しさが伺えた。黒いミディアムヘアに水色のインナーカラー。彼女を捉える薄い青色の瞳は酔っている為か少し潤んでいる様に見える。
少し上げた口角を更に上げ、彼女はアリスに問いを投げ掛けた。
ラム「ウィズンが?へぇ、まぁその目的ならウィズンが私を推すのも納得ね。んじゃあ君に一個質問。」
唐突に投げ掛けられる質問。アリスは彼女の問いかけに首を小さく傾げると、ラムはその仕草に小さく笑う。そして酔いを醒ます様に机上にある白湯を一口飲むと、再び口を開いた。
ラム「アリスちゃんは戦える様になりたいのか、強くなりたいのか。どっち?」
彼女は真っ直ぐな瞳でアリスに視線を注ぐ。対して質問の意図を理解出来ていないアリス。戦える様になる事と強くなる事は同義では?と、そう考えてしまった。戦える様になる事で強さを得られるのは想像に難くない。
だから余計に意図が理解出来なかったし、それが表情に出ていたのだろう。ラムはアリスの表情を汲み取ったのか、小さく笑いを溢す。
ラム「あっは!まぁそう考えるよねぇ。でもさ、ちょっと考えてみて?君は戦いに勝つにはどうしたら良いと思う?」
彼女の言葉にアリスは更に首を傾げる。戦う事の意味。彼女はその言葉の意味を知らないのだろうか。しかし、そんな考えもすぐに打ち消した。何故なら目の前の彼女は戦闘科の教師なのだから。ならば知らない訳が無いだろう。
アリス「えっと...相手より強くなる、ですか?」
ラム「まぁ、それもある。でもどの面で強くなるの?例え体力や運動神経、体術を鍛えたとしてそれに見合うだけ知識が必要。例え勉強が出来ても、それが戦闘にそのまま生きるかと言われれば違う。
持つ知識を応用して勝ち筋を導き出す事も求められる。それに大事な人を護る為には戦えるだけで良いと思う?それで満足?」
アリス「それは...」
ラム「もし仮に、君が戦う事で大事な人を護れたとしよう。じゃあその人がもし危機的状況に陥ったら、君は大事な人の為に何を賭けられる?大事な人に命の危機が迫っているのに恐怖で足がすくんで動けない。
その隙に大事な人が命を落としたら、それは君が大事な人を護れなかった事になるんじゃない?精神的に弱かったらそこで自分に負けて何かを失うかもしれない。」
彼女の言葉はアリスの脳内に反響する。その言葉はまるで自分の心を見透かしているかの様な物だったからだ。何故、自分は戦える様になりたいのだろう。そもそも護る為に強くなりたいと思う事は正しいのだろうか。
自分はただシルフの足を引っ張りたくないと言う理由で強くなりたいと願うだけ。それで彼を護れるのだろうか。何故自分は彼を大事と想っているのだろうか。数々の疑問が脳を埋め尽くす様にして思考を鈍らせる。
そうして冷静な思考もままならなくなってしまった時。ふとアリスの頭に柔らかな優しい感触がポンッ、と置かれた。
ラム「そうやって冷静に考えられなくなっちゃうのが本質的な意味で強くは無い証拠。改めてもう一度聞くね。アリスちゃん、君は戦える様になりたい?それとも強くなりたい?」
アリス「私は...」
本質を突かれる様な刺さる言葉を前に、アリスは再び自分を振り返る。自分はどうしたいのか、自分はどうなりたいのかを。本当に望む事は何か。自分は力を手にした時、何を成したいのかを。
アリス「強く...なりたいです。」
ラム「さっすが。」
彼女の言葉を聞き、ラムは安堵した様な微笑みを浮かべるとアリスの頭を優しく撫でる。そして撫でていた手を後頭部に移動させると彼女の後頭部に手を回してそのまま自身の方へと抱き寄せた。
突然の事に動揺するアリスだが、彼女は少し安心感を感じるのと同時に甘ったるいシナモンの様な香りを感じ取る。そうして暫くラムに抱き締められた後、そっと彼女は彼女から解放されては身を引いた。
ラム「酒臭かったらごめんね?」
アリス「あっ、大丈夫です。甘い香りだったので。」
ラム「んー、酒香ってるね。まぁ取り敢えず、今日の放課後に校庭においで。そこで君に戦う術を授けてあげる。」
アリス「えっ、ありがとうございます。」
ラム「良いの良いの。」
再び向けられた微笑みにアリスはフッ、と笑みを溢した。そして彼女に礼を言って頭を下げると、そのまま踵を返して部屋を後にする。
扉の閉じる音が鼓膜に響いたのと同時に中から酒に酔った様な大声が聞こえた気がしたが、恐らく空耳だろう。空耳と思わなければやってられない。半ば呆れの感情を抱きながらも先程告げられた事を思い出す。
胸の内に刺さった言葉の数々。本質を何度も突いて来た事から推測するに、恐らくラムの強さは本物なのだろう。彼女がどれ程強いのかは未知数だが、ウィズン曰く『古代魔法と対等に戦える』との事。きっと計り知れない実力を秘めているに違いない。
アリス「...でも、あの酒癖は大丈夫なのかしら。」
彼女はそんな事を考えながらも自室へ向かう。早く彼に会いたい。自身が最も必要として、大事で、自身には無い物を持つ彼に。
_______アリスがラムと出逢った同時刻。一方でシルフは自室で例の古代魔法について記されている本を今一度読み返していた。自身の扱う古代魔法【鎖縛】についてだけで無く、他7つの古代魔法についても触れられている。
【蝕罪】【純夢】【豊穣】【溟渤】【螺旋】【幻像】【燼】の7つの古代魔法。触れられているのは名前と大まかな概要で細かな詳細については一切触れられていない。
何かしら情報を掴めればと思って本を開いたのは良い物の、特に何も得られずにシルフは溜息を溢し本をアリスの本棚に戻した。そもそも先程の情報も彼女が暇潰しに内容を翻訳してくれた物だ。
シルフ「僕なんかじゃアリスさんの力にはなれないか...」
口から自然と出たその言葉はシルフの心を少しずつ蝕んでいく。彼女は何度も自分の事を大事にしてくれたし、自分が悩んでいると的確な助言をくれたりその悩みに一緒に向き合ってくれたりしていた。
彼女がいなければ古代魔法の使い手を探す事は不可能に近いし、何せこの学校でも孤独を貫いていただろう。そんな恩人である彼女に何も恩返しを出来ない事がこんなにも辛いとは思わなかった。
しかし、このまま彼女に頼りきりで古代魔法の使い手を探す事は自分自身が許さない。学生なら当然と言える勉強や、自分自身を強くしようと努力する彼女。彼女はずっとずっと、必死に努力し続けている。
ならば対等に、彼女と同じ場所へ登れる様に努力する事が自分に出来る精一杯の恩返しなのではないだろうか。
シルフ「取り敢えず誰か話聞いてくれそうな人...」
思考を巡らせる。古代魔法についての情報を持っていて、更にシルフに好意的な人。薄紫髪の女性ダーリムは確かに古代魔法を扱えるが此方に好意的では無い。
魔法植物学教師のウィズンは何かしら古代魔法の情報について知識は持っていそうだが、アリスと話をしているために割って入る勇気は今のシルフには無い。今までに出会った残りの人間。彼の頭に浮かんだのは他でも無いあの教師。
飄々とした素振りで掴みどころが無く、アリスから嫌われている教師だった。
シルフ「ゼイ先生...!!」
暗闇に光が差す様にシルフの表情が晴れやかな物となる。彼の元に行く目的が古代魔法の情報を掴むためなら迷うと言う決断は無い。急いでアリスの部屋から足を踏み出しては鍵をしっかりかけて廊下を駆ける。
踏み締める真紅のカーペットはシルフの足音を吸収しては静寂な廊下に響く足音を掻き消した。ゼイ、彼ならきっと古代魔法についても何かしらの情報を持っているはず。
自身の為、アリスの為、そして忘れてはいけない目的の『古代魔法の使い手を見つけ出す事』。この3つを絶対に果たさなくてはならないのだから。




