第十一話 【芽吹きの訪れ】
時刻は10:40。魔法植物学の授業が敷地内の植物園にて行われている。生徒達は植物園内に設置された木製の机と椅子に着席し、前を向く者や隣同士で談笑する者と授業の開始を待つ。
それはシルフやアリスも例外では無く、1番後ろの席に隣り合った状態で佇んでいた。この授業を思い耽る彼には一切気付かず、机上に両肘を付いては手の甲に顎を乗せているアリス。そんな彼女の行動が視界の隅に入り込み、思わず笑みが溢れてしまう。
そうした青春の一ページを彩っていた時。
?「うんうん、皆揃ってるわね。それじゃあ授業を始めましょうか。」
お淑やかな声が植物園内に響く。その声の主は植物学の担当教師である。彼女は教師の中でも特に慕われており、特に男子生徒からの支援が厚い。顔立ちが美しく、薄茶色の髪の後ろを2つの三つ編みで纏めた髪型をしている。
年齢はアリス達よりも少し上に見えるが、年齢を聞いて驚かないであろう見た目である。年相応、と言うべきだろうか。
?「はい、じゃあ今日は皆の手元にある葉っぱを育ててみましょうか。じゃあ各自植木鉢を取って来てねー。」
教師がそう告げると生徒達は席を立ち、植物園内の植木鉢が置かれている場所へと向かう。シルフとアリスも同様に土が入っている植木鉢が沢山置かれている場所へ向かい、そこで鉢植えを手に持つ。
そして見守る様に皆の元へと歩み寄っていた教師がアリスに近付き一言。
?「あ、アリスちゃんはレポート使う?皆が魔法で育てる中でアリスちゃんだけ手で育てて評価が下がるのも違うと思って...どうかな?」
アリス「え、良いんですか?ありがとうございます。ウィズン先生。」
ウィズン「良いのよ、私だって全員平等に評価したいし。じゃあ頑張ってね?」
そう言って再び座る皆の前へ立つ教師。彼女の名は『ウィズン』。彼女の言葉の後に机に人数分置かれた葉っぱを生徒達は土へとその葉っぱを挿しては魔法で成長させていた。
この魔法植物学ではウィズンから教わった魔法を使って植物を育て、その成長具合をウィズンに見せて評価してもらうと言う形の授業である。
生徒「ウィズン先生!俺のも見て下さい!」
ウィズン「はいはい順番ね~?あら、もうこんなに成長してる!水の配分も完璧!素晴らしいわ!」
生徒「先生マジ!?え、じゃあ私成績A?
ウィズン「んー、そのためには提出物をちゃんと出さなきゃねー。」
笑いが起こる授業内で、例の2人は皆とは離れた席で植木鉢を二つ並べて共に作業をしていた。アリスが魔法を使えない分、シルフが代わりに彼女の分を魔法で育てては成長して苗木程度の大きさになった植物をレポートに書き記して行く。
シルフ「...アリスさん絵上手いですね。」
アリス「そう?ありがと。」
彼の褒め言葉に満更でも無いと言った様子でアリスは横顔で微笑む。2人の時間は他の生徒との時間とは違う様な感覚だった。時間の流れが遅く感じ、しかし体感時間は早く進んでいるかの様にアリスには感じられる。
不思議な感覚に身を委ねる様にしてはレポートを書き続けた。
ウィズン「アリスちゃんにシルフ君、出来具合はどうかな。」
シルフ「僕はもう終わって、アリスさんのレポートが今書き終わったところです。」
ウィズン「そうなのね。うんうん、シルフ君も完璧!アリスちゃんのレポートも凄い出来栄え!提出は朝まで受け付けてるから、また時間ある時に持って来てね。」
アリス「ありがとうございます、ウィズン先生。」
礼を言う彼女に対してウィズンは笑顔で頷くと、生徒達に次の授業内容を伝える。その後は各々が指示に従って行動して行く。シルフとアリスも例外では無く、勿論ウィズンの指示に。
成長した植物は生徒達の魔法によって更に成長させられた。魔法を掛けられた植物は植木鉢の中で張れるだけ根を張り、上へ上へと木の形へと成長する。生徒達が植物を成長させて行く光景にウィズンもまた笑みを零していた。
ウィズン「そしたら、今皆の木には小さな実が出来てると思うんだけど、これが今日の授業で大切な物なの。」
彼女の言葉を皮切りに、生徒達が机に並べている植物に実が生え始める。その実は実こそ小さいが薄桃色で甘い香りが周囲に漂い、その香りに釣られる様にして生徒達は実へと手を伸ばしていた。
その中でウィズンはシルフとアリスの方に近寄り、2人の席の近くで何事も無い様に再び説明をする。
ウィズン「今皆が持ってるのが『ヒュメズの実』。この粉を粉末状にして飲むと魔力が一時的に増幅するの。体力の増幅作用もあるから時と場合によっては使わなきゃいけない事もあるかもね。でも何事も摂りすぎは毒。
魔力と体力が強化されるからと言って摂取しすぎると、副作用として魔力が極端に弱まっちゃうの。気を付けてね。じゃあ今日の授業は終わり!はい、皆解散!植木鉢はそのままで良いからね!」
手を叩く乾いた音が鳴り響くと同時に授業終了の鐘が鳴る。生徒達が次の授業の為に植物園を後にする中、シルフとアリスはウィズンの傍に寄っては彼女に声を掛ける。
シルフ「あ、あのウィズン先生。」
ウィズン「ん、なぁに?」
柔らかな微笑みで2人の方へと視線を移すウィズン。彼女はウィズンの美しい深緑の瞳から目を逸らさずにシルフは口を開く。微笑みを浮かべるウィズンの顔には純な疑問では無く、何かを期待する様な感情が見える。そんな気がするシルフだった。
シルフ「その...ウィズン先生は古代魔法について知ってますか?」
ウィズン「ふふっ、やっぱりその質問。」
アリス「や、やっぱり?何か前以て情報を聞いてたみたいな...」
2人の反応にウィズンは再び笑みを溢す。何故彼女がこの疑問を投げ掛けられる事を認知していたか。それはウィズンの口からすぐに出た。
ウィズン「ゼイ先生から聞いてたのよ。『古代魔法が扱える生徒の捜索をシルフ君とアリスに手伝って貰っているから、協力してくれ』って。」
彼女の答えに2人は思わず言葉を失う。まさかゼイがそんな根回しをしていたとは。だがアリスの頭には一つの疑問が浮かぶ。大勢いる魔法学校の教師の中から、何故ウィズンにその協力を頼んだのか。
単に付き合いが長いから、という安直な理由では無いだろう。ゼイがそんな単純な理由で強力を申し出るとは考え辛い。アリスの目には彼は人間らしい情があるとは思えないから。恐らく、彼女が彼を嫌いと言う主観も入っているだろうが。
アリス「でも何でゼイは...あっ、ゼイ先生はウィズン先生に協力を申し出たんですかね。」
シルフ「確かに...。」
ウィズン「...知りたい?」
シルフ:アリス「はい。」
彼女の質問に対して彼は迷い無く頷く。堂々とした2人の反応を見たウィズンは唇に人差し指を付けては悩ましげな表情で数秒程考え込んだ。やがて彼女の中で考えが纏まったのか、彼等の前から一歩後ろに下がる。
そして彼女が両手を上に翳した瞬間、2人の視界は美しい色彩の嵐に呑み込まれた。植物園内の木々は巨大な樹木へと変化し、地面からは巨大な波打つ根が幾つも生えては彼女達を囲む様にして召喚される。
そして空間には花吹雪が舞い散り、その光景に呆気に取られていた彼女達が言葉を発する事無く再び元通りの植物園に戻った時には彼女は眉を困った様に下げて微笑みを浮かべていた。
ウィズン「...ね?」
シルフ「ウィ、ウィズン先生...今のって...」
ウィズン「しーっ、内緒よ?じゃあこの魔法の話はまた今度。」
彼女は人差し指を口元に添えては片目を瞑る。その仕草がまた愛らしく、2人は何も言えずに頷く事しか出来なかった。そしてウィズンに別れを告げて植物園を後にしようと歩みを進めるシルフ。
しかしアリスの姿はウィズンから離れずにその場に留まっては彼へと言葉を投げ掛けた。
アリス「シルフ。私ちょっとウィズン先生と話があるから先に帰ってても大丈夫よ。後で何処かで落ち合いましょ?」
シルフ「あっ、はい。じゃあ先に行ってますね。」
女性2人の会話を邪魔する訳にも行かないので、シルフはアリスと一旦別れる事に。笑顔で小さく手を振る彼女を見送りつつも彼は背を向けては植物園を後にするのだった。
彼の小さくなって行く背中を姿が見えなくなるまで視界に捉え続けて表情を緩ましていたアリス。しかし、その視界から彼が消えた時。ゆっくりウィズンに向き直ると同時に彼女は口を開いた。
アリス「あの...先生。相談があるんですけど...」
ウィズン「なぁに?アリスちゃんみたいな子に私が力になれるなら何でも聞くわよ?」
彼女の何でも包んで抱き締める様な包容力にアリスは安堵の息を漏らす。そして彼女はゆっくりと、その小さな唇を開き始めたのだった。
アリス「私...強くなりたいんです。頭脳は確かに褒めて貰える物かもしれませんが、それだけじゃ戦闘になった時にシルフの足を引っ張る事は明確ですし。彼にも手伝ってとお願いはしたんですが、彼の時間を奪う事になるし、それだけは絶対したく無くて。
彼の力になる為にも、私は...強くなりたいんです。」
俯き気に話す彼女の表情を見てウィズンは何を思ったのか。彼女はアリスの頭に手を置くと、子供をあやす様に撫でる。その表情は微笑みながらも何処か切なげで。強くなりたい、この言葉がウィズンの心を酷く揺さぶったのだろうか。
彼女はアリスの言葉を反芻する様に心で唱えながら、出来るだけの優しい笑顔で彼女に一言。
ウィズン「強くなりたいなら、私の友人に戦闘科の担当教師が1人居るからその人にお願いしてみる?」
彼女の言葉にアリスはバッと顔を上げる。その表情には不安や困惑の中に微かな喜びが浮かんで。
アリス「いっ、良いんですか?そんな生徒一人の為に先生を使うなんて...」
ウィズン「彼女ならきっと快く了承してくれるわよ。...ちょっと変な人だけど。」
アリス「変....?」
ウィズン「名前は『ラム』。本当に分かりやすく言うなら...酒好きで基本的に酔ってる人。」
アリス「大丈夫なんですかそれ。戦闘科ってそんなに緩い感じなんですか。」
彼女の一言で表情を困惑から呆れに変貌させたアリス。ウィズンはそんな彼女の反応を見ては笑い声を溢す。どうやらそのラムという人物がどんな人柄なのか把握しているらしい彼女。しかし、そんな人物でも戦闘科教師である事に間違いは無いだろう。
ウィズン「大丈夫よ、お酒飲んでるのは彼女だけだから。それに戦闘センスは抜群。扱うのは炎魔法の派生技の雷魔法と、あと一個特殊な魔法が。多分、一般魔法で古代魔法と対等に戦えるのは彼女だけじゃないかな。」
アリス「こ、古代魔法と対等に!?」
告げられた事実を前に信じられないと言った様子で目を見開くアリス。彼女の中では古代魔法とは魔法の最高位だと感じられているのだから、それも無理は無い。更にそれは事実。しかし現実は彼女の思い描く空想や想像を優に超えていたのだ。
ウィズンもその反応には納得と言った様子で頷く。そしてアリスの背中を押す様に、彼女は口を開いた。
ウィズン「ええ。さ、アリスちゃん。ラムと話したいなら三階の戦闘科準備室に行けば会えるわ。アリスちゃんの覚悟が揺るがない内に行っておいで?私は貴女を応援してる。」
彼女は柔らかい笑顔と共にアリスを優しく抱き締める。子供をあやす母親の様な温かさと包容力に、アリスは思わず安堵した様に脱力しウィズンに身を預けた。そして数秒程その状態が続くと、アリスは彼女から離れる。
その表情にはどこか晴れやかな物が浮かんでいた。強くなると言う目標が明確になったからだろう。
アリス「ウィズン先生。ありがとうございます。私、頑張って来ます!」
ウィズン「行ってらっしゃい!」
一礼してから植物園を駆け足で出て行くアリス。彼女の背中を見送るウィズンは、その背中が見えなくなるまで手を振り続けた。そして完全に彼女の姿が見えなくなると、彼女は小さく息を吐く。
植物に囲まれた彼女だけの空間で、彼女は胸に手を当てては目を閉じた。
ウィズン「私もあの時...もう少し制御が出来てればなぁ...」
そんな切実な願いを胸に秘めながら。




