第十話 【純夢】
2人が言葉を交わしながら廊下を歩く事数分。そして自身の部屋の前に辿り着いたアリスは扉に歩み寄ると予め持っていた鍵で鍵穴を解錠する。アリスは彼女を部屋に招き入れ、肩に担いだシルフを自身のベッドへ寝かし、薄紫髪の彼女を椅子に座らせた。彼女は何の抵抗も無くただ気怠げにアリスを睨むだけで抵抗の2文字を微塵も感じさせない。そんな姿にアリスは自然と口角が上がっていた。
?「はぁ...それで。聞きたい事ってのは何。」
アリス「あなたの名前, 使える能力, 古代魔術について, その他諸々。」
?「早く帰らせてくれるなら答えてあげるけど。」
アリス「あなたが答えたらね?でも、それを止めれば帰す気は無いかも。」
淡々とした会話のキャッチボール。薄紫髪の女性はアリスの目を見ずにいる。その目は右へ左へと動き回り、意識を分散させようとしている様だ。しかし、その程度ではアリスの目は誤魔化せない。右を向けばアリスと視線がかち合い、左を向けばアリスと目が合う。彼女が視線を向ける先にアリスが動いて確実に意識を集中させる。そして薄紫髪の女性は小さな溜息を一つ零して降参のポーズを取った。
?「あぁもう...分かった。何から話せば良いの。」
アリス「まず、あなたの名前は?」
ダーリム「はぁ、ダーリム。アンタは?」
アリス「私はアリス。宜しくね。」
薄紫髪の女性はダーリムと名乗り、再び溜息を吐いた。しかしアリスの質問は序章に過ぎ無い。本題はここからなのだから。
アリス「ありがとう、ダーリム。さて二個目の質問。これが本題。」
ダーリム「...何?」
アリス「あなた、古代魔法使えるでしょ。純夢。私達と戦ってる時、思いっ切り口に出してたわよね。」
ダーリム「...使えるんだったらどうするの。」
アリス「これまた別の質問が。」
大きく溜息を吐くダーリム。アリスの質問が長時間に渡りそうだと悟った彼女の脳に浮かぶ事を体現するかの様に視線と態度は気怠さで満ち溢れて行く。そんな姿を見たアリスは薄笑いを浮かべて口を開いて言葉を発した。
アリス「答えてくれれば早く返すから。ね?」
ダーリム「あぁもう...古代魔法は使える。能力は相手を昏睡させる事と昏睡させた上で衰弱させられる。だからアンタの彼氏だかの男は今寝て身体回復させてる。それでアンタ達が食堂で眠ったのも私がやった。一人で静かにご飯食べたかったから。どう、アンタが質問しそうな事全部話したけど。」
睨み付けているのか、ただ怠いのか曖昧な形相でアリスに返すダーリム。彼女の憶測はどうやら当たりな様でアリスが質問しようと考えていた事は全て言われた。その事によりアリスの時間もダーリムの時間も無駄に消費する事無く終わる事をダーリムは予測し、早く終わらせてくれと言う彼女の願いは叶う。
アリス「全部言われちゃった。じゃあ帰って良いわよ、ダーリム。ありがとう。時間割いてくれて。」
ダーリム「割くってかアンタが強制的に割かせたんでしょ。じゃあ帰らせて貰うから。」
アリス「あ、そうだ。」
立ち去ろうとしたダーリムの背中に突如呼び止める声が掛かった。彼女の声や言葉に反応してかダーリムはピタリと動きを止めて振り向きざまに口を開くがその言葉は再びアリスの声で止まる事になる。
ダーリム「はぁ...もう質問はごめんなんだけど。」
アリス「もしかしたら、今後あなたの力借りる時が来るかも。その時は協力してくれる?」
ダーリム「...その時はその時。」
吐き捨てる様にして答えたダーリム。彼女はすぐにアリスに背中を向け、手をヒラヒラと振ってはアリスの部屋を去って行った。彼女が去った部屋には再びアリスとシルフの2人のみ。慣れた状況ではあるのだが、シルフが眠りに誘われてしまっている為に何もする事が無い。授業に出席しようにも今日の講義は忘れてしまったし、ゼイが単位を何とかしてくれる。そしてシルフが目覚めてくれれば。そう思っていたアリスは座ったままでベッドに腕を伸ばし、シルフの前髪をさらりと撫でると優しく言葉を発した。
アリス「...ゆっくり休んでね。さっきはありがとう。貴方の助けが無かったら倒されてた。シルフ...」
彼の寝顔を眺めながら髪を手櫛で梳く様にして撫でる。傷や痣が数箇所に目に留まるも、幸いにも出血している様子はない。彼の綺麗な顔立ちに傷があるのは少々心苦しいが、今はただ彼が無事である事を願うばかり。アリスはシルフの髪を梳く手を止めて彼の頭を自身の膝の上に乗せ、優しく頭を撫でる。
アリス「貴方に任せてたわね...私。」
そう呟くと彼女は小さな微笑みを浮かべては彼の頭を撫で続けた。そして数十分の時間が流れる。
_____「アリスさん...?」
アリス「あ、シルフ。起きたのね。」
彼女の太ももの上で目覚めるシルフ。その視界には自身を覗き込むアリスの姿が映り、彼に数秒遅れて彼女は膝枕されている事に気付いた。彼はゆっくり上体を起こしてアリスと身体を向き合わせる。暫く互いを見詰め合う無言の時間が流れるが、その沈黙を破ったのはアリスの方だった。
アリス「シルフ、今身体大丈夫?」
シルフ「あ、はい。変わり無く。それよりあの人は...」
アリス「彼女はダーリム。古代魔法『純夢』の使い手。能力は相手を昏睡させる事と昏睡させた上で衰弱させられるらしい。もう情報は集めておいたから、大丈夫よ。」
シルフ「ありがとうございます...本当に。何かお礼したいくらい...」
アリス「お礼なら...私の我儘一個聞いてくれる?」
シルフ「我儘...?」
頭に疑問符が浮かぶシルフ。そんな様子にアリスは小さく笑みを零しては彼に真正面から近付く。徐々に距離を縮める彼女にシルフは拒絶するでも無く、ただ此方を見詰めていた。やがて互いの呼吸が直に感じられる距離にまで2人が近付くとアリスは片方の手を掴んで自身の細く華奢な色白の腕を掴ませる。
アリス「私を強くして欲しいの。」
シルフは何を言われたのか直ぐに理解する事が出来なかった。言葉の意味に理解が追い付いていない訳では無く、ただ意図や思惑を汲み取る事が困難であると言う状態。そんな様子の彼を見てアリスは小さく笑みを零す。そして彼の言葉を待たずに口を開いた。
アリス「さっきの戦いで私、貴方に任せっぱなしだったじゃない?だから私自身も強くなりたいなって。」
シルフ「強く...ですか...。でも僕何も分からないし...」
アリス「良いの。私が一人で運動したりするから、それに付き合って欲しい。ほら、この先もしかしたら古代魔法の使い手とは限らずに魔法が使える人間と戦闘になる可能性も否定は出来ないじゃない?そんな状況で魔法が使える人間と運動が苦手な人間の戦いの行く末なんて...言わなくても分かるでしょ?シルフに守られてばっかりじゃ無くて、私自身も強くならなきゃなって思ったの。だから、お願い。」
シルフの瞳を逃がさぬ様に捉えては静かに願いを言葉にした。先程の戦闘で彼女が感じた事。それは戦闘における自身の無力さ。魔法が使えないと言う枷に加えて大して体力も無い。そんな自分が戦闘で足を引っ張る事など火を見るよりも明らかだ。だから彼女は力を求める。
シルフ「僕で良ければ...僕も強くなりたいですし。」
アリス「本当?ありがとう。貴方って本当に優しいのね。」
シルフ「え?あぁいや...そんな...」
アリス「...嬉しい。本当にありがとう、シルフ。」
満面の笑みを浮かべてから彼の頬に触れては感謝の言葉を述べる。彼がどうすれば喜ぶのかが何故か手に取る様に分かってしまう為にシルフの事は手に取る様に分かってしまう。そして彼は困った表情を浮かべつつ、はにかんだだ笑みを浮かべていた。そして自身の運動能力を測る為か、アリスはこんな事を言い出す。
アリス「ねぇ、シルフ。クッション抱き抱えてくれない?」
シルフ「え、何でですか?」
アリス「私のパンチ力を測りたいの。お願い。私本当に力無いから信じて?」
シルフ「それで普通に痛いとか止めて下さいね...」
アリス「本当に弱いから、お願い!」
両手を合わせてはシルフに懇願するアリス。その様子が妙に可愛く見えて仕方の無いシルフは渋々了承すると、彼女のベッド上にあったクッションを持ち出し、それを力の限り抱き締めた。
アリス「じゃあ...いくわよ?」
彼女のお願いを聞き入れたものの、その真意が分からない彼は小首を傾げるが彼女は小さく頷いて口を開く。そして次の瞬間。彼女は彼が抱き抱えるクッションに向けて拳を突き出した。
アリス「えいっ!!」
ポフッ、と柔らかな音が2人の鼓膜を刺激する。音は鳴った。しかし彼女の打撃を受けたシルフの身体には一切の痛みが走らない。彼女の顔を見るに、恐らく本気でパンチを繰り出したのだろう。しかし彼女の言葉の言う通りに、お世辞にもパンチが強いとは呼べなかった。その事に安心したのは胸に秘めて。
アリス「...ね?」
シルフ「か、可愛いパンチですね。」
彼女の発言につい本音が出てしまう。つい口から出た言葉に彼女は珍しく頬を染めては目を逸らした。そして羞恥心を隠す様にして立ち上がるアリスだが、それを見逃すシルフではない。彼女の表情に再び心を撃ち抜かれては数日前の様に妙な雰囲気を醸し出してしまう。
アリス「...何なのかしらね、この定期的になる雰囲気。」
シルフ「...分かんないです。」
アリス「ふーん、ばーか。」
シルフ「ばっ、!?」
唐突に放たれた言葉に驚きを隠せず、彼は目を見開き口をあんぐりと開ける。しかしそんな彼の様子もお構い無しにアリスはベッドに横になってしまう。シルフのいる方向とは反対方向を正面に、彼を背にする様な形で。
アリス「私、先に寝るから。シルフも早く寝なさいよ。」
シルフ「は、はい。おやすみなさい。」
アリスが口にした"ばーか"は不機嫌さの現れなのか。それとも別に他意があるのか。疑問には思うが問い質す気にもなれない彼は一先ず彼女の言う通りにした。灯りを消して横になると数十分後、やがて彼が意識を手放すと隣にいた彼女も意識を手放す。妙に普段より熱を感じる布団の中で。
_____翌日。甲高く響く目覚ましによって2人は目を覚ました。柔らかなベッドから身を起こし、洗面所にて顔を洗い、朝食を済ませ、各々別の部屋にて寝間着から着慣れた魔法学校のローブに袖を通し、自室を背にして寮舎の廊下を歩く。足元の紅いカーペットが2人の足音を包み込んでは吸収した。教室へと続く廊下を談笑しながら歩いて。
シルフ「一限目何でしたっけ。」
アリス「魔法植物学よ。でも私、魔法植物学って苦手で...」
2人の声が廊下で仄かに反響する。次の一限目の授業の話や、昨日の食堂での話題を語り合いつつ教室へと辿り着くと既に他の生徒達は教室に着いていた様で他の生徒と騒がしく語り合ったりと、教室は賑やかだった。その騒々しさの中で2人はシルフの席にて席に着く彼の正面にアリスが立つ形で言葉を交わし合っている。時に笑顔、時に困った様に眉を吊り上げて。そんな彼女達を周囲は気にも留めず。以前までのアリスの人気は何処へ消えたのか、別人かと思う程に周囲には彼女が存在感を放っていない様で、授業開始が近付く鐘が鳴った。
アリス「あ、そろそろね。移動しましょ?」
シルフ「そうですね、行きましょう。」
顔を見合わせた2人は小さく頷き、机上に散らばっていたノートやペンケース等の文房具を纏めて席を立つ。互いに横並びの姿勢にて教室を出ては同じ足取りで授業場所へと歩みを進める2人。視界には先を行く生徒達。彼等とシルフ達では住んでいる世界が違うとでも言うかの様に、足取りの違う生徒達。その差は歴然としているものの、シルフは彼等に嫉妬や妬みの感情を抱く事は無い。それはアリスが隣にいるからなのか。
しかし、アリスはただ前だけを向いて歩いている。これから始まる魔法植物学の授業に向けて。




