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料理が不味いと捨てられましたが辺境伯の台所を支配したら世界一の美食家皇帝が通いでくるようになる~飢えた元婚約者はパンくずを求めて這いつくばる~

作者: リーシャ
掲載日:2026/02/24

「やめろ! もう食えない!」


 目の前で婚約者のステイカスカーが皿をひっくり返した。床に散らばったのは数日かけて開発した特製スープ。何度目だろう。


「ヘネロープ! お前の料理はいつまで経っても毒の味だ! 舌が痺れて頭がおかしくなりそうだ!ふざけるな!」


 ステイカスカーは顔を真っ青にして叫んだ。伯爵家の長女であるヘネロープは地味な見た目のせいで、常に華やかな妹フヒオナと比較されてきた。

 しかし、本当の問題は味覚にある。味覚は敏感すぎるのだ。


 普通の人には感じられない微量のミネラル、隠し味のスパイス、食材の鮮度による化学変化まですべてが脳内で数値化され把握できる。

 だから、世間一般で美味しいとされる料理は雑味が多すぎる。構造が複雑で不快なノイズでしかなかった。


「お姉様、いい加減にして。ステイカスカー様が可哀想よ」


 妹のフヒオナはステイカスカーに寄り添い、甘えた声を出した。こんなときだけ。

 フヒオナは誰にも不快な味を感じさせない、ごく普通の味覚の持ち主。

 彼女が作ったただの焦げ付いた肉を、ステイカスカーは世界一の美味だと持ち上げていた。


「もういい。お前のような味覚音痴を妻になどできない。婚約破棄だ。喜べ!お前には代わりの嫁ぎ先を用意した」


 ステイカスカーが差し出したのは辺境の飢餓辺境伯こと、ルーカス・ガストロ伯への縁談書。は?となる。


 ガストロ領は痩せた土地で常に食糧難に苦しんでいる。領主は飢え死に寸前の領民を救おうと、必死に花嫁を探していたらしい。それに差し出されると?


「あそこならお前の不味い料理も毒ではなく命の糧として喜ばれるだろう。せいぜい飢え死にせずに頑張るんだな」


「あぁ、でも。ヘネロープに毒殺されたら困るわ。護衛として私のために働くコックを一人連れて行かせましょう?」


 フヒオナは侮辱しながら使用人のライアンを指名した。ライアンはフヒオナが作った料理を世界一と褒め称える、味覚音痴のコック。冗談でしょうと頭痛が。


「ヘネロープ様、フヒオナ様の指示で参ります。決してあなた様の料理は口にしませんのでご安心ください」


 コックにまで軽蔑されボロ馬車に乗せられた。しかし、脳裏に浮かんでいたのは。


(飢餓辺境伯……食糧難の土地……栄養の最適化を試すには最高のフィールドじゃない!)


 美味しい料理ではなく最も効率よく栄養を摂取し、人間のポテンシャルを最大限に引き出すための究極の調理法を研究していた。

 味覚音痴のステイカスカーには理解不能だっただろう。涙を拭うふりをして、心の中でガッツポーズをした。


 ガストロ領は噂通り荒廃している。領主のルーカス辺境伯は痩せこけた体躯だが、真剣な瞳を持った青年だった。


「ヘネロープ嬢。君には期待しない。正直な話だが、ただの生贄だ。だが、君の持参金で冬を凌げる。それだけは感謝する」


「いいえ、辺境伯様。私には領地を救える自信があります」


 宣言すると辺境伯は冷笑した。なんだかいらっとしたが我慢我慢。


「料理で、か? 土地で採れるのは皮ばかり硬い芋と、雑草のような葉物だけだぞ」


 夕食、コックのライアンは持参した食材でフヒオナのレシピ通りの肉の煮込みを作り、辺境伯はそれを黙って食べる。横目にみつつ、己は別のものを用意しておいたのでお披露目した。


「こちらが高効率、微細藻類と芋の再構築スープです」


 差し出したのは透明な液体。痩せた土地でも育つ藻を特殊な製法で濾過し、硬い芋を細胞レベルまで分解して混ぜたもの。味はしない栄養データの塊。辺境伯は恐る恐る口にした。


「……無味だな。不味くはないが味がしない」


「その通りです。しかし、この一杯で、通常の肉料理三日分に相当する栄養素が完璧に分解吸収されます」


 半信半疑の辺境伯だったが翌日、驚くべき変化が訪れた。


「疲れない……体が軽い……すごい! 昨夜は汁だったはずだが、こんなにも力がみなぎるとは!」


 辺境伯の体調を数値化して提示した。


「栄養吸収率99%、疲労物質の分解速度が通常の3倍です。辺境伯様の体は燃費効率を手に入れました。すごいでしょう?」


 辺境伯は感動している。求めていたものは美食ではない。生命の維持と効率だったのだ。任せて欲しい。ふふ。


「ヘネロープ……君は、天才だ。いや、この領地の女神だ!」


 辺境伯に抱きしめられる。こうして、追い出された女は辺境伯の栄養士兼妻として、領地の改革を始めた。

 ミネラル成分を数値化して配分したものによってガストロ領は食糧難から一転、世界一健康的で長寿な領民が住む効率国家へと生まれ変わったのだ。


 一方、王都ではステイカスカー伯爵はフヒオナと結婚し、幸せな生活を送るはずだった。フヒオナの料理は毎日、焦げ付いた肉。


「フヒオナ、またこれか! もう少し工夫しろ!」


「文句を言わないで! ステイカスカー様は私の愛がこもった料理を世界一だって言ってくれたじゃない!毎日食べるのも愛なのです!」


「嫌だあああ!」


 ステイカスカーは自己満足の料理にうんざりし始めていた。そして、彼をさらに追い詰めたのは同行したはずのコック、ライアン。ライアンはヘネロープの無味のスープを馬鹿にしていたが、辺境で密かに試飲していた。


 その結果、味覚はヘネロープの完璧な栄養バランスによって矯正され、真の美食家へと進化していたのだ。ライアンは辺境伯領から王都へ舞い戻り、レストランを開いた。

 レストランはヘネロープの理論をベースにした食材の力を最大限に引き出す、究極のシンプル料理で大ヒット。


 たちまち彼は美食のコック神として、王都中の貴族から崇められるようになった。


「ステイカスカー様、フヒオナ様の料理は本当に不味い。味が多すぎて素材の良さが死んでいます」


 ライアンに指摘されたステイカスカーは初めて自分の味覚の愚鈍さに気づき、ヘネロープを捨てたことを激しく後悔した。さらに、追い打ちをかけるように王都全体を原因不明の栄養失調が襲う。


 フヒオナや貴族たちの不規則で偏った食生活が、病という形で表面化したのだ。

 ステイカスカー家は借金で首が回らなくなり、食べるものにも困るようになっていった時、遥か東方にある大国から美食家皇帝と呼ばれるレオン皇帝がやってくる。


 目的はただ一つ。世界一美味しい料理を食べること。皇帝はライアンのレストランを訪れ、究極のシンプル料理に感動した。


「素晴らしい! これほどの芸術的な一皿は初めてだ!」


 皇帝はライアンから、料理のインスピレーション源がガストロ辺境伯のヘネロープ夫人であることを知る。皇帝はすぐさま辺境伯領へ向かった。


 ガストロ領は以前の荒野ではなく、健康な農作物と生き生きとした領民が溢れる奇跡の土地へと変わっている。辺境伯城でヘネロープは皇帝をもてなす。


「ヘネロープ夫人。我々、美食家は舌で料理を味わう。貴女の栄養料理は本当に美味しいのか?」


 皇帝が目の前にした料理は完全調和の黄金色スープ。ヘネロープの理論を極限まで高めた究極の栄養食。皇帝は一口飲むと。


「静けさと調和!」


 皇帝の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。


「これは料理ではない。 舌の上ですべての元素が完璧に理解され、溶け合っている! 雑味が一切ない絶対的な美だ!」


 皇帝は歓喜し、ヘネロープの手を取る。


「ヘネロープ夫人。私と結婚してくれ! 君の料理こそ私が探し求めていた、世界の真理」


 ルーカス辺境伯は苦笑した。


「残念ですが、ヘネロープは私の妻です。しかし、彼女の研究は世界を救うべきものです」


 結局、ヘネロープは皇帝の首席料理研究員兼辺境伯夫人という、前代未聞の地位を獲得。皇帝はヘネロープの魅力と才能に完全に惚れ込み、辺境伯領に莫大な富と権力を与えることを約束。


 その頃、パンくずすら拾えなくなったステイカスカー伯爵とフヒオナは、最後の望みを託してガストロ領へ向かう。


「飢餓辺境伯の土地なら食べ物が残っているはずだ!」


 そこに広がるのは健康な領民と豊かな畑、巨大な黄金色の宮殿という皇帝からの贈り物だった。


「ひ、ひぃぃぃ……」


「退け!」


 飢えで骨と皮になったステイカスカーとフヒオナは城門の前で門番に突き飛ばされ、泥の中に倒れ込んだ。


「あ、あれは……ヘネロープ?」


 城のバルコニーに立っていたのは、宝石のように輝くドレスを纏ったヘネロープ。隣には凛々しいルーカス辺境伯と、世界で一番力を持つレオン皇帝。


「お姉様! 助けて! 私たち飢えているの!」


 フヒオナが泥まみれの顔を上げて叫んだが、ヘネロープは冷たい視線を向けた。


「フヒオナ。あなた私の料理を毒だと馬鹿にしましたね? あなたの愛がこもった料理はどこへ行ったの?」


 グッとなるフヒオナは力なく答えた。


「料理なんて……食べられれば何でもいいのよ……」


 辺境伯が命じた。


「衛兵。二人に黄金色スープの残りを分けてやれ」


 衛兵が二人の前にボウルを置いた。中にはヘネロープの作った究極の完全栄養食が満たされている。ステイカスカーとフヒオナは黄金色のスープに手を伸ばした。

 ガツン!

 口に入れた瞬間、ステイカスカーは絶叫した。


「うわぁぁぁぁ! 何だこの味は! 舌が痺れる! 血管が破裂しそうだ!」


「気持ち悪い! 吐きそうだわぁぁぁ!」


 ヘネロープの完全調和の味を脳が処理できず毒として認識してしまった。長年の偏食と愚鈍な味覚のせいで、健康で完璧な味覚の料理を受け付けない。


 ヘネロープは冷徹に言う。


「私が作るのは生かすための料理。あなたの愚かな舌には死にゆく料理しか受け付けないの」


 ステイカスカーとフヒオナは黄金色のスープを前に、飢えと拒絶反応の苦しみにのたうち回り倒れた。

 彼らはその後、王都で栄養食恐怖症の精神病患者として収容された。そんなものは例がないからサンプルとして観察されているとか。

 健康な食事を拒否し、自ら不健康なものを求めて次第に衰弱していくという自己崩壊。



 数年後。ヘネロープは辺境伯と皇帝の二人から深く愛され、世界を股にかける食と健康の指導者として活躍。ルーカス辺境伯はヘネロープの隣で毎日美味しい無味のスープを飲み、世界一健康な領主として国政を執る。

 レオン皇帝は毎月辺境伯領を訪れ、ヘネロープの作る料理に舌鼓を打っていた。


「ヘネロープ。君の料理は本当に真理だ」


「ありがとうございます」


 皇帝が情熱的に囁き、辺境伯が穏やかに微笑む。人生はあの時、毒だと罵られた瞬間に始まったのだ。体を整えることこそ健康につながると証明できた。

最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。

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