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7 銀一級の冒険者

「モニカさん、紹介します」

 ギルド会館に帰還したアカネは、嬉々として報告していた。

「こちらシャルロットさん。今日からこの街で活動を始める冒険者。見ての通り魔法使いです。一緒にパーティを組むことになったの」

「シャルロットさんよろしくね。わたしは職員のモニカ。わからないことは何でも聞いてね」

 モニカはカウンターから身を乗り出して、握手を求めた。

「はい、よろしくお願いします」

 シャルロットは応じた。

 どこからどう見ても、魔法使いそのもの。黒いローブを纏い、身長ほどある長い木の杖を携え、とんがり帽子を頭に乗せたその少女を、魔人と疑う者などいないだろう。

 肌の緑も、生えた花びらも隠せるから、ローブは丁度よかった。

 出費は少し痛かったけど、初心者用装備一式だし、これくらい安いものだ。

 なにより、今日は取り返せるだけの成果がある。

 鞄に入りきらず、シャルロットの蔦を使って体に巻きつけて持って来た戦利品をドヤ顔でカウンターに出した。

「モニカさんこれ見て、グレイボア倒してきたの」

 長くて鋭利な白い牙を二本。モニカはすぐさま観察した。

「うん、この長さはまさしくグレイボアね、念のため、毛の色がわかるもの持って来たかしら?」

「ええ、もちろん」

 こんなことにもなるだろうと、切り落とした片耳を素材袋から出して見せた。

「本当に倒したのね、すごいじゃない」

「いいや、シャルロットが助太刀してくれたからね。わたし一人じゃきつかった」

「それはよかった。そういえば魔人には会わなかった?」

「うん、それは大丈夫。冒険者のみんなも無事?」

「ええ、今のところ報告なし」

「よかった、安心したよ」

「じゃあちょっと待っててね、シャルロットちゃんの登録と、勲章の準備してくるから」

「勲章?」

 シャルロットが訊く。

「正式には冒険者勲章っていうの。冒険者って強さもまちまちだから、その人がどのくらい強いのかわからないと困ることもあるでしょ? 実力以上の依頼を受注して危険にさらす訳にもいかない。勲章は、残した実績そのものであり、強さの証明なの」

 アカネが答える。

「なるほど」

「アコリオンでは、グレイボアを討伐するともらえるの。銅三級勲章は一番下の階級だけど、この街で発行される唯一の勲章なんだ」

「おまたせ」

 モニカが戻ってきた。

「じゃあまず、シャルロットちゃんの冒険者プレートね」

「プレート?」

「こっちは身分証だよ。関所を通るときとか、街に入るとき必要になるの。それから、裏に印字があってね……」

「死体の識別……ですか?」

「話が早いね」

「騎士の方も似た様なものを持っていましたから」

「で、こっちが——」

 モニカは濃紺の布が敷かれたトレーを差し出す。

 銅の小さな正方形のバッジが二つ置いてある。

「——勲章よ」

「ありがとう。後でつけようねシャルロット」

 思わず顔がほころぶ。

「それにしても、よくグレイボアの生息地まで行ったね。腕試で行くにしても、もうちょっと先のことだと思ってたよ」

「いや、そこまで奥には行ってないんだよね。近くに休憩できる場所があるでしょ、そこにいたら向こうから突っ込んできたの」

 モニカは考え込む。

「ふーん、それはちょっと変ね、グレイボアは縄張りから出ないんだけどな。……あ、魔人の影響か」

 口には出さなかったけど、その線はアカネも考えていた。たぶんおそらく、グレイボアはシャルロットと先に戦い、逃げたところにアカネがいたのだろう。けれど、それを直接確かめたりはしなかった。

「そっか、じゃあ魔人はすでに泉から移動している可能性があるってことか」

 アカネは顎に手を当てて、さも今考えついたというように言った。

 シャルロットに疑いはかかって欲しくない。


 ——ドンッ。

 扉が開く音。二階からだ。

 そのあと、勇ましい足音が聞こえてくる。金属製の防具が擦れ合う音と、その重さで床の軋む音。それは、はじまりの街に似つかわしくない、高位の冒険者の行軍の音だ。

「ああ、気になる?」

 とモニカ。アカネの顔色が変わったのを敏感に察知した。

「誰ですか?」

「王都の冒険者パーティよ、遠征からの帰りにここへ寄ったの。ギルド長が魔人討伐の打診をしたのだけど、引き受けてもらえたかしら」

「それは、タイミングがいいですね」

 嘘だ。最悪すぎる。

 この街の冒険者ならシャルロットの相手ではないだろう。もちろん正体がバレるようなことをするつもりはないが。

 けれど、ギルド長が直々に応接室まで使って交渉したとなると、相当な実力者かもしれない。

 とにかく彼らには、シャルロットの正体がバレてはいけない。

「ねえシャルロット」

 アカネはひそひそ声で言った。

「なんですか?」

「あの人たちには気をつけようね」

「はい、善処します」

 階段から降りてきた冒険者パーティ。やはりみんなこの辺では見ない上等な装備を身につけているのは、遠くからでもわかるし、身なりも洗練されている。

 先頭を行く剣士がリーダーだろうか? 胸部を覆うプレートアーマーの上から、白い上着を羽織って、マントまでなびかせて気障ったらしい。サラサラとした髪はキレイに切り揃えられているし、表情はどこか余裕を感じる。

 芋臭いギルドに都会の風が吹いた。


 カバタスの酒場。アカネはシャルロットを紹介した。

 そして、今日からちょっとの間、屋根裏を二人で間借りしたいと伝えた。カバタスは親指をピンと立て、快諾。ありがたい。

「いま飯作ってやるから待ってろ。シャルロットちゃん、何か嫌いな物はあるか?」

「大丈夫ですよ、お気遣い痛み入ります」

「そうかい、肉は好きか?」

「ええ、大好きです」

 カバタスはシャルロットの気品ある雰囲気に感心しているようだった。ふんっと鼻を鳴らして、ちらっとアカネに目線を送り、「どうやってこんな娘と仲良くなったんだい」とでも言いたげな様子で、食事を持ってきた。

「おまえらグレイボア倒したんだろ、ささやかだが俺からのお祝いだ!」

 ドンっと皿が置かれる。牛肉のステーキとは、この店で一番高価なものだ。

「えー、わたし一回も食べさせてもらったことないのに、シャルロットが来たらこれ?」

 口を膨らませて、ちょっと拗ねた。

「ちげーよ、おめえがグレイボア倒したときには焼いてやろうと思ってたんだ」

 照れ臭そうに鼻を掻くカバタスに、アカネも言いすぎたと思った。

「ふーん……ありがとう」

 アカネもまた照れ臭かった。

「さ、食べましょう」

「そうだね」

 死闘の後の肉は、幸福の味だった。

 生きている。生を実感できる。それがすべてだ。

「うーん、美味しい」

 溢れる肉汁が疲れた体に沁み渡る。

「美味しいですね。久しぶりのお肉、たまりません」

「そういえばさ、シャルロットって今まで何食べてたの?」

 唐突に湧いた、なぜこれまで思い至らなかったのか不思議なくらい初歩的な疑問。

「よく食べていたのは木の実です。ちょっと待ってくださいね」

 服の中に手を入れる。

「花びらがスカートみたいに生えていたでしょ。あそこに挟んでおいたのが……あったあった」

 そうして出したのは、赤い木の実、キュラルの実だった。

「これ、美味しくないでしょ?」

「美味しいですよ」

「え、そうだっけ? 美味しくないって教わってけどな」

「アカネさんも食べてみてはいかがですか?」

 確かに美味しくないというのは通説で、実際に口にしたわけじゃない。染みついた固定観念によって、キュラルの実なんて見たところで、口にしたいなんて思わなくなっていた。言われてみれば確かにそうだな、と思ったところ、シャルロットはそれを割っていた。

「はい、半分こです」

「うん」

 渡されたそれを、アカネは思い切って口に突っ込んでみた。

 一回咀嚼して、果汁が舌に触れたときだった。

「うっ、ちょ、これダメだな」

 アカネは皿の空いているところに吐き出した。苦い薬を飲んだときみたいな、喉の奥を刺激される感じがしたのだ。

 シャルロットは目を丸くして驚いていた。

「ごめんね、わたしには合わなかったみたい」

「そうなのですね」

 彼女はちょっと悲しそうな顔をして、片割れを頬張った。


 夕飯の後は今日も給仕の仕事。

 シャルロットには今日は休んでいいと、アカネもカバタスも伝えたのだけど、自分もやると言って聞かなかった。

 魔法使いの黒いローブに白のエプロンをつけると、メイド風に見えて可愛らしい。

 アカネの本当の心配といえば、給仕の仕事が勤まるかということだったけれど、丁寧な口ぶりとしなやかな動きで、むしろアカネよりもそれっぽく、ちゃんとこなしていた。

「ほれアカネ、持っていってくれ」

「はいよ」

 ステーキとは豪勢だな、このテーブルは……おっと、あの王都からの冒険者パーティだ。

「お待ちどうさん」

 テーブルにはすでにあふれんばかりの料理とエールの樽が並んでいた。景気が良いことこの上ない。その皿をちょっとずつどかしてスペースをつくり、空いたところに持ってきたばかりの皿を置いた。

 あの気障っぽい剣士が、じろじろと腰の刀を眺めている。

「あの、何か?」

「ああ、いや、きみも冒険者なのだなと、懐かしいと思ったんだ。ぼくも駆け出しの頃住み込みで働きながら冒険者をやったなって」

「はあ」

 物腰のやわらかい穏やかな人だった。

「ぼくは鍛冶屋に住ませてもらってたけど、毎日炉の近くで作業するから本当に暑くてさ、苦労したな。……ああ、それできみの持っているその武器、珍しいものを持っているね。鍛冶屋で手伝いをして以来、ぼくは武器を見るのが好きでね」

「これ母からもらった『カタナ』という片刃の剣なの。母の出身地が遠くにあって、そこでつくられたものよ」

「よかったら見せてもらっても?」

 刃物なんて人前で出すのもはばかられるけれど、ここは冒険者ばかりだしちょっとなら問題ないだろうか。

「まあ見るだけなら」

 彼は鞘から抜かれた刀のその刃に光を当てて、片目を閉じ、顔がくっつきそうなほど近づいて観察している。

「また始まったよ」

「ごめんね、こいついっつもこうなの」

 と、彼のパーティメンバーがアカネをなだめる。

 カバタスが包丁の傷を確認するときのように、彼もまた、対話をするように刀と向き合っていた。それを見ていたら別に嫌な気はしなかった。

「うむ、とても上等な一品だ。波紋も反りも美しい。それにきみの手入れもよく行き届いてる」

「わかるのですか?」

「ああ、旅の途中で何振りか見たんだ。親方にも教えてもらった。ありがとう、いいものを見せてもらった」

 納刀。

「申し遅れた。ぼくはエクトル、王都の冒険者だ。魔人討伐の依頼を受けてしばらくこの街に滞在するよ。よろしくね」

 差し出された右手。握手をすると皮膚は硬くごつごつしていた。最初に感じた気障っぽいという印象は、ちゃんと冒険者をしてるんだと尊敬の念に変わり始めていた。

「あ、うん。わたしはアカネ、よろしく」

 エクトルの左胸には、三つの銀一級勲章がついていた。

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