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3 夜

 アカネは荷物を持って屋根裏に上がった。

 最初の頃は手伝いを終えるとくたくただったけど、今は夜の時間を少し楽しむくらいの余裕は残る。少しずつだけど、着実に体力もついてきたのだろう。

 屋根裏部屋は天井が近く、立って歩くと梁に頭がぶつかりそうになる。圧迫感があって窮屈だけど、住めば都か、案外快適に暮らしている。

 下にはまだ客がいて、がやがやしているが、物音ひとつない孤独な世界に落とされるよりは、これくらいの方がちょうどいいまである。店は主のカバタスと彼の奥さん、それから街に住む若い男女の店員が働いていて、ピークを過ぎればアカネは必要なくなる。いや、実際にはほとんどアカネの力など必要ないのだろうけど、まかないを出す口実に少しこき使ってるのだ。確かにその方が遠慮なく飯が食えて助かるのも事実、まったくどこまでお人好しなのだろう。

 お湯を沸かしてお茶を淹れた。毒けし草の葉を乾燥、焙煎させて淹れたお茶は、ほのかに感じるハーブのようなツンとくる香りが心地よくリラックス効果もあって就寝前には重宝する。味の方は、少し苦味やエグ味があって人を選びそうだけど、その辺で採れる手軽さ、そしてなにより安価であることから、懐事情の苦しい新人冒険者の間でもよく飲まれている。

 ランプの薄明かりの中、部屋の隅の作業机にクッキーを出し、お茶と一緒に味わう。久々に口にした甘味に、顔もほころんだ。安物のお茶だけど、その苦味が甘さを引き立てるから問題無い。一枚のクッキーを大事に大事にかじった。

 アカネが就寝したのはそれから間もなくのことであった。結局クッキーは一枚だけにして、残りはまたあとで食べることにした。もちろんもったいないというのもあった。けれど、彼女はこの日、それ以上の満足感に包まれていた。


 場所は変わって、夜の森を冒険するひとつのパーティ。

 神官ミラの所属する五人組の彼らは、とある花の採取依頼を受けていた。花粉に麻痺の成分があって、花ひらく日中に摘むと大惨事になってしまうから、完全に花が閉じる夜に摘み取る。

「ねえ、この辺じゃなかったっけ?」

 とミラが気だるそうに言った。

「道は間違ってないと思う、もう少し行くんじゃないか?」

 リーダーの剣士の少年があたりをきょろきょろ見回しながら言った。慣れた道でも、月明かりだけの限られた視界は方向感覚を失わせ、迷いを生じさせる。

「ほんとに合ってる? 間違ってたらどうすんのよ」

 今度は魔法使いの少女が苛立ちながら言った。すでに何度か魔物と戦ったあと、夜はいつ魔物が出てくるかわからないから昼間よりも警戒を怠れない。神経がすり減り、気が立ってしまうのは無理もないことだ。

「大丈夫だよ、道は合っている。もうすぐ泉に出るはずだよ」

 弓使いの少年はなだめるように言った。彼はレンジャーであるから、こういった探索に長けている。そして、専門家がこう言えば多少は気持ちも楽になる。

「こいつが言うならきっと大丈夫だな。よし、それなら泉で休憩していくのはどうだろう?」

 大盾を背負う大柄の少年はそう提案し、メンバーはみなそれに同調した。

 泉は目的地までの中継地点。そこに着けば道が間違っていないことの証拠にもなる。

 それから少し歩くと森はひらけ、実際に泉があらわれた。

 ミラは安堵のため息をもらせば、「あー疲れた。やっと休憩ね」と魔法使いの少女が背伸びしながら厭味(いやみ)ったらしくつぶやいた。

 清らかな水の滲み出る泉。その水は小さな川となって流れている。街の貴重な水源のその源泉たる泉の水は、そのまま飲み水として使えるし、なにより冷たくおいしい。

 ミラはローブのポケットに入れておいたはちみつのクッキーに手が伸びた。口の水分をすべて奪うことで悪名高きクッキーも、水場で食べるならすぐに渇きを潤せる。深夜のおやつタイムに最適だと、ミラはそんなことを考えて、ちょっとにやけた。

「待て!」

 怒号に似た大声でリーダーが皆を制す。最初に反応したのは弓使い、彼はすかさず矢筒から矢を引っ張り出して構えた。後方にいたミラには何が起きたかわからなかったけど、彼女も慌てて杖を体の前へ出した。

 魔物だろうか? そう思って大盾の少年の陰からひょっこり顔を出して覗く、するとそこにあったのはひとつの小さな丸い影だった。

「そこで何をしている? 一人か?」

 リーダーが声をかけたということは、それは人だったということだ。今にも裏返りそうな声を精一杯取り繕って虚勢を張っているのは、いつも一緒にいるメンバーには伝わっていた。彼がそんなことをしたのは、対象に何か不審な気配を感じたからだろう。

 相手が善良な冒険者ということなら何も問題ない。お互い軽く挨拶でもしておけばいい。けれど、冒険者にだっていろいろいるし、見てはいけな現場を見てしまったという可能性だって捨てられない。人間はときに、魔物以上に邪悪で危険な存在だったりする。そう考えると、ミラの心臓が早鐘を打ちはじめた。

「黙ってないで、なんか言ったらどうだ?」

 リーダーは言いながら後ろ手で指を細かく動かしてメンバーに合図を送った。——戦闘準備、攻撃陣形をつくれ。

 静かに、素早く展開。視界がひらけたことで、ミラにもようやく全貌が明かされた。

 それは泉のほとりにしゃがみ込んだ人の影だった。両手で水を汲んで飲んでいる最中だったのだろう。

「ねえ、あれ女の子じゃない?」

 ミラが小声でリーダーに言った。

「そんなに警戒しなくても……」

「いや、よく見てみろ。あれはおかしいだろ裸だぞ。それに……」

 確かに裸だった。後ろ姿しか見えなかったけど、背骨のラインと肩甲骨の出っ張りがはっきり浮かんでいて、遠目でもちゃんと視認できた。そして、彼がそれを言い終わる前に上空で雲が割れたようで、月光が降りそそぎ、何を言おうとしていたのかもわかってしまった。

 彼女の肌の半分ほどはおかしな色をしているじゃないか。夜でもはっきりわかる、人間の肌の色ではない。何色か? 目を凝らせば近くの雑草や周りの木々の葉と同じように見える。肌が緑色なんて、そんなことあるのだろうか?

「確かにおかしいわ」

「だろ、警戒しろ」

 五人は陣形を保ったまま前へ進む。誰かが落ちていた枝を踏んだ。パキッと繊維の爆ぜる音が響いて、驚きのあまりミラの体はぶるっと震えた。余計な刺激はしないでくれ。

「きみは冒険者? なんとか言ってくれ」

 問いかけには何も答えない。

 誰かが唾を飲む音が聞こえてくるくらいに空気は静まり返っていた。

 ようやく少女は立ち上がる。全裸だったらどうしようと思っていたけど、スカートだけは履いていた。……いや違った、それは「履いている」というより「生えている」だった。腰の付け根のあたりから直接生えた大きな赤の花びらが、折り重なって、まるでスカートのように彼女の脚を覆っていたのだ。

 振り返った彼女は、悲しい目をしているようにミラには見えた。

「……あれ……魔人の類じゃないかしら?」

 魔法使いの少女がぼそっとつぶやいた。

 魔人。聞きたくない推論だけど、目を背けてはいけない現実だ。それは人型の魔物で、知性があって攻撃手段も豊富、一筋縄にはいかない相手だ。おまけに体に秘める魔力も膨大で、どれもが強敵である。当然、はじまりの街でのうのうと冒険者をしているミラたちが敵う相手でない。

 知性はあっても、理性はないのが魔人だ。本能なのか快楽なのか、やつらは人間を完膚なきまでに叩き潰し、その行為そのものを楽しむのだという。人に似た姿とは裏腹に、話の通じる相手でもない。

 五人の脳裏には同じ言葉が浮かぶ。

 ——逃げろ。

「撤退だ!」

 リーダーが大声をあげた!

 全員、一目散にバックステップで距離をとった。背中を見せる前に、十分離れる必要があったからだ。

 けれどそのとき、弓使いの手元が狂ってしまい、構えていた矢が射られてしまった。バックステップで手許が狂ったはずなのに、あろうことかその矢は魔人の少女めがけて一直線に飛んでいった。

 結果、それが彼女を怒らせてしまう。地面から急に現れた触手のようなものが矢を打ち落とすと、別の触手が目にも留まらぬ速さで弓使いに襲いかかる。

 素早い反応を見せたのは大盾使いだ。彼は弓使いの前に飛び出し、間一髪で触手の攻撃に割り込んだ。

 轟音。

 銅鑼を力のかぎり乱暴に打ち鳴らしたような、うなりのある金属音が森を揺らす。ものすごい速さで後ろにぶっ飛ばされた大盾使いは、守るはずだった弓使いを巻き込んで、二人して地面を転がっていく。そのまま突っ伏した二人は、その場から動くことができない。

 鎧の下から滴る血と、大きくひしゃげた大盾とがその衝撃の大きさを物語っている。救いがあるとするならば、まだ二人はうめき声をあげていて、かろうじて生きていることか。

 一瞬の出来事だった。たった一発の攻撃だった。それだけで、力の差を理解させるには十分すぎた。

 だけど、惨劇は終わらない。間髪を入れず悲鳴が聞こえてきた。今度は魔法使いが発狂したのだ。だめだ、これでは彼女も使い物にならない。けれど、目の前であんなもの見せられたら無理もないだろう。ミラは彼女に駆け寄ろうとしたが、その足許から、めきめきと音を立てながら植物が伸びているのが見えた。急速に成長し、茎が体にまとわりつく。そして紫色の花がひらくその瞬間、それを思い出す。あれは確か、錯乱の花。近づけば気が触れる。

「落ち着け! ミラ、魔晶石を使え!」

「わ、わかった!」

 今動けるのは、自分とリーダーだけ。ミラはネックレスについた、くすんだ白い玉を引きちぎった。その玉を握りしめ、魔力をぐーっと込めていくと、淡く光りはじめた。

 ——お願い、はやく……。

 ミラは祈りながら精一杯の魔力を込めた。すると、ミラを狙った触手の攻撃が襲いかかる。それは植物の(つる)のようなもので、まるで鞭のように空気を切り裂き唸りをあげていた。もうダメかと思ったそのとき、剣一本で攻撃を果敢に受け止めようとするリーダーの姿が映った。ミラは怖くて目をつぶってしまったから、最後はどうなったかを見ることはできなかった。けれど、ミラは攻撃を食らうことなく一瞬の猶予をつくってもらえたことで、なんとか石に魔力が貯まった。

 玉の光は次第に強くなって、青白い色まで達すると、粉々に砕け散った。同時にパーティメンバーのブレスレットや首飾りにつけた似たような玉が、共鳴したかのように青白く光ると、その光はそれぞれのメンバーの体を飲み込んだ。


 ……光が消えたとき、冒険者たちも消えていた。


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