序 華の少女
夜の闇が未だ明けぬ山脈の頂にて、ひとりの少女が意識を取り戻した。呼吸は荒く、頭痛の残る中、ここで何が起こったのかを思い出そうとする。
ゴツゴツした岩がむき出しの山肌に、九体の飛竜の屍が転がっていた。
それらは首が取れていたり、翼が破れていたり、内臓が飛び散っていたり、関節があらぬ方に曲がっていたりと哀れな死に様である。
あちこちに血の跡も残る見るも無残な惨状が、ここで壮絶な戦いが起こったことを物語っている。
けれど、その凄惨な現場にはいささか不可思議なことがあって、この本来草すら生えない荒れた高所に、植物の蔓や花などが盛っていたのである。ある屍にはその手足に太い蔓が巻きつき、体を裂くように引っ張られていたり、別の屍にはそれを囲み、あたかも手向けのように美しい花が咲いていたりと、戦いの跡としてはとても奇妙な光景が広がっていた。
「うっ……」
キーンと響く耳鳴り、ぐらぐら揺れる視界、そして激しさを増す頭痛。シャルロットは頭を抱えてうずくまると、朦朧とする中で戦いの記憶がフラッシュバックしてくる。
飛竜は強かった。我が物顔で空を飛び回り、上空から勢いよく滑空してきては凶悪な鉤爪による切り裂き攻撃をかましてきたり、刃のような切れ味鋭い辻風を巻き起こしたり、しまいには閃光のごとく強烈な電撃を放ったりとあれやこれや強力な攻撃手段を持っていた。それでいて、群れにリーダーでもいるかのように統率も執れていて、四方から絶え間なく攻撃の雨が降りそそいだ。間違いなく強敵であった。
けれど、勝者はか弱き少女であった。
脳内で流れ込む白黒の記憶、そこでシャルロットは凶暴な飛竜たちと渡り合っていた。体内に満ちる膨大な魔力、それを使ってこの荒れた大地に植物を造り、意のままに操って応戦したようだ。腕より太く、体長よりもはるかに長い蔓では、鞭のように迫る相手を叩き落とし、剣のように攻撃をいなし、縄のように相手を縛り上げ自由自在に振り回していた。その蔦から生えた赤や黄色や白の色彩豊かな花たちは、どれも毒を持っていて、まともに花粉を吸い込んだ個体は痺れたり錯乱したり、その場でもがき苦しみ絶命に至ったりしたようだ。モノクロの世界の中、花のその色だけは鮮明に映し出されていたのがまた不気味であった。
「あれをやったのは、わたくしなのね……」
悲痛な声がもれ出て、虚空に消える。
シャルロットのふと自分の体に目を向けた。最初に左の脇腹に見つけたときは、アザのような小さな緑色の変色ができた程度だった。それが今では上は肩口まで、下は脹脛まで侵蝕し、肌の三分の一ほどが緑色に変わってしまった。戦いの度に肌のこの緑の部分が増え、そして増えれば増えるほど力が湧いてくる。
だけどそれは同時に、人間をやめる過程そのものだとシャルロットは思っていた。今はまだ、戦いのときだけ自我がどこかに閉じ込められて、体が本能のままに動いているような感じがしているけれど、いずれ自我そのものがこの世からなくなって、体という器が誰かに乗っ取られてしまったように勝手に暴れまわるのだろうと。そうして、見知らぬ誰かを傷つけ続けるバケモノになってしまうのだろうと。
それが辛抱ならなかった。自分一人でどうにもできないことが悲しかった。
ようやく頭痛が治まってきたころ、シャルロットの心はその現実に押し潰され、大粒の涙があふれて乾いた大地を濡らした。
その背後に故郷の国、すべてを失った彼女には帰ったところで居場所などもうない。もちろん行く宛てもないし、これからのこともわからない。それならいっそのことここで……とも思って首に手を回し、そろりそろり締めかけてみたけれど、それをしたところで内なる何かが生存本能で目覚めてしまいそうな気がして結局はそうしなかった。
地平線の向こうから朝日が顔を出す。シャルロットは立ち上がって両手を広げ太陽光を浴びた。全身で受ける日光が暖かくて気持ち良い。彼女の眼下には、彼女の知らない国が広がっていた。
ここから先は、別の国で、新しい世界。
シャルロットは太陽の昇った方向へ一歩を踏み出した。
——誰か、わたくしを殺して。




