表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/14

地獄の街ネクサリア

門前で、クールは立ち尽くしていた。キラが遠くから自分を窺っているのを感じ、どうにも居心地が悪い。


「そこにいるのは分かっている、ダスクヴェール。」


「出てこい!」


ガサガサッ!


見つかったと悟り、キラは茂みから駆け出した。


「俺が持っているものに興味があるなら。」クールは手に持ったデジタルの巻物を見せつける。その表情は、ほとんど変わらない。


「一緒に中へ入ろう。」


キラは前置きを嫌う。彼女は答えずに、素早く頷いた。


サンクタム・アルカナムの門をくぐると、周囲の雰囲気は普段とは一変していた。そこでは、多くの魔道騎士団の冒険者や騎士たちが、それぞれのギルドで楽しげに飲食を共にしていた。


「どうした?」クールはキラの方をちらりと見た。


キラは首を振った。


「なんでもない」その声はか細い。普段の彼女とは全く違うその表情は、サンクタム・アルカナムの雰囲気に居心地の悪さを感じているようだった。


クールは再び視線を前に戻す。


「ここは昔、お前の居場所だったんじゃないのか?」


「ええ……昔はそうだったけど、今は――」


「おい……!」


重々しい声が響く。足音が、シュッと鋭い音を立てて近づいてくる。


「静寂の君主(サイレント・ソヴリン)!!」


その声を聞いた瞬間、キラの心は急に落ち着かなくなった。彼女は目を見開き、前方をまっすぐに見つめる。


「クール!」その声はパニックに陥っていたが、キラは振り向かなかった。


「早くここから離れるわよ。」


クールは困惑した。状況が理解できなかったが、キラに強く腕を引かれ、無理やりその歩みに従わされた。


「もう少し早く、クール!」


彼らの背後から、例の重々しい男の声が追いかけてくる。


「静寂の君主(サイレント・ソヴリン)……待ってくれ!」


「くそっ!!」キラは眉間に深く皺を寄せた。抑えつけられた怒りが、その表情ににじみ出ている。


「なんでこんな所で、あの人に会わなきゃいけないのよ!?」


クールは突然足を止め、それに伴ってキラも立ち止まった。


「なんでそいつから逃げなきゃならないんだ!?」訳も分からず巻き込まれたことで、彼の顔にも苛立ちが浮かび始めた。


キラは拳を握りしめた。心に溜まった感情は、まだ収まっていない。だが、クールにそう言われたことで、ついに怒りが抑えきれなくなった。


「このクソロボット!!」


素早く身を翻す。


「あんたなんかに人間の事情が分かってたまるか!!」


クールが気づく間もなく、キラが言葉を終えるのと同時に、その拳がクールの右頬に叩き込まれた。クールは遥か後方まで吹き飛ばされ、その体は彼らを追ってきた重々しい声の男にぶつかりそうになった。


キラが引き起こした騒動で、サンクタム・アルカナムの空気は一瞬にして張り詰めた。


「な……ぜ、俺を殴る、ダスクヴェール……」


クールは右頬を押さえ、痛みに声が詰まった。


その騒ぎの中、多くの視線がキラの姿を認識し始めていた。


「まだ私を殴った理由を聞くつもり!?」


「おい、見ろよ!」


酒を楽しんでいた騎士団の一人が、キラを指差した。


「あれって、静寂の君主(サイレント・ソヴリン)のキラじゃないか?」


彼の仲間は眉をひそめた。


「本当だ! あ、あれは静寂の君主(サイレント・ソヴリン)……」


「うっ……」別の仲間も、まるで自分が殴られたかのように顔をしかめる。


「めちゃくちゃ痛そうだ!」


キラの左手側から、誰かが慌てた様子で駆け寄ってきた。


「何があったんだ、この騒ぎは?」


「この人を知りません! でも、私のお尻を触って、馴れ馴れしく抱きついてきて、一緒に部屋で寝ようって誘ってきたんです!」キラはクールを指差した。その男が目の前に立つと、彼女の表情と声は、突如としてか弱いものに変わった。


「「「はぁぁぁっ!?」」」


周りの人々が一斉に叫んだ。


「一瞬でか弱くなったぞ?」


「それは真実ではございません、ハーケル・ドレン様。」


重々しい声の男が、落ち着いた口調で言った。


「彼女、静寂の君主(サイレント・ソヴリン)が、このポンコツロボットを激しく殴りつけたのです。」


「静寂の君主(サイレント・ソヴリン)……だと!?」


ドレンはキラの方へ視線を移した。その声はほとんど聞こえないほど小さい。


「チッ!!」


キラは苛立たしげに顔をそむけた。


「ルディ、この女性と知り合いか?」ドレンは表情を変えずに尋ねた。


「ええ、ドレン様。」


ルディはハーケルの前に、優雅に跪いた。


「あの方は……私の元恋人です。」


ドレンはクールに歩み寄った。彼は手を差し伸べ、クールが立ち上がるのを助ける。


「貴公のここへ来た目的は?」


クールは鞄の中からデジタルの巻物を取り出した。震える手でそれを差し出す。


「私はアーシェン様からの伝言を届けに参りました。」


「アーシェン様が伝言を?」ドレンはためらうことなく巻物を受け取り、すぐに読み始めた。


巻物が開かれると、テキスト状のホログラムが浮かび上がった。


『拝啓、ハーケル・ドレン様。

この度の不躾な伝言、何卒ご容赦ください。私、宰相ヴェルモア・アーシェンは、ハーケル・ドレン猊下にご助力をお願いしたく、筆を執りました。多くの言葉を費やすことはできませんゆえ、手短に説明させていただきます。


明朝、ネクサリアの中枢タワーにて、古代モンスターの大量駆除を執り行います。しかしながら、こちらではそれを遂行する戦力が不足しております。


もしハーケル様がご承諾くださるならば、甚だ恐縮ではございますが……どうかサンクタム・アルカナムに在籍する高位の魔道騎士団を派遣していただきたく存じます。


ご協力いただいた暁には、謝礼として、ネクサリアの家畜の一部を猊下と魔道騎士団の方々へ贈呈いたします。


ここに、ネクサリア高官、宰相ヴェルモア・アーシェンとして、謹んで感謝を申し上げます。』


「アーシェン、あの野郎っ!!」キラは拳を握りしめた。爆発した怒りによって、彼女の周りのオーラが黒く染まる。


クールはゆっくりと立ち上がった。


「ダ……ダスクヴェール……」その言葉は途切れ途切れだった。


「中に入れてやらなかったこと……すまない」彼は罪悪感からか、俯いた。


キラは一言も発さずに駆け出し、燃え盛る怒りを抱えたままサンクタム・アルカナムとクールを後にした。


「ド……ドレン様……」ルディはためらいがちに、どもりながら言った。


「我々はどうすれば?」


ドレンは身を翻し、そのマントを翻した。


「S+級の魔道士を派遣し、駆除の援護にあたらせろ……」


彼はクールの方をちらりと見る。


「それが済み次第、アーシェンを捕らえ、私の前へ連れてこい!」


ルディはギルドへその命令を伝えるため、すぐさま走り出した。


---


キラは再びネクサリアへの帰路についた。


超高速で走るスキルを持っているにもかかわらず、今回はそれを使わなかった。


「クソったれ!!」


キラの叫び声が響き渡った。見慣れた場所を通りかかった時、彼女はふと足を止めた。脳裏に、小さな笑みを浮かべて立つシオと父親の姿が浮かび上がった。


****


ネクサリア……


「グロォァァァ!!」


アーシェンは部下たちの前に立っていた。その顔は無表情だったが、眼差しには失望の色が浮かんでいる。


「ア……アーシェン様……」


中枢タワーの衛兵の一人が、小声で話しかけた。その顔はこわばっている。


「も……申し訳ございません、私の監督不行き届きでした……。二度とこのようなことは繰り返さないと、お約束いたします。」


アーシェンはゆっくりと、落ち着き払った優雅な足取りで歩み寄る。


「一度でもしくじれば、貴様らをあの化け物の檻に放り込んでやる。」


部屋の隅から、漆黒の影が近づいてきた。


「アーシェン。」


その声は穏やかだが、威圧感があった。


アーシェンは立ち止まり、振り返った。


「いつまで私を待たせるつもりだ?」


「貴様が必要なのはグラヴェリンチだけだろう? 計画を遂行するためには。」


「ああ……」


「魔道騎士団がここに到着するまで待て。」


その表情は、変わらない。


影は静かに笑った。


「良い……! ……良いぞ! アーシェン。」


心の中で、アーシェンはほくそ笑んだ。


『残るモンスターはグラヴェリンチとイラセス……。もしこの二体が近いタイミングで解き放たれれば、ネクサリアは未曾有の大破壊に見舞われる。クククッ!』

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ