父と妹との予期せぬ再会
美しいオレンジ色の空が地平線を染める頃、夕暮れが訪れた。
アーダンヴェールの森の中、キラは依然としてクールの動きを監視していた。しかし、まだこれといった不審な動きはない。
アーダンヴェール……ネクサリアとカルセリオンの間に位置する、交易と文化の都市。かつては森の中の小さな町に過ぎなかったが、今や地域間交易の中心地へと変貌を遂げた。活気ある露天市場、影響力のある商人ギルド、そして木材、石、クラシックモダン様式を融合させた建築で知られている。文化祭やストリートパフォーマンス、魔法芸術が、この場所を単なる取引の場以上のものにしている。ここは、生命と文化が交差する場所なのだ。
アーダンヴェールの市場に到着しても、キラは遠巻きにクールの動向を窺い続けていた。正体を隠すため、新しい服を身にまとっている。
ある店の前を通りかかった時、一人の商人が陽気な顔で突然クールに声をかけた。
「よぉ……クール!」
「今日はやけにご機嫌じゃないか!」
クールはただ軽く微笑むだけで何も答えず、一言も発さずに歩き続けた。
その後ろで、キラは別の商人から品物を買うふりをしていた。そして、小声で悪態をつく。
「あのクソロボット、この街じゃ有名人らしいわね。」
アーダンヴェールの市場の喧騒の中、クールを知る商人は多かった。彼が通り過ぎるたびに、温かい挨拶と親しげな笑顔がその歩みを彩る。
募る好奇心に駆られ、キラはついに意を決して商人一人に尋ねてみた。
「あの……」
一瞬、ためらいに声が詰まる。視線をいくつかの顔の間で泳がせた後、ようやくはっきりとした声を出した。
「すみません……少し、お尋ねしてもいいでしょうか?」
彼女は肉屋の商人に近づいた。話しかけられた時、その中年男性は大きな木のまな板の上で新鮮な肉を切り分けるのに忙しかった。作業を止めることなく、ちらりとキラに目をやる。
「なんだい、お嬢ちゃん!?」
「何か用かい?」
キラはいつもの彼女らしい態度に戻った。回りくどいのは好まない。平坦だが真剣な声で、男をまっすぐに見つめた。
「すみません。クール……あのポンコツロボットをご存じですか?」
ドンッ!!
肉切り包丁が、鋭い音を立ててまな板に叩きつけられた。中年男性は即座に動きを止め、まだ切り分けられていない肉塊の真ん中に包丁を突き立てる。
「お嬢ちゃん……」
彼は頭を垂れ、か細く呟いた。彼らの周りの空気は、まるで息苦しい雰囲気に締め付けられたかのように、にわかに変化した。
「今、なんて言った……? クール? あのポンコツロボット、だと!?」
キラは表情を変えずに小さく頷いた。その目は穏やかに男を見つめている。
「ええ……クール、あのポンコツロボット。何か間違っていましたか?」
中年男性はゆっくりと顔を上げた。次の瞬間、彼の笑い声が大きく爆発し、緊張を破るように響き渡った。
「ぶわっはっはっは!!!」
キラは不思議そうに首を左に傾げた。その表情は虚ろだ。突然おどけだした男の態度に、どう反応していいか分からない。
心の中で、彼女は呟いた。
『マジで……?』
男はまだ笑っていたが、状況が気まずくなり始めると、ゆっくりと笑いを収めた。彼は短く咳払いをして、場の空気を元に戻そうと試みる。
「こりゃ失礼いたしました、お嬢ちゃん。」
キラは何の反応も見せなかった。その眼差しは鋭く、真剣なままだ。
「前置きは嫌いです。クールについて知っていることを、全て話してください。」
男は静かに頷いた。
「クールのことを深く知っているわけじゃない。俺が知っているのは、奴が天涯孤独の身の、ただのロボットだってことくらいだ……」
彼の言葉が途切れる。何かをためらっているようだったが、やがて続けた。
「近所の連中の話じゃ、クールは気前が良くて、人助けが好きな奴だって評判だ。気さくな性格だから、子供たちにも好かれていた。この街に住んでいたこともある……だが、多くを語らずに去っていった。今日に至るまで、その理由を知る者はほとんどいない。」
「そう……」
キラは小さく呟き、俯きながら短く頷いた。腕を胸の前で組み、片手でこめかみに触れる。頭の中で、情報の断片を繋ぎ合わせようとしていた。
男は仕事に戻り、肉を並べて再び切り分けようと準備を始めた。
「他に何かお手伝いできることは?」
キラの視線は、クールが歩いていった遥か先へと向けられていた。その眼差しは虚ろで、心は何かを消化するのに忙しいようだ。
「いえ、もう……」
彼女は踵を返し、再び遠くからクールを尾行し始めた。その場を去る際の彼女の声は平坦だったが、礼儀は保たれている。
「情報ありがとう、おじさん。」
男は何も言わず、ただ手を振った。
キラは歩きながら、先ほどの情報を胸中で反芻する。
『まさか……思ったより悪い経歴の持ち主じゃないみたいね。この街の住人からは英雄扱いされてるなんて……。なのに、どうして本人はそれを無視するような素振りを……!?』
彼女の視線は、疑問符で満たされ鋭くなる。足はクールを追っているが、その心は今や謎に包まれていた。
「あーもうっ……なんで私がこんな、どうでもいいことを考えなきゃならないの!? チッ……時間の無駄だわ!!」
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夜、アーダンヴェールとカルセリオンの境界に到着した。
カルセリオン。それはキラを含む、才能ある魔道騎士団の生まれ故郷。この街で、キラはその圧倒的な力と、静かながらも致命的な佇まいから『静寂の君主』の異名を持つSSS+級の魔道騎士として知られている。
「あーもうっ!!」
キラは苛立ち交じりに呟いた。フードを頭から外し、湿った髪を振り払う。
「相変わらずね……カルセリオンは。」
「暑苦しいったら!」
熱気のせいで、彼女の息は重く聞こえた。
「ここまで来ちゃったら、まず何からしようかしら……!?」
遠くで、小さな女の子がキラを指差した。
「お父さん!見て!あの人、キラお姉ちゃんじゃない?」
父親はその姿に目を向け、確認するように目を細めた。
「ああ……本当だ。キラだな。」
キラが計画を練っていると、遠くから子供の甲高い声が彼女の名前を呼んだ。
「キラお姉ちゃーん!!」
キラは反射的にパニックになった。素早く左右を見回す。真っ先に視線を向けたのはクールの方だった。尾行がバレたのではないかと危惧したのだ。クールが気づいていないことを確認してから、ようやく声のした方へ顔を向けた。
だが、遅かった。キラが小さな女の子の元へ駆け寄った時、クールは一瞬足を止めていた。彼はわずかに振り返り、疑念に満ちた目で視線を細める。
『キラ……? ダスクヴェールのことか? なぜここに……? まさか……ネクサリアからずっと俺を尾行してきたのか? それに……俺の計画も知っていると?』
クールは再び視線を前に戻し、何事もなかったかのように歩き続けた。
『……まあいい。どうせ、奴が知っていればネクサリアの崩壊から生き延びられるだろう。ここまでついてきたのも、無駄にはなるまい。』
「キラお姉ちゃん……」
シオはキラに固く抱きついた。
「お姉ちゃんに、すっごく会いたかった!」
「私もよ、シオ。」
キラはその抱擁に温かく応え、愛情を込めて妹の背中を叩いた。
「ごめんね、あまり家に帰れなくて。」
「どうしてあまり帰ってこないんだい、我が子よ。」
父親が優しく尋ねた。
「お母さんにも会いたくないのかい?」
キラはゆっくりとシオの抱擁を解き、立ち上がった。
「ごめんなさい、お父さん……」
彼女は俯いた。その声は普段の彼女からは想像もつかないほど柔らかい。父親の前では、彼女の厳格な仮面は消え失せ、脆く見えた。
「家に帰りたくないわけでも、お母さんに会いたくないわけでもないの。本当は、家に帰って、お母さんの膝の上で疲れを全部解き放ちたい。でも、できない……。仕事が、私を休ませてくれないの。私は……」
気づかぬうちに、彼女の目から涙がこぼれ落ちていた。
父親は何も言わずに近づき、キラを抱きしめた。その腕は、彼女を慰めるかのように固く回されている。
「分かっているよ。」
その手が、キラの背中を優しく撫でる。
「あんなことを言ってすまなかった。お父さんはただ、お前が――」
キラはその抱擁を素早く解いた。
「ごめんなさい、お父さん……」
彼女はまだ流れる涙を拭う。
「長くはここにいられないの。もう行かなくちゃ。」
シオはむっとした顔でキラを見つめた。
「キラお姉ちゃんなんて、もう知らない! そんなんだったら、シオ、お姉ちゃんのこと、ずーっと嫌いだからね!」
彼女は頬をぷっくりと膨らませてそっぽを向いた。
キラはしゃがみ込み、妹と目線の高さを合わせた。
「シオ……」
彼女は優しく妹を見つめる。
「お父さんとお母さんのこと、お願いね。」
キラの手が、愛情を込めてシオの頭を撫でた。
「もし悪い奴らが来てお父さんやお母さんをいじめたら、怖がっちゃだめよ。あなたの力で戦うの! 私たちの家族の幸せを、誰にも壊させちゃだめ。」
シオの目から涙が溢れ出した。彼女は再びキラに固く抱きついた。
「キラお姉ちゃーん!!」
泣きじゃくる。キラはその抱擁に温かく応え、妹をなだめようとした。
「よし……よし……よし……」
彼女は自分の涙をこらえながら、シオの背中をさする。ちらりと父親の方を見ると、彼は静かに頷いていた。
父親は何も言わず、ゆっくりとシオを引き離し、キラが行けるように道を開けた。彼女は感動的な静寂の中、歩き去っていく。
「キラお姉ちゃーん!!!」
シオの叫び声が響き渡った。その手は、遠ざかっていく姉の姿を掴もうと伸ばされている。
キラは振り返らずに歩き続けた。その毅然とした足取りの裏で、心は激しく揺れていた。だが、留まることはできないと知っていた。責任が彼女を待っている。たとえ心の半分を置き去りにしても、彼女は進み続けなければならなかった。
◇◇◇◇◇◇
クールはカルセリオンのサンクタム・アルカナムに到着した。
彼は立ち止まり、左右を窺う。
やがて、彼は大声で叫んだ。
「ダスクヴェール!!」
彼はサンクタム・アルカナムの中へと足を踏み入れた。
「そこにいるのは分かっている……。さっさと出てこい、もう隠れるのはやめだ。」
キラは静かに息を吐いた。
「やっぱりバレてたか。」
彼女は茂みの中から姿を現した。ミッドナイトブルーの髪は乱れ、その表情は相変わらず平坦だった。
「もう、俺の目的は分かっているんだろう?」
クールの鋭い視線がキラを貫いた。彼は表情をほとんど変えず、ただ静かに頷いた。
キラが前置きを嫌うタイプだと知っているクールは、すぐに彼女をサンクタム・アルカナムの中へと招き入れた。